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ハウの心労は一段落?

 ハウの故郷で騒動に巻き込まれた翌日、アニキ一行と僕はスピルシティの事務所に帰ってきていた。


 そこには都合で一緒にいなかったエールと、もう一組の来客がいた。


「あんたらはどう責任を取ってくれるんだ、ええ!?」


 怒鳴っているのはハウの父親。ものすごい剣幕だ。今にも掴みかかるのではないかという勢いで、バレッタに詰め寄っていた。


「…本当に、お詫びのしようもありません。娘さんを危険に巻き込んでしまって…」


 気丈なバレッタも、今回ばかりはただ頭を下げる他なかった。父親は更にたたみかける。


「全くだ。うちの娘を勝手にこんな所で働かせて、どういうつもりなんだ。全部お前たちのせいだ。娘が今、あんな状態になっているのも…」


 ハウはあの後、病院に運ばれた。蠍の毒が身体に回ったらしい。ただ、命に別条はないという。処置をして半日も寝ていれば、元気になると聞いていた。


「あなた、少し落ち着いて…。あの子はもう大丈夫だって言われたじゃないですか…」


 父親をなだめるのは奥さんでありハウの母親。同行しつつもアニキたちを責めていたのは全部父親で、彼女はほとんど喋っていなかった。

 ルセットも一緒に来ていたが、部屋の隅で腕組みをし、時折こちらを見るだけでやはり何も喋らなかった。


「お前は黙っていろ。無事なのは私も安心した。だがそれとこれとは別だ。こいつらが余計なことをしなければ、娘が危険な目に遭うこともなかったと言いたいんだ…」


「…すみません、お言葉ですが、説明したいことが」


 突然、口を挟んだのは、意外にもアニキだった。普段の無気力さはなく、真剣な表情で一家を見ている。


「何だあんたは? 今はここの代表と話をしているところだ。関係ないのは引っ込んで…」


「自分がここの代表です。そうは見えないかもしれませんが。なので、話をするなら、自分に」


 父親は少しまごついた。しかし咳払いをすると、アニキに向き直った。


「…それで、説明というのは?」


「はい。娘さんと自分たちは、路上で楽器を演奏しているところで出会いました。その時、怪しい男たちに絡まれていたのを見て、助けに行こうとしました。

彼女は何日も食べていなかったらしく、目の前で倒れたんです。放ってはおけないと思い、ここに住み込みで働かせることにしたというわけです」


 アニキの話はほとんど事実だった。それを聞いただけでは、助けたのは親切心から、と思われるだろうが、実際はセタの指示に従ってしたことが大きい。だけど、それを言ったところで信じてもらえないだろうし、話がややこしくなる。


「…あんたらが助けたというのか。娘を?」

「そういうことになります。成り行きではありますが。でも、後悔などはしていません。娘さんはよく頑張ってくれていますから」


 父親は少しだけ態度が落ち着いた。しかし、まだ引き下げるつもりはないようだ。


「…だが、余計なことには変わりない。もしあんたらが保護しなけりゃ、警察に連れ戻されて今頃は我が家にいただろうよ」


 もはや言いがかりに近い物言いになってきた。

 その時、またしても意外な人物が口を挟む。


「その辺にしときなよ、父さん」


 ルセットだった。父親をまっすぐ見据えている。


「なに? ルセット、何が言いたい?」


「その辺にしろよって言ったんだ。この人たちは姉ちゃんのこと、ちゃんと考えてるよ。ある意味、父さんたちよりもね」


「どういうことだ? なぜそんなことが言える?」


「だって姉ちゃんを探していたのはずっとオレじゃないか。父さんたちは心配していた割には動かなかったし。この人たちは姉ちゃんのため、隣町までついてきたんだぜ。心配してなきゃ、そんなことしないだろ?」


 ルセットの言葉が終わると、場に沈黙が流れた。

 視線は自然と、父親とルセットに注がれていた。バツが悪いように、父親は切り出した。


「今日のところは息子に免じて帰ることにする。だが娘のことは諦めたわけではないからな。…帰るぞ」


 父親は母親を連れ、出口に向かった。ルセットはというと、一緒には行かずにいた。


「ルセット、どうしたの? あなたも帰りますよ」

「いや、先に帰っててよ。オレ、ちょっとこの人たちと話したいからさ」


 心配する母親をよそに、ルセットはその場を動かなかった。両親は顔を見合わせ、父親が答えた。


「あまり遅くなるなよ。気をつけて帰ってこい。では、失礼する」


 息子を残し、両親は事務所を後にした。

 残されたルセットはアニキたちに向かって頭を下げて言った。


「うちの親がお騒がせしてすみません。あとでちゃんと説得しますから」


「いや、こちらこそ申し訳ない。お父さんの言うとおり、お姉さんをあんな目に遭わせたのはアタシらだよ。あれだけ怒るのも無理はない」


「私がいないところで大変なことになっていたようだね。その場にいられなかったことが悔しいよ…」


 事務所に来てから事の顛末を聞かされたエールは、口惜しそうに拳を握った。

 その時、バレッタのケータイが鳴る。


「おっと、失礼。…はい、ああそうですか。わかりました。すぐに。…ハウはもう退院しても大丈夫らしいよ。今から迎えに行こう」

「もう退院? はやっ。ハウりん、意外とタフなんだね」


 ジェシカは目を丸くして驚いた。エールは私の出番だとばかりに名乗り出る。


「私の車で送迎しよう。それくらいの役には立ちたいからね」

「そんじゃ行くか。あいつも色々話したいことがあるだろうしな」


 アニキたちは外へと向かう。その背に、ルセットは声をかけた。


「代表さん、少し話をしたいのですが」


「俺とか? そういやそんなこと言ってたな。帰ってからじゃダメか?」


「できれば今。無理にとは言いませんけど」


「ハウの迎えならアタシらだけでもいいでしょ。うちのロクでなしで良ければ置いていくよ」


「…まぁいい。じゃあ先に行っててくれ。俺たちは後から追いかける」


 アニキとルセットを置いて、バレッタたちはハウの待つ病院へと向かった。

 僕はというとバレッタたちにはついて行かず、アニキとルセットのやり取りを見ることにした。


「さて、話ってのはなんだ、ルセットさんよ」


「すみません代表さん。わがままに付き合っていただいて」


「代表さん、ってのは止めてもらいたいな。マズルって名前があるんだ。できればそっちで呼んでくれ」


「わかりました。マズルさん、さっきも言いましたが、両親が無礼なことをしまして申し訳ありません」


「そんなことか。いいんだよ、バレッタも言ったとおり俺たちにも責任はある」


 アニキは椅子に座り、同じく座るように促した。ルセットも腰を降ろし、再び口を開いた。


「両親のことですが、ああ見えて姉のことは大事に思ってるんです。少し熱くなるのは許してやってください」


「はは、そうだろうな。あの怒り様を見たらそう思うよ。それだけハウのことを考えてるってわけだろ?」


「そうかもですね。姉のことはなんだかんだ言って心配してるみたいですから。結局、探すのはオレなんですけど」


 ルセットは少し自虐っぽく言った。アニキは真面目な口調で返した。


「そういうルセットも、姉さん思いだと俺は思うぞ」


「お、オレがですか? オレはただ、両親の言うがままにしてただけですが」


「それでも探してた。本当に嫌なら、拒否することはできただろう? 両親の言いつけとはいえハウを探してたなら、そりゃもうルセットの意思だよ」


 ルセットは照れくさそうに頬を掻いた。そして話を変えて続けた。


「オレ、姉に憧れていたのかもしれません。オレは今まで、両親に特に反抗することもなく過ごしてきました。もしかしたら心のどこかで、流されることなく好きなことをする姉みたいになりたいと思っていたのかも…」


「それなら、姉さんに近づけるよう、頑張らねぇとな。そろそろ俺らも行こうか。姉さんを迎えにな」




 アニキとルセットはバイクに跨り、病院へと向かう。僕も小走りでその後を追った。


「あの、マズルさん」


「何だ?」


「その、ずいぶんゆっくり走るんだなと。これじゃもしかしたら、行き違いになっちゃうんじゃ…」


 きっと、一緒についてきている僕に合わせるためにゆっくり走っていると、わかっていた。しかし、アニキはそれを知らないルセットには嘘をついた。


「大事なお客さん乗せてるからな。安全運転だよ、安全運転」


「ふふ、そうですか。やっぱあなた方に姉ちゃんを任せて問題なさそうだ」


「何だって?」


「なんでも。姉のこと、よろしくお願いしますってことです」


 そのままの速度で、バイクは病院へと入っていった。




 それから数時間後。退院したハウを含め、全員が事務所に集った。


「えー…皆さん、本当にご心配をおかけしました。不肖ハウリング=Q、無事に戻って参りました」


 ハウは一同の前で頭を下げ、照れくさそうに頭を掻いた。


「本当、心配したよ。でも良かった。とりあえずみんな片がついて」

「ああ。ハウ、弟さんにも感謝しろよ。両親を帰したのはルセットのおかげだからな」


 ルセットは姉の視線が向けられると、気まずそうにそっぽを向いた。


「そうなの? ルセット」


「ま、まぁそうだな。まだ説得とまではいかなかったけど。でも家に帰ったらちゃんと話すよ。姉ちゃんのことは心配いらないってな」


「そっか…。ありがとね。ルセットにも色々迷惑をかけてさ」


「今さらなんだよ。もうずっと前からだろ。気にすんなって」


「いっちょ前に何を生意気な。このこのっ」


 ハウはルセットの首に腕を回し、頭をぐりぐりと小突いた。


「ああもういってぇな。止めろや」


「ごめんごめん、でも両親のことは、本当頼むよ」


「わかってるって。それじゃ皆さん、そろそろ帰ります。お世話になりました」


 ルセットはまた、一同の前で頭を下げる。アニキも事務所を代表して別れの挨拶をかけた。


「気をつけて帰るんだぞ。ハウのことは任せとけ」

「はい、色々とありがとうございました」


 出口へと向かうルセットだが、ハウの前で足を止めた。怪訝そうに、姉が問いかけた。


「どうした? まだ何かあんの?」


「いや、姉ちゃんに言っときたかったことがあってさ。言おうか迷ってたんだけど」


「何だよ、姉弟だろ? しばらく会えないんだから言えよ」


 姉に促され、ルセットはため息を一つついて言った。



「じゃあ遠慮なく。次に会う時までにそのコミュ障、治しとけよ。じゃなきゃ彼氏の一人もできねーぞ」



 弟の言葉を聞いたハウは、みるみる顔を赤く染めていた。次の瞬間、ルセットをポカポカと殴りながら外へと押し出していた。


「よよよ、余計なお世話だぁぁぁ!! 早く帰れ、このバカルセットぉ!!」

「うわっ、やっべぇ。それじゃ皆さん、あとよろしくお願いします!!」


 ルセットがいなくなった事務所で、ハウは肩を怒らせて激しく呼吸をしていた。


「はぁ、はぁ…。あのアホめ、今度会ったらただじゃ置かんぞ…」


 振り返ったハウの前にはあ然とした表情の面々。そこで彼女は我に返ったようになった。


「あ、皆さん…。すみません、お騒がせしましたね」


「いや、構わないけどさ。初めから思ってたけど、ハウってば弟の前ではずいぶんキャラが違うね。ふふふ」


「ああ。喧嘩するほど、ってやつか」


「ハウりんとルセくん、まるでメオト漫才みたいだったよ…あ、それじゃ夫婦か」


「なんでも言い合える仲というのはかけがえのないものさ。私にも仲睦まじく映っていたよ」



「もう…。勘弁してくださいよ、皆さん…」


 アニキたちの言葉を受けたハウは、また照れくさそうに楽器で顔を隠した。



 その夜、眠りに就こうとするアニキに僕は話しかけた。


「こっちの世界の事件も、なんとか解決できましたね」


「思ったより時間はかかったけどな」


「それにしても、流石アニキですね。ハウの親御さんや弟さんへの大人の対応、見習いたいな」


「お世辞はやめろよ。褒めても何も出ねぇぞ」


「わかってますよ。本心から言ってるんですから」


「全く、調子狂うな。もう寝るぞ。明日はお前らの…。いや、お前らと一緒に魔獣退治になるのか」



「その通りで御座います」


 久しぶりに聞く声が聞こえた。セタがいつの間にか僕たちの傍に来ていたのだ。


「おまっ、驚かすなよ…」


「それは申し訳ありません。それでは、皆様をあの場にお連れいたします。此度の戦いも、何卒よろしくお願いします…」


 セタの言葉が終わると同時に、僕の意識も遠ざかっていった。

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