表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/135

囮作戦は誰が適任?

 使用人は報告を終えると、罰が悪そうに頭を下げ、クロマに対して詫びの言葉を付け加えた。


「申し訳ございませんクロマ様。全て我々の不徳の致すところでございまして、何とお詫びしたら良いか…」

「そ、それよりも、もっと詳しく聞かせていただかないと。屋敷が占拠されたって一体誰に…。それに、両親は無事なんですか!?」


 クロマの言い分はごもっともだ。使用人は謝罪のことで頭がいっぱいだったのだろう。真に伝えるべきことがあるはずなのに、気が回らなかったといったところか。


「ご当主様方は無事に脱出し、近くの宿に宿泊なさっています。その点はご安心ください。問題は屋敷の方なのですが…」


 使用人は口ごもる。よほど言いにくいことなのだろうか。

 マジーナはじれったいとばかりに、口を挟んだ。


「相手は盗賊ですか? それとも山賊? 何にしても、取り囲んじゃえば降参するでしょ?」

「それが…相手が人間であればまだ良かったのですが。屋敷を占拠しているのは、"クレバーゴブリン"なのです」


 こちらの世界の内部事情についてはまだ疎い俺には、そのなんとかゴブリンについてもなんのこっちゃわからなかった。

 だが、ツルギたちの反応はみんな同じだった。一斉に表情を曇らせている。呑気なワカバですら、嫌そうな顔をしていた。


「クレバーゴブリンか…。それは厄介な」

「そうなのです。私どもでどうにかできれば問題ないのですが、相手が相手なもので。町の見廻り騎士の方々にお願いしようにも難しく…」


 前回の追体験の時に、この町の騎士団は崩壊した。その口ぶりから未だに新しい騎士団は発足していないと見た。


「図々しいこととは重々承知の上でお願い申し上げます。皆様のお力で、どうか屋敷を奪還いただけないでしょうか?」


 それがここに来た一番の目的だろう。使用人は土下座し、床に額をつけるほど頭を下げた。


「か、顔を上げてください。状況は理解しました。私たちでなんとかしますから…」


「クロマさん、あなたの気持ちもわかるけど、今回はあたしたちでも簡単には…」


 マジーナは珍しく弱腰だった。使用人は顔を上げ、全員に向けて言った。


「ご当主様方より、屋敷を取り戻していただいた暁には追加報酬を用意すると仰せつかっています。先日のグロウスライム討伐とは別に、です」


「そうね。困ってる人を見捨ててはおけないわね。何よりクロマさんの実家だし」


 マジーナの見事な掌返し。使用人は安堵の表情を浮かべ、感謝の意を表す。


「ありがとうございます! 我々も精一杯の助力をさせていただきます。何でもお申し付けください。それではご当主様方に報告いたしますので、これにて失礼いたします」


 使用人はツルギたちに一礼すると、足早に家を出ていった。

 残されたツルギたちは、マジーナへと視線を移す。マジーナは気まずそうに頭を掻いた。


「マジーナ…そんなに簡単に受けちゃってさぁ」


「あ、あはは…。でもどうにかしないとだし。頼れる人があたしらだけならやるしかないじゃん?」


「だけどなぁ。敵があのクレバーゴブリンだっていうし」


「ぼくあいつらキライ。前に山で一人でいたとき、嫌がらせしてきたの忘れてない」


「大抵の魔物には負けない自信があるが、奴らは少し違うからな。十分に策を練っていかなくては」


「私たちの問題なのにご迷惑をおかけして申し訳ありません。私にできることなら何でもやります。どうかよろしくお願いします」




 その後、カサンドラは武具の手入れを、マジーナとクロマは腹ごしらえのために食事を作る。ワカバは英気を養うために日光浴と昼寝を始めた。


 そしてツルギは、俺の知恵を借りたいからと再びベッドで横になった。


「どうしましょうかね。面倒なことになってしまいました」


「全部聞いてたから大体のことは理解してる。わからないのはそのクレバーゴブリンとかいう奴らのことだが。一体何なんだ?」


「ゴブリンの中でも賢い種族のことです。魔法だって使えますし、人並みの知能や嗜好を持っていて、とにかく狡猾だという話を聞きますね」


 ずる賢い魔物か。魔法を使うとすれば、盗賊みたいな人間を相手にするとは話が違うというわけだ。全員が複雑な表情を浮かべるのが少し理解できた。


「もちろん、僕もマジーナも戦ったことがありません。だから対策も思い浮かばないんです」


「なるほどな。当然俺も見たことすらないわけで、助言なんてできたモンじゃないが」


「それでもいいです。何かヒントになるようなこと、ありませんか?」


 ヒントねぇ。俺の経験が魔物相手に通じるものなのか。狡猾な相手を出し抜く方法…。


「…割と単純な作戦だけどな。もしかしたら上手くいくかもってのがひとつある」

「本当ですか? 何でもいいです。やってみましょう」




 それから時間は流れ、夜。ツルギたちは屋敷から少し離れた林の中にいた。俺の助言を受けての行動だった。


「買って来たぞ。酒だ。上等な物だぞ」


 カサンドラは一足遅く合流した。脇に大きな瓶を抱えている。これも、俺の指示通りだ。


「ありがとうございます。それじゃ後は、誰が潜り込むかってことだけど…」


 それがこの作戦の肝だ。誰か一人が近くの村人か何かのフリをして、奴らの占拠する屋敷に潜り込む。酒盛りでもして時間を稼げればなお良い。そのスキに残りのパーティが裏口から忍び込み、ゴブリンたちを各個撃破する。

 集団では敵わなくとも、一人ひとりを全員で相手にすれば勝ち目はあるだろうという、ツルギの判断もあってのことだった。


「やっぱりここはクロマさんね」


「ええっ! 私ですか…?」


「そうよ。あの屋敷はあなたの家なんだし、中もよく知ってるでしょ?」


「そうですけど…。屋敷の見取り図なら貰ったじゃないですか。マジーナさんやカサンドラさんでも…」


 クロマの言う通り、精一杯の力になると言った使用人に頼み、屋敷の見取り図は手に入れていた。


「できるなら私がやってやりたいところだが、私が行けば、その…。奴らの行為や態度に我慢できずに半殺しにしてしまうやもしれないからな。そうなってはこの作戦は台無しになるだろう」


「そ、それなら仕方ないですね。じゃあマジーナさんか私になりますか」


「あたしよりもクロマさんのが適任よ。そのわがままボディなら、あいつらの気を引くこと間違いなしだと思うけど」


「マジーナさんも十分魅力的ですよ。それに人…いえゴブリンにもそれぞれ好みがあると思いますが」


「あたしなんか全然。クロマさんの方が…」


「いえいえマジーナさんだって…」


 クロマとマジーナは互いに笑顔だったが、近寄り難いオーラが見える気がした。いつもは控えめなクロマも、今回ばかりは一歩も譲らない。


「はぁ、はぁ…。マジーナさんお願いしますよぉ…。魔物の中に一人で飛び込むなんてとてもとても…」

「そんなのあたしだって嫌なの! 歳上だからってそこは………!」


 マジーナは何か思いついたように言葉を切った。そしてクロマに尋ねる。


「クロマさんって、いくつだっけ?」

「私は今年でちょうど二十歳です。…それが何か?」


 マジーナはしめたとばかりに口元を緩め、少し意地悪な笑みを浮かべた。


「だったらあたし無理ね。だって未成年だもん。お酒飲むなら大人じゃないと。それじゃ、頑張ってね」




 瓶を胸元に抱えたクロマは、自分の屋敷を見つめ、大きくため息をついた。


 屋敷へと向かうクロマは、少し歩いては振り返ってこちらを見、また少し歩いてはこちらを見て、その度にツルギたちは頷いたり両手を組んだりし、彼女の足を促した。


「クロマ、少し待て」


 カサンドラはクロマを呼び止める。クロマは一瞬、安堵の表情を浮かべた。だがカサンドラは彼女の帽子を外して言った。


「これを着けて行けば魔法使いだと悟られてしまうな。あの時感じた魔物の気配は、おそらくクレバーゴブリンだったのだと思う。だとすれば、この中で顔を見られていないのは、帽子で顔を隠していたクロマだけだ。そういう意味でも適任ということになるだろう」


「そうですね…。もう覚悟はできてます。逃げたりしませんから、心配しないでください…」


 そう言いつつも、クロマの顔色は悪い。内心は不安だらけなのが伝わってきた。

 カサンドラは帽子と引き換えに、何か紐がついた物を手渡した。


「気休めとは思うが、これを持っていけ。私がいつも持ち歩いている御守りのような物だ。何もないよりはマシだろう」

「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えますね」


 クロマは紐を首から下げ、御守りを胸の中に仕舞った。


「マントも外していけば? その方がもっと村人らしいし…」

「こ、コレはダメです! 外したら丸見えになっちゃうので…」


 クロマは必死に拒否する。何が丸見えになってしまうのかは大体予想がつくが、考えないようにした。


「しょうがないわね。じゃあ頑張って。ちゃんと助けには行くから」

「頼みましたよ…。信じてますからね」


 クロマは再び、屋敷に向けて歩を進める。


 そこでツルギは、虚空に向かって囁いた。


「アニキ、よろしくお願いします」


 元々この作戦を考えたのは俺だ。せめて一番負担になる囮役の傍にいてやろう。そう考え、ツルギを介してクロマにも伝えてもらったのだ。


 俺はツルギたちの元を一旦離れ、彼女の傍を歩いた。


「はぁ…。マズルさん、傍にいるのかな。私、大丈夫なんでしょうか…」


 クロマも虚空に向けて呟く。屋敷はもう目の前だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ