魔法使いは感情的?
マジーナ=ヒスイ
ツルギの仲間の魔法使い。15歳。将来有望な才能を持つと評される。
開いた扉のすぐ前には、翠色の髪の少女が目を赤くして立っていた。彼女はツルギを見るなり、首元に抱きついた。
「ツルギいぃぃ…。やっぱり生きてたんだね! 声が聞こえた気がしたからまさかと思って呼んでみたら…。ゴブリンから私を庇って気失うんだもん…。もし死なれたら絶対恨まれるって…」
「ま、マジーナ。一旦落ち着いて。僕は大丈夫だし、それに…」
マジーナ。それが少女の名前か。ツルギが剣士なら、いわゆるローブという格好からして、魔法使いみたいな役割なのか。
ツルギはこちらを伺うように視線を移そうとした。だが、マジーナの力で振り向けずにいた。
「そう、そうよね。一番はあんたの心配しなきゃなのに、恨まれる〜だなんて私ったら…。ごめんね、痛かったよね。あの後、なんとかゴブリンを追っ払って、この宿屋に連れ帰って、ヒーラーさんに診てもらったんだけど、特に目立った外傷はないし、しばらくしたら目を覚ますっていうから。それでも、心配だったんだから…」
マジーナはやっとツルギを解放し、目元を拭った。二人の関係はわからないが、まぁ仲の良い仲間なんだろう。
「心配させてごめんよ。でもほら、ピンピンしてるだろう。大丈夫だって」
「そう? それなら安心だわ。ところで、さっき何か言いかけなかった?」
「ああそうそう。僕が気を失ってる間、変な場所で不思議な人たちに会ってさ、今後ろにいるんだけど…」
ツルギは俺の方を向いて手を差し出した。思わず、俺は身構えた。
ところがマジーナは、怪訝な表情で俺のいる場所を覗き込んだ。
「不思議な人って、どこよ。だーれもいないじゃない」
なるほど、そういうパターンのやつか。きっと、ツルギ以外には見えていないんだ。俺の姿は。そう思った矢先、ツルギの口からも言葉が飛び出た。
「あれ…おかしいな。さっきまで側にいたのに」
俺は予想を裏切られ、その場に立ち尽くした。だがその様は誰にも、この二人にさえも見えていないのだろう。俺は虚しさが沸き上がってきた。
「…ねぇツルギ。本当に大丈夫なの? もしかしてゴブリンの攻撃が原因で、頭おかしくなっちゃったんじゃ…」
「違う違う。正常だよ。本当に本当さ」
マジーナの、真剣に心配した様子にツルギは慌てて誤魔化した。マジーナはどうやらそれで納得したらしかった。
「ま、いいわ。あんたがそう言うなら。それじゃ、快復祝いじゃないけど、ちょっと贅沢しようよ。どこかの食堂でさ」
「いいけど…。お金大丈夫? さっきのクエストも失敗したんだし」
クエスト。課せられた任務をクリアして、見返りをいただくということだろうか。俺たちとやってることはそう変わらないようだ。置かれている現状も。
ツルギの問いにマジーナは、得意気に大きな袋を取り出した。ジャラジャラと、中で金属の擦れ合う音が鳴っている。
「じゃじゃん。見てよコレ。部屋に置いてあったの。数えてみたら、ざっとひと月は暮らせるくらいあるのよ。あと、こんな紙が一緒に付いてたんだけど、どういう意味だろう?」
マジーナが見せた紙切れには、『ツルギ様方ヘ。前金です。お役立てください』の文字が書いてあった。大方の予想は、ツルギにもついていた。
「なるほどね…。きっと、あのクエストの依頼主からだよ」
「私もそう思うー。ということで、今日は久々にご馳走よ。ちょうどお昼だし、お腹ペコペコなんだから。行きましょ?」
「うん、行き先はマジーナに任せるよ」
二人は宿屋の出口に向かった。ツルギは数歩、進んだところでこちらを振り返り、俺のいる辺りをまじまじと見つめた。やはり俺のことは見えていないらしい。
「どしたのツルギ。早く行こうってば」
「ごめんごめん。今行くよ」
「早く、ごはんっ、ごはんっ」
マジーナは上機嫌で、スキップしていった。どうやら明朗な嬢ちゃんらしい。
初めて見る建物、市場やそこに暮らす人々を通りすぎながら二人の後をつけ、一軒の食堂に入った。注文した料理が届くと、二人は美味そうにそれを食べ始める。
「んー、おいし〜。いつ以来だろう。こんなに食べられるの」
恍惚とした表情で肉を齧るマジーナ。ツルギも眠っている間に腹が空いたのか、黙々と食べている。
テーブル上に並ぶ料理は、俺の世界とそう変わらない物だったが、いくつか見慣れない野菜や木の実、肉もあった。だがそれが何なのか、聞くこともできないことがもどかしかった。
「…ふぅ。本当に久しぶりだな。こんなご馳走」
「ちゃんと食べといてよね。明日からはまたクエストと節約生活なんだからね」
マジーナは、急に現実的な話を始めた。
「わかってるさ。頑張るから。ところで、最近の魔法塾の調子はどう?」
魔法『塾』…? 学校ならまだわかるが、そんな塾なんてものがあるのか。
マジーナは今度は苦笑いして言葉を濁した。
「うーん…。まぁぼちぼちかな」
「先生からは、将来有望って言われてたんだよね。すごいじゃない。僕はそんなに評価されたことないから、羨ましいよ」
「…うん、そうよね。私はできる魔法使いなんだから…」
その時、店の入り口付近で怒号が飛んだ。客たちは一斉にその方向に視線を移した。
「騒ぐな! 動くな! 命が惜しけりゃ、おとなしくしてろ!!」
「ひぃっ、と、盗賊…!」
盗賊と呼ばれた数人の男たちは、店の主人と思われる男性に短剣を突きつけて脅し、金の入った小袋を奪い取っていた。
「それでいい。んじゃ、あばよ!!」
盗賊の一人は火の点いた筒のような物を投げた。筒は破裂音を鳴らすと、辺りに煙を撒き散らした。どうやら煙幕の類の物らしい。
店内の人々はぞろぞろと外に出、俺も続いた。何人かは煙に咳き込んでいる。やはりというか、俺の身体には何の影響もなかった。
人混みに混じり、ツルギとマジーナも現れた。咳き込みながら、二人は互いの身を案じた。
「げほげほ、マジーナ…大丈夫か…?」
「私は大丈夫よ。それより…」
マジーナは煙の充満する店内を見ると、拳を握りしめて怒りを見せた。
「あいつら…。よくも私たちのご馳走を…。こっちにとっちゃ死活問題なのに…」
「マジーナ…。一旦落ち着こう…。ね?」
ツルギはご機嫌を伺うように、おずおずと尋ねた。あたかも、爆発物を扱うように。
「行くわよ、ツルギ」
「行く…?」
「あの盗賊たちのところよ。懲らしめてやらなきゃ。ついでに、お金も取り返してやる」
マジーナは盗賊の逃げた方角ヘ駆け出していった。ツルギは止めることなく、やれやれといった風に彼女の後を追う。
マジーナのことを明朗な少女と思ったが撤回する。彼女は激情の魔法使いだ。