屋敷奪還は大成功?
合流したクロマの手を引き、ツルギたちは屋敷の中を走る。道中に現れるゴブリンも、当初の予定通りに各個撃破していった。
「どこまで走るんですか〜? わたし、もう眠いです〜…」
「いいから走る! あんたの魔法が切り札なんだから、寝られても困るし!」
「はぁい。わかりました〜」
酔いと眠気でフラフラのクロマを叱咤するマジーナ。もはや頼りにされているのかされていないのかわからない。
危機一髪だったためか忘れかけていたが、俺はさっきの不可解な現象を思い出し、思い切ってツルギの耳元で声をかけた。
「おい、聴こえる…のか?」
「わっ、びっくりした…。もしかして、アニキですか?」
「そうだ。さっきお前と一緒に叫んだのも俺だ。なんだかわからないが、声だけは聴こえるようになったらしいな」
「どういうことなんでしょう。急にそんな…」
「ツルギ、誰と喋ってんの…?」
マジーナが不安そうに声をかける。既におかしくなっているクロマだけでなく、ツルギまでおかしくなったのではないか、と心配しているのだろう。
「アニキとだよ。なんか知らないけど、声だけ聴こえるようになってて」
「それなら良かったけど…。あ、それならさ、残りのゴブリンの数だけでも、確認してもらえないかなぁ?」
マジーナは小首を傾げて上目遣いで頼みこんできた。
確かに、誰にも姿の見えていない俺ならば適任だ。ここは一肌脱いでやるか。
「奴らの数と場所を把握してくる。少し待ってろ」
「了解です。お願いします」
「あたしからもお願いね、マズルさん」
二人の声を後に、俺は屋敷内の捜索を始めた。
数十分後、俺はツルギの元に戻った。屋敷の中はあらかた確認し終え、部屋だけでなく物陰も念入りに覗いていた。
「戻ったぞ。ゴブリンたちだが、一階は台所にニ体。それと一番奥の階段の陰に一体隠れてる。二階はクロマの両親の部屋に二体いる。これで全部のはずだ」
「ありがとうございます。それだけわかれば十分ですよ。行こう、みんな」
ツルギたちは見取り図を片手に、再びゴブリン討伐を開始した。
真っ向から奴らに挑むのは無茶だと学習済みだったため、ツルギたちは不意打ちでゴブリンたちを叩いていった。カサンドラは戦い方に気が進まない様子だったが、この際手段は選んでいられまいと、淡々とゴブリンを倒した。
「よし、あとは二階。もう少しだ」
なるべく音を立てずに階段を上がり、クロマの両親の部屋に侵入した。しかし、そこにはゴブリンの気配すら感じられなかった。
「…いない。アニキの話では、ここのゴブリンで最後のはずなんだけど」
「移動したと考えるのが自然だろう。近くを探そう。決して気を抜かないようにな」
カサンドラの言葉に従い、ツルギとマジーナは細心の注意を払いつつ辺りを捜索した。テーブルの下、カーテンの裏、棚の陰に至るまで隈なく。だが、やはりどこにもゴブリンの姿はなかった。
「やっぱりいない。マズルさん、数え間違えたんじゃないの?」
そんなはずはない。と言いたいところだが、奴らはみんな同じような見た目をしているわけだし、そう言われてしまうと自信がなくなってきた。
俺はその旨を、ツルギの耳元で囁いた。
「わかりました…そうかもしれないってさ」
「それなら言うことなしね。早く帰って、ご両親に伝えないと。…ね、クロマさん?」
クロマはその時、床で横になっていた。どうやら眠っているようだったが、ずっと気にしていたマントがめくれ、大きく露出した脚と尻が見えていた。
「クロマ…。はしたない格好を。ご両親が見たらどう思われるか…」
「…んー? ああすみまへん…」
「だあぁもう、ツルギは見ちゃダメ! あとマズルさんも!」
マジーナには逆らえず、俺もツルギも後ろを向いた。
ようやく屋敷を離れ、茂みで一人待つワカバの元へ小走りで向かう四人。クロマは完全に眠ってしまったため、カサンドラに背負われていた。
その手に持っていた物は、来るときにはなかった物だった。ツルギもそれに気づいたらしい。
「クロマさんの持ってるそれ、なんだろう。何かメダルみたいだけど」
「それ、優秀な魔法使いに渡されるメダルよ」
マジーナは答えた。同じ魔法使いなだけあり、こういうことには詳しいようだ。
「ご両親の部屋で見つけたのかな。それまで持っていなかったと思うし」
「たぶんそうね。それ、見たところけっこう昔の物よ。あたしが魔法塾に通う前、魔法学校に通っていた頃よりも前の」
「てことは、クロマさんが学校に通っていた頃ってことかな」
「二人とも、お喋りはそこまでだ。もうすぐワカバの元にたどり着くのだから…」
茂みに到着した四人。だがそこには、ワカバ以外の来客がいた。
「おっと、それ以上近づきますと、このドラシル族に火を着けますよ?」
ゴブリンだった。俺の見間違いではなく、さっき二階で確認した奴ら二体だ。仲間が次々と倒されていくのを察知し、次の手を打ったに違いない。またしても賢さに驚かされた。
「くっ…。先回りされていたのか」
「ええそうですとも。どうやって我々の裏をかいていたのかは存じませぬが、それならば我々も裏をかこうかと。あなた方の仲間にこのドラシル族がいたことは先刻承知。周囲を探して、捕らえることに成功した次第です」
すらすらと説明をするゴブリンの背後には、もう一体に首根っこを掴まれるワカバがいた。酷く嫌そうな顔をしている。
「苦しい…。離してよ」
「はいそうですかと離すと思うか? 馬鹿な奴め」
その時、眠っていたと思っていたクロマが突然カサンドラの背を離れ、ゴブリンたちに近づいていった。
「なんですか? 私の話を聞いていなかったのですか? このドラシル族が…」
「…離してください」
「なに?」
クロマはまだへべれけではあったが、威圧感のある声で話していた。
「離してって言ったんです。私の友達になんてことを。痛い目を見ないといけませんねぇ…」
「ま、待つのです! さもなくば命が…」
焦ったゴブリンが、ワカバに火を着けるよりも早く、クロマは呪文を唱えていた。
「"ギガ・ホール"ッ!!!」
ゴブリンたちの足元に、大きな爆発のようなものが炸裂した。その衝撃は凄まじく、ゴブリン二体を瞬く間に吹き飛ばし、ワカバも大きく宙を舞ったが、カサンドラが見事にキャッチした。
「…あはは、飛んでっちゃいました。私ってばやりすぎちゃったぁ? あは…」
あ然とする四人の前で、クロマは再び酩酊状態になったかと思うと、地面に倒れて寝息を立て始めた。
それから数刻後。夜も明けて自分たちの拠点に無事帰還したツルギたちは、それぞれ身体を休めていた。
クロマはというと、強大な魔法を放ってから目を覚ましていなかった。ただ、命に関わるものではなく、マジーナとカサンドラ曰く魔力切れと酒による深い眠り、ということらしい。
「やれやれといったところか。お疲れさんだったな」
屋敷の使用人にゴブリン撃退を報告した後、ドッカと椅子に腰掛けるツルギに、俺は話しかけた。
「本当ですよ。今回ばかりは僕もゆっくり休みたいな…。追体験なしで」
「それはあのセタが許さないだろうな。ま、恨むならあいつを恨むんだな」
「ちぇー。はーぁ」
そのやり取りを、マジーナが傍で見ていた。事情がわかっているはずなのに、引いた視線を送っている。
「あのさぁ、ホントにマズルさんの声が聴こえるのよね。なんだか気持ち悪いというか、信じられないわ」
「本当だって。僕がおかしくなったわけじゃない」
「ふーん。でもなんで急にそうなったのかな。何かきっかけがあったの?」
「さぁ? 僕もアニキも心当たりは…」
その時、家の戸を激しく叩く音がした。カサンドラが出迎えると、来客はいきなり飛び込んできた。
「む、娘は…、クロマは無事かね!?」
クロマの両親、ブランシュとビアンカだった。息を切らして、カサンドラの肩を掴んで離さない。婦人も後ろに来ており、やはり息を切らしていた。
「ご当主、落ち着いてください。娘さんは無事です。今は眠っていますが」
「そ…そうかね。いやすまない。つい取り乱してしまった。家の者に聞いたが、ゴブリンは退治していただけたようだね。まずは御礼申しあげなくてはいけなかったのにね」
当主二人は深々と頭を下げた。ツルギたちも倣ってお辞儀した。
「屋敷の方は戦いであちこち壊れてしまったことと思いますが、気になさらないでくださいね。補修は私どもで、なんとかしますから」
ビアンカの言葉に、マジーナは思い出したように何かを取り出した。クロマの持っていたメダルだった。
「すみません、これクロマさんが持ってきてました。お返しした方がいいかと思いまして」
ブランシュの表情が変わった。何かに納得したような、柔らかな表情だった。
「それは…。そうか。クロマは死守したのだね。思い出の品を」
「思い出の品…ですか?」
「ええ。これはあの子がもっと小さかった頃、魔法学校で授与された物でね。あの頃は今よりも泣き虫でそそっかしくて、お世辞にも他の子どもより秀でているとは言えなかった。そんな折り、技能試験で優秀な成績を納め、初めて手にしたメダルなんだ」
「…思えばあの時、もっと評価してあげるべきだったかもしれませんわ。あの子にも色々と心労をかけさせました」
ブランシュとビアンカは懐古的に語った。そこにマジーナは冷静なツッコミを入れる。
「…そういう自覚はあったんですね」
「は、はは。まぁね。多少偏った教育だとは常々思っていた。だが人というものは、簡単には生き方を変えられないのだよ。しかし、何を言っても全部言い訳になってしまうがね…。あの子に恨まれても仕方ないと思っている」
「クロマさんは、お二人のことを恨んでなんかいないと思います」
ツルギは突然口を挟む。全員の視線が一斉に注がれた。
「そのメダル、クロマさんが酔っ…戦いながら手に持っていた物なんです。きっと、大切なものだから無意識に」
「そうか…。一緒にいるキミが言うなら間違いなかろう。良い仲間を得たようで、私も嬉しいよ。娘もきっと、皆さんのことを大事な存在だと思っているに違いない」
最後のゴブリンたちを蹴散らした時、クロマは確かに酔っていた。だが、ワカバを助けようとしたのは紛れもなく彼女の真意だったはずだ。
クロマの親父さん、意外と娘のそういうとこ見てんじゃねーの。
娘のことをこれからもよろしくと残し、二人は帰っていった。夜通し起きていたツルギは昼間からベッドに入り、俺とのいつもの会話が始まる。
「よっ、リーダー。なかなかだったぜ、オトナの対応がよ」
「茶化さないでくださいよ。まぁでも、僕の思ったことを言っただけですから。それで丸く収まったなら良かった」
「ま、今回は相手が良い人間だったからな。次はどうなるかな…?」
「おお怖い。そうならないことを祈りま………」
ツルギの言葉尻と、俺の意識が消えていく。
俺の世界に帰っていくのだ。セタの奴は現れない。あの現象について問いただすつもりだったのに。本当に掴みどころのない奴だ―――。




