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教え子の心境は複雑?

レイド:エールの教え子の一人。かつては情熱的な生徒だったが…。

 お母さん。エールにそう呼ばれた女性はもう一度頭を下げた。バレッタは二人に近寄ると尋ねた。



「お知り合い? お母さんって聞こえたけど」

「エーさんのお母さん若いんだね。エーさん、実はあちしらと同い年だったりして」



 本気で言っているのか冗談なのかわからないジェシカに、エールは苦笑しつつも明るく返した。



「ははは、そんなわけないだろう。彼女はキサキさん。私の教え子のお母さんなのさ」


「キサキと申します。なんでも屋の皆さんですね? エール先生には以前よりお世話になっております」


 女性はバレッタたちにも一礼した。いつの間にか、休憩時間になったアニキも側に来ていた。

 エールはアニキたちに背を向け、キサキと話を再開した。


「…それで、その後どうですか? 彼の様子は」


「息子は元気です。問題なく学校にも通っています。それはいいのですが…」


「ですが?」


「ええ。息子はいつも心ここにあらずといいますか。家族と一緒にいるよりも、友達と遊び歩いている時間が多いです。何か事件に巻き込まれたということはないのですが、親としては不安で…」



 バレッタは手を広げてアニキたちを後退させた。個人間の会話に水を差すのは良くないと思ったのだろう。

 僕もその場を離れようとしたが、気になってしまい少し残ることにした。


「…そうですか。年頃の男子ならそれほど心配することはないとは思いますが、彼の場合、私としても気にはなりますね」


「いえ、先生にご心労をおかけするわけにはいきません。どうかお気になさらず」


「…ありがとうございます」


 エールは会話を切り上げると練習を再開させたので、話もそれ以上聞けなかった。





「聞いたのか? あいつらの話」



 練習会を終え、帰りの身支度をするアニキは、こっそり僕に尋ねた。



「はい。悪いとは思いましたけど」

「いいだろ。お前の姿は俺にすら見えてないんだ。傍で聞いていたなんてわかりゃしない。で、どんな話だったんだ?」



 僕は聞いた話を伝えた。アニキはうんうんと相づちを打ち、最後まで聞いてくれた。



「つまるところはエールの教え子の個人的な事情ってわけか。だったら深入りしないのがいいな」


「そうですか? なんだか深刻な感じはありましたけど」


「だからこそだよ。部外者がおいそれと関与していいことじゃない。当人にとっても、それが一番いいことなの」


「でもなぁ。なんだか気になる。どうしてかはわかりませんが」


 この世界の住人でもなく、その少年とは会ったこともなく、姿や名前すら知らない。そんな人間がなんで気になるんだろう。




 身支度を終え、帰路につくアニキたち。その道中にエールは突然、道端に車を停め、中から降りた。


「どうした? いきなり停まって…」

「すまないね。少し待っていてもらえるかな」



 エールは車内のバレッタたちにそう告げると、少し先を歩いている少年たちの元に向かった。


 ピンときた僕は、アニキに声をかける。



「エールさんについていってもいいですか?」


「構わねえが、俺は行かねーぞ?」


「大丈夫です。事務所までの道はだいたいわかりますから、先に帰っててもいいですから」



 それだけ告げ、僕はエールの後を追った。


 少年たちに接近したエールは、そのうちの一人に呼びかけた。



「おぉい、レイド君…だよね。久しぶりだね」

「…っ! …エール、先生。こんにちは」



 レイドと呼ばれた少年は、少し暗い雰囲気の、僕やマジーナと同い年くらいの男だった。悪い人間には見えず、それゆえに周りの、人相の悪い少年たちと一緒にいると目立っていた。



「おいレイド。誰だ、知り合いか?」


「まぁ、そんなとこ」


「あっ、この人有名人だぜ。なんつったっけな」


「エール=N。ケンシングという競技を努めさせていただいているよ」


「おおそうだった。レイド、お前そんな奴と知り合いだったのかよ。だったら最初から言えよな」


「…ああ。次からそうする」



 レイドは誰とも目を合わせずに受け答えしていた。

 そんな態度でも、エールは明るく声をかけていた。


「今日、キミのお母さんにもお会いしたよ。元気に、学校にも通っているんだってね」

「………」


 レイドは黙りこくっている。エールは気にしない様子で続けた。


「私はというと今日も練習会を開いてね。充実した一日だったよ。新しい生徒も増えて、日々出会いがあるというだけでもそれだけで刺激的なものさ」

「………」


 レイドは未だに何も言わない。エールは答えを待たずして加えた。


「…それでだけどね、良かったらキミも、また練習に来ないか? 今なら前とは違うかもしれないし…」

「すみません。その話はお断りしたはずです。俺はもう、剣は辞めたんですから」



 レイドはようやく口を開いた。きっぱりとした否定の言葉を受けたエールは口ごもってしまった。



「…そうか。ならば無理強いはしない。悪かったね。引き止めてしまって」


「すんませんね先生。オレら、これから遊びに行くんすよ。急ぐんで、さよなら」


「ああ。だけどあまり遅くならないようにね。最近は物騒だから」


「へーい。行くぜ、レイド」


 少年たちに連れられ、レイドはエールに背を向けて歩き出した。


 エールはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがてもと来た道を戻り始めた。

 車に残されたバレッタたちと、アニキもバイクに跨ったまま、待ってくれていた。



 事務所に戻ったエールは頼まれたわけでもなく、全員に対してレイドについての話をした。



「彼は数年前、私の練習会に参加した少年なんだ。初めは希望に満ち溢れた、キラキラした目をしててね。私の指示を喜んで聞いてくれていた。素質も良く、すばらしい後進を育てられると、私も嬉しかったものさ」



 エールは一呼吸置いて続けた。



「だが、彼はある日から練習を休みがちになった。彼が参加してから数ヶ月くらい経った頃だと思う。身体が弱いということでもないらしく、私は不思議に思った。あれだけ情熱を燃やす子だったのに」


「それって、あんまり考えたくないけど、いじめとか嫌がらせとかじゃ…」


「それは当然考えたよ、バレッタ君。でも私は日頃からそうした行ないは決してしないように呼びかけているんだ。もちろん生徒たちの相談にもできるだけ乗ってるから、その可能性は低いはずだ」


「それならなぜなんでしょう? レイドさんが練習に来なくなった理由は…」


 ハウの問いに、エールは答えた。表情は少し暗くなった気がした。


「今思えば配慮に欠けていたかもしれないが、私は彼に直接聞いたんだ。家に赴いて、二人だけでね。そうしたら彼は答えてくれたよ。…思っていたことと違っていた、とね」


「要するに、理想と現実のギャップってことか?」


 アニキは尋ねた。レイドの答えに思うところがあるというのだろうか。


「そういうことになるだろうか。彼曰く、最初は興味本位で始めたという。それでも練習をこなし、上達していくのは楽しかったと言っていた。

だが、ある時から急に楽しさを見出だせなくなったらしい。それからというもの、練習が苦痛に感じるようになり、顔を出さなくなったということだね」


 エールの話が終わると、ハウはおもむろに口を開いた。


「少し、その気持ちはわかります。ボクも音楽を初めて、想像していたことと違うことがたくさんありました。今でも続けてはいますけど、もしかしたら挫折するようなこともあったかもしれませんし」


「そんなもんだよ。何もかもウマくいくわけないじゃん。その方が人生楽しいよきっと」


「みんなの言うことは間違いないね。人間、何がきっかけで心が動くかなんてわからない。そのきっかけも大小さまざまだ。彼の場合、剣術を続けるための燃料が足らなかったということなのかな」




 過去の話を終えたエールはその後、事務所を後にした。それぞれが寝室に向かい、横になるアニキと面と向かっての会話ができた。


「理想と現実のギャップ、ですか。正直なところ、僕にはあまりピンと来なかったなぁ」


「そんな難しいことじゃねぇよ。生きてりゃ失敗することもあんだろ? それだってこうしようと思ったこと、イコール理想と、結果イコール現実との乖離だ。お前も剣士なわけだし、似たような経験ないのか?」


「うーん、僕の剣術はアニキたちでいう仕事みたいなものですから。理想的な戦い方ができなかったとしても、次頑張るしかないんですよ」


「そうか。お気楽な奴だと思ってたが、けっこう世知辛いんだよな、そっちも」



 一言多い気がするけど、まぁいいや。


 あのレイドって人、やっぱり同じ剣士だから気になったのかな。だけどもっと気になったのはあの目だった。なぜかわからないが、あれはどこか迷いのある目だったような…。


 肉体を離れた思念体のはずなのに、僕の意識は薄れていった。これで今回の追体験は終わりなのかと思ったが、目を覚ますとそこは同じ事務所だった。

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