練習会の参加は想定外?
やっと休める。そう思った矢先に、僕の意識はスピルシティにあった。わかってはいたけどアニキの言う通り、こっちの都合に合わせてはくれないようだ。
初めて、少しだけセタを恨めしく思った。
「ふあーあ。…何日ぶりだ? 帰ってくるのは」
「二、三日ぶりじゃないすか? もう僕にもわかんないですけど」
ややぶっきらぼうに答えたからだろうか。アニキは少し意地悪っぽく弄ってきた。
「おうおう、ツルギ君もお冠か。いいねぇ。その気持ちは俺にもよーく理解できる」
「別に怒ってませんよ。ただちょっと、疲れて気が立ってるだけで…」
「変わんねぇじゃんか。まぁいい、大変だとは思うが、お互い頑張ろうぜ」
アニキはコートを羽織り、部屋から出ていった。
見慣れた事務所にはいつもの面々。現れたアニキを出迎える。
「おはよ、マズル。またぐっすりと寝てたね」
「おはようございます。追体験、お疲れ様でした」
「ごきげんようマズル君。向こうでのお土産話、楽しみにしていたよ」
「マズさんおはーっす。今日も一日がんばろーね」
「ういっす。今回は色々大変だったからな。身体の疲れはともかく、気は休まんないよ」
「何があったんですか? ワカバ君や、他の皆さんはお元気で?」
ハウだけでなく、ジェシカを除いた全員がアニキに視線を注ぐ。それぞれがよほど気にしているようだ。僕たちのパーティを。
「みんな元気だった。今回は魔物退治に行ってな。途中クロマの実家が占拠されてそりゃもう…」
「クロマ君の? 彼女は大丈夫だったのかい?」
エールが心配そうに尋ねる。
アニキは事細かに説明をした。ただしクロマが酔って、結果的に危機を脱したことと、その作戦を告げたのが自分だということは伏せて。
「なるほど。ご両親との不和があったというわけだね。しかし、親御さんが反省の弁を口にしているのなら、問題解決もそう時間はかからないだろう」
「そうかもな。もっと早く知ってりゃ、クロマに助言することもできたとは思うが。エールなら、両親との関わりについてどうアドバイスする?」
エールはそこで、少し顔を曇らせた。普段は笑顔でいることが多い印象なので、珍しく思えた。
「うん、そうだね…。私なら…」
「私なら?」
「…いや、すまない。今回はちょっと自信がね、ないというべきか」
「エーさんでも自信がないなんてことあるんだ。ナルシストとポジティブの塊みたいな人だと思ったのに」
「はは…、私も人間だからね。そういうこともあるさ。さて、これから予定があるのでね。失礼するよ」
ジェシカの毒づきに、エールは曖昧な返事をしつつ話題を逸した。
「俺が目覚めたらいつもいるようだが、予定はあるんだな」
「もちろんさ。これでもケンシングという競技の選手なのでね。今日は週に一度の練習会なんだ」
「練習会? 人を集めて、剣技の練習をするのか?」
「その通り。志を同じくした者同士が、切磋琢磨して自身を高め合う。良いものだよ。良ければキミも一緒に来るかい?」
エールは冗談のつもりで言ったのだろうが、アニキはその場の誰もが考えなかったであろう答えを返した。
「…そうだな。俺も一緒に、いいか?」
「あ、ああ。構わないよ。私が言い出したことだからね。それじゃ、外で待ってるよ」
エールは事務所の外へ姿を消した。
「どういう風の吹き回しなんですか?」
バイクに跨がるアニキの後ろに乗り、僕は尋ねる。
二人とも予想していた通り、僕からアニキに向けての声も、なぜか届くようになっていた。
「大した意味はねぇよ。ただ今日は仕事も入ってなかったようだし、暇つぶしだ」
「それだけじゃないですよね? だってアニキが、進んでエールさんと何かするなんて考えられないし」
「いちいちうるせぇなお前は…。まぁ強いて言うなら、ちょっと不安になったから、だな」
アニキは渋りながらも、本心を答えた。
「不安に?」
「そうだよ。昨日のゴブリンたちとの戦い見てたけど、お前ほとんど活躍できてなかったよな」
クレバーゴブリンたちは遠距離からの魔法を主体に戦っていた。不意打ちだからなんとかなったものの、剣一本で戦う僕には分が悪い相手だった。
「それはまぁ、確かに」
「だろ? 逆に俺は銃撃ならそれなりの自信があるが、近づいて来る相手には不利だと思ったんだ。剣術なんてやったことないしな。だから、プロに教えてもらえん ならいい機会だと思ったわけ」
アニキは話し終えると同時にバイクを止めた。道を横切る人たちを待つためだ。横には、エールの運転する車が止まった。バレッタたちはそちらに乗っている。
「そういう理由だったんですね。ちゃんと考えてるんだなぁ」
「俺が考えなしに動くやつだと思ってるのか? これでも一会社の代表だ…」
僕たちの会話を、車の窓から覗くバレッタは不思議そうに見つめていた。互いの声が聴こえるようになったことは伝えてあったが、簡単には信じられないようだ。
「…マズルさぁ、本当に今ツルギが後ろに乗ってんだよね?」
「知らん。姿は見えないんだからな。だが本当に声は聴こえるんだぞ?」
「まぁ疑っちゃいないけどさ。でもそれ、場所選んでしないと変な目で見られるからね」
「それくらいわかってるっての。おかしな真似はしねぇよ」
その時目の前の人の波は途切れ、バイクと車は同時に走り出した。
数十分後、アニキたちは練習会の場に到着し、生徒たちが集まる。
エールの挨拶で、練習会が始められた。
「おはよう、諸君! 今日も一日、怪我のないように鍛錬しよう!」
「おはようございます、エール先生! よろしくお願いします!!」
生徒たちの内訳は、ほとんどが若い人だった。僕やマジーナ、ハウとジェシカと同年代くらいの生徒が多く、中には今のワカバと同じか、それよりも幼い子どももいた。アニキは完全に浮いている。
「はぁ…しくったな。こんなに子どもばっかとは思わなかった…」
「マズル〜! 頑張りなよ!」
壁沿いに座り込む三人。バレッタは声援をかけた。本気で応援しているのか、面白がっているのか。おそらくアニキには後者で受け取られているだろう。
「バレッタの奴…。他人事だと思って面白がりやがって。覚えてろよ…」
そこに、小さな少女がアニキに近づく。純粋無垢な瞳を向けて尋ねた。
「おじさんもれんしゅうにきたの? あたしといっしょにやる?」
アニキは何も返せず固まっていた。バレッタはその後ろで膝を抱えて震えていた。
「お、おじ、おじさんだって………ぷくくくっ」
「ば、バレッタさん、ダメですよ笑っちゃ」
ハウはバレッタを諌めるが、こちらに背を向けたままだった。
「どうかしたの? こえ、きこえる?」
「うん、聞こえてる。そうだな、一緒に練習するか。あとできれば、お兄さんと呼んでほしいな」
「はい、おにいさん」
エールの指示で素振りから対戦形式の稽古まで行ない、当初は不満タラタラだったアニキも、たくさんの人たちと稽古ができてどこか満足げに見えた。
「よしよし、みんな精が出るね。マズル君も頑張って…おや?」
エールの視線の先に、一人の女性が立っていた。挨拶の時には見かけなかった人だ。
女性に近づいたエールは声をかける。女性はぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです。…その後いかがですか? お母さん」




