絶体絶命を救ったモノは?
勢い任せに家を飛び出して数分後、ボクは激しく後悔していた。
後悔と言っても、両親に反発したことではない。ちゃんとした結論が出ないまま、逃げ出したことを悔いているのだ。あの様子では、またマズルさんの所に帰ったとしても、同じようにルセットがボクを連れ戻しに来るだろう。最悪、両親が乗り込んで来るかもしれない。
そうしたら万事休すだ。いくらマズルさんやバレッタさんたちが庇ってくれたとしても、実の両親の権限には逆らえないはずだ。
警察沙汰になったりしたら、事務所自体が危機にさらされる。そんなことしてはいけない。ボクは泣く泣く、実家に帰ることになるだろう。
「どうしたらいいんだろう。両親の言っていることは間違いじゃなかったの…?」
誰もいない河原で、ボクはひとり呟く。
それは心のどこかでわかっていた。世の中上手くいかないことは百も承知だ。それでも、自分の人生だから好きにやりたい。その一心で周りの声を振り切り、我が道を歩み始めたのだ。
だけど、引っかかっている部分もある。ボクの夢に他人を巻き込むな、ということだ。
音楽の勉強をしながら、路上で演奏を始めてから数ヶ月。今までファンの一人もできたことはない。まさかファン一号が異世界の、しかも魔物さんだなんて夢にも思わなかったけど、それでも嬉しかった。ボクなんかの演奏を好きになってくれるなら、大事なファンには違いない。
「ワカバ君、迷惑って思ってるのかな…。あの子、あんまり喋るタイプじゃなかったし、本心も聞けてなかった。もしかしたら本当に…」
答えは聞きたいような、聞きたくないような気持ちだった。今度会う時、どんな顔していけば…。
「ちょっと、そっち行かない方がいいよ」
「え? なんで?」
「なんか公園にでっかい虫の化け物たちが出たんだって。みんな避難してる」
「マジ? ちょっと見てみたい気もする」
近くを通りかかった人たちの会話が耳に入った。大きな虫の化け物? ヒュジオンの人たちが作った怪物だろう。この町にもいたなんて。
それよりも公園って…。マズルさんたちが危ないんじゃないか。あの人たちのところへ戻らなくちゃ。
悩みも頭から吹き飛び、ボクは駆け出していた。
さっきの人たちが言っていた通り、公園にはたくさんの巨大な虫の怪物たちがいた。
怪虫たちはそれぞれが別々の行動をとっており、まとまりがない。それゆえにいつ襲われるかわからず、人々は逃げ惑っていた。
「バレッタ、俺の銃にできるだけ魂込めてくれ。お前は他の人らを避難させるんだ」
「わかった。でも無理すんじゃないよ」
マズルさんたちがいた。バレッタさんは言われた通りに人々を誘導し、マズルさんは虫たちの駆除に取りかかっていた。
「マズさん、あちしも協力したい…んだけど、こんな時に限ってあいつ、出てこなくてさ」
「なら仕方ねぇ。どのみちこんな場所であんな力使ったら、どうなるかわかんないからな。お前もバレッタの手伝いをしてくれ」
「了解っす。お互い気をつけようね」
ジェシカさんも、バレッタさんと誘導を始めた。そうすると、戦っているのはマズルさんだけになる。いくら戦い慣れしてるとはいえ、この数を一人で相手にするのは危険だ。ボクでもそれは理解できた。
「どうしたらいい…。ボクにもできることを…。そうだ、この音で動きを鈍らせることができたはず」
楽器を抱え、怪虫に向かって音を奏でてみる。何も効果がない。この虫たちには効かないのかな。
「効いてない…? いやもしかしたら違うメロディじゃなきゃダメなのかも。こっちならどうだ…?」
ボクは音定をずらし、違うメロディを奏ででみた。すると、虫たちの動きが止まった。
「…ハウか? お前いつの間に…」
「怪虫たちが現れたと聞いて駆けつけました。今、こいつらの動きを鈍らせようとして………?」
動きを止めたと思った虫たちの視線は、全てボクに向いていた。それだけじゃなく、じりじりとにじり寄って来ている。
「な、なんでボクの方に…? ちょ、ちょっと待って…」
虫たちは歩みを止めることなく、更に速度を上げて迫って来ている。
「い、嫌ぁ、来ないでぇぇぇ!!」
ボクは咄嗟に虫たちに背を向け、全速力で逃げ出していた。
公園の中央には、大きな噴水がある。ボクは無意識にそこに来ていた。
「はぁはぁ…。どうしてボクだけを追いかけて来たんだ…? まさか、この音のせいで…ん?」
その時、脚にチクリと痛みを感じた。見ると、長い尻尾の先端の針が、ボクの脚に刺さっている。その尻尾を目で追っていくと、持ち主は巨大な蠍だった。
「うううわああああっ!!! 離れろ、こいつ!!」
思わず、その蠍を蹴飛ばしていた。そこに、追いかけて来た他の怪虫たちも合流した。
しかしマズルさんはいない。完全に手詰まりだ。このままじゃ、死ぬのは間違いない。だけど、何も抵抗できずあの世行きは嫌だ。せめてこいつらに、何かしてやりたい。でも、どうしたら…。
その瞬間、怪虫たちは突如としてボクに遅いかかった。考える余裕なく、ボクは再び楽器を弾いていた。
「うぅ…どうかお助けを…!!」
反射的に目を閉じてしまったが、おそるおそる瞼を開けると、そこには横たわる虫たちがいた。今の音の衝撃で弾き飛ばされたように思えたけど…そんなまさか。
「ハウ? どうした大丈夫か?」
「ええ。ボクは大丈夫ですけど、これはマズルさんが?」
地に伸びる虫たちを指さして、ボクは尋ねた。
「いや、俺は今駆けつけたところだぞ。お前がやったのか?」
「そんなつもりはなかったんですけど…。でもこれを鳴らしたら突然…」
「ハウ、後ろだ!」
マズルさんの声で後ろを振り向くと、そこにはまた別の虫がいた。巨大な蜂の怪物と、蛾の怪物もいた。
蜂の方はマズルさんの銃撃で倒されたが、もう一匹は仕留め損なわれた。咄嗟にボクは、もう一度さっきの旋律を奏でていた。
今度ははっきりと見えた。音の衝撃で、蛾の怪物は弾かれて地面に落ちた。
バタバタともがく虫たちはマズルさんにトドメをさされ、公園内は静けさを取り戻した。どうやら今ので、怪虫たちは全滅したらしい。
「なんだかよくわかんないが、やったなハウ」
「はは、ボクもよくわかりませんが、良かった…で…す………」
そこで、ボクは記憶が途切れた。目の前が真っ暗になっていき、あの人の姿も消えていく―――。




