姉弟のいざこざは超厄介?
ガタンゴトンと揺れる大きな箱。中には数人の人たちと、アニキたち四人と僕。今、僕たちはレッシャという乗り物に乗り、スピルシティの隣町を目指している。
事のいきさつは、昨日までに遡る。
ハウと、その弟だというルセットは互いに睨み合い、どちらも食い下がる様子はなかった。沈黙の中、ハウが先に口を開いた。
「…ボクを連れ戻しに来たんでしょ、ルセット」
「その通りだよ。オレの身にもなってくれ。手ぶらでのこのこ帰ったら、何て言われるか…」
ルセットは、ため息をついて腕を組んだ。
そこで、空気を読んでか口を挟まずにいたバレッタが割り込んだ。
「お取り込み中申し訳ないけど、二人は姉弟なんだね? 話せる範囲でいいから、事情を聞かせてもらえない?」
「…いいでしょう。オレの姉、ハウリングは数週間前に、隣町『マインタウン』の家を飛び出したんです。理由は両親への反発。音楽で夢を叶えたいと言い出して、両親…主に父親からですが、猛烈に反対されたんです。
姉が家出してからというもの、オレは時間さえあれば探し続けていました。そんな時、この街で宗教団体の連中と姉が一緒にいたという情報を得まして、手がかりが手に入るかもしれないと思い、ここを訪ねました。…まさか、本人がここで世話になってるとは思いませんでしたが」
「なるほどねぇ…ハウは家出少女だったのね。これまた意外な」
バレッタはハウに視線を移す。するとハウは突然、手に顔をうずめて涙声になった。
「嫌だ…。帰りたくない…。こっちだって、帰ったら何て言われるかわかんないのに…ううっ」
「ハウ君…。それほど嫌なのかい? それなら、弟さんには考え直してもらうほかないが…」
エールはハウを気遣うが、ルセットは冷静に言い放った。まるで、いつものことだというように。
「嘘泣きは見苦しいぞ、姉ちゃん。わかってるんだからな」
「ちっ、バレたか。流石にもう泣き落としは通用しないか…」
ハウはケロリと開き直り、普段とは違う口調で呟いた。エールは呆気にとられた表情を浮かべている。
「当たり前だろ。何度見てきたと思ってんだ。とにかく、これ以上面倒かけさせんな。ほら、行くぞ」
ルセットはハウの腕を掴み、強引に連れ出そうとする。するとハウは、途端に抵抗し始めた。
「うわっ、止めろ、離せ。このヘンタイ、ケダモノ!」
「ひ、人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ! 外に聞こえたらどうする…!」
ハウは口々に叫び、焦るルセットの手を振りほどいた。二人は呼吸を荒くして、再び睨み合った。
「はぁ、苦労するとは思ったが、ここまでとはな。だいたい、何の得にもならねえのに、なんでこんなことしてんだオレは…」
「だったら早く帰れ。それから両親に言っとけ。もう帰るつもりはないって」
「そうは行くか。連れてかねぇと、後が怖いんだよ…!」
互いに一歩も譲らないハウとルセット。そこにまた、バレッタが横槍を入れた。
「度々口を挟んで悪いけど、一度冷静になりましょうよ。ルセットさん、ハウはうちの大切な社員であり仲間なんだ。そう雑に扱われると、こちらとしてはたとえ身内の人でも、いい気持ちはしないってもんでさ」
「バレッタさん…」
口調は柔らかだが、少しだけ威圧感を漂わせるバレッタ。ルセットも感じ取ったのか、腕組みをして黙り込んだ。
バレッタは更に続ける。
「かといって、あなた方の事情を鑑みないワケじゃない。ハウとはこちらで話し合って、本人に結論を出させるようにする。
もちろん、どちらかに答えを強制させるようなことはしない。元々部外者だからねアタシらは。それでどうだろう?」
ルセットはまた少し考えた。重い空気の中、誰も口を挟もうとはしない。
ルセットはやがて、答えを出した。
「わかりました。自分もいつまでもここにお邪魔するわけにはいきません。今日のところは帰らせていただきます。あとのことは、お任せしていいでしょうか?」
「うん、ありがとう。責任を持って、お預かりします」
「よろしくお願いします。それでは、失礼します」
ルセットは姉を一瞥することもなく、事務所を去っていった。
「さて、どうするよ、お姉さん?」
いつものメンバーになった事務所で、バレッタは切り出した。
「ボクは帰りたくありません。何を言われても、この気持ちは変わりません。でも、どうせ皆さんは行かせるんでしょう…?」
ハウはいつもの口調に戻り、半ば諦めたように言った。
「あちしは、帰んなくてもいいと思ってるよ」
ジェシカは曲げたスプーンを弄びながら、ハウを見もせず答えた。姉弟のいざこざをちゃんと聞いているのかわからなかったが、理解はしているようだ。
「帰らなくてもいい?」
「そ。あちしもその、親にはいい思い出なくてさ。ハウりんの気持ち、わかるような気がするんだ」
寂しげに語るジェシカ。それ以上、彼女は話すことはなかった。
「ハウ、さっきも言った通り、アタシらはどっちかに強制するつもりはないよ。あくまで決めるのはアンタだって話さ」
「うむ、我々がどうこうできる問題ではないということだね。一番大事なのはキミの気持ちだよ」
「そーゆーことだ」
バレッタとエールに続き、ルセットが来てからずっと黙っていたアニキも、ようやく口を出した。全員の視線がアニキに注がれる。
「嫌なことを無理にする必要はない。それが義務でもない限りな。ハウが逃げるを選択するなら、俺たちには止める権利はないってこった」
「マズルさん…それって…」
「…ただ、もしお前が帰る決意を決めたんだったら、俺らもできるだけの手助けはしたい。どうする?」
「…少し、考えさせてください」
ハウはその後、自室に閉じ籠もって夕食の時間を過ぎても出てこなかった。彼女が姿を現したのは就寝時間の頃。その答えは―――。
「皆さん、ボクは…。明日、家に帰ろうと思います」
それから翌日。トレーニングの予定があるエールを除き、四人でレッシャに乗り、現在に至る。
「この街も、こうして見るとけっこうおっきいんだね」
窓の外を眺めつつ、ジェシカは言った。外の景色は目まぐるしく変わり、だんだんと建物が少なくなっていた。
「ジェシカさんも来ていただけて嬉しいですが、良かったんですか?」
「気にしないでよ。ダチなんだし、当然じゃん?」
「そうだよ。昨日言ったろ、アンタは大事な仲間だって。誰かさんも、できるだけ手助けしたいって言ってたじゃないか」
バレッタは横目でアニキを見る。目を閉じていたが、どうやら寝たフリだったらしい。足元には荷物に紛れて、布で縛られた長い物体がある。それは愛用の銃だと、僕にはわかった。
「まぁ仕方ねぇな。俺が言ったことなんだし、気にすんなよ、ハウ」
「…ありがとうございます。皆さんには本当に感謝しています」
「ただな、ついていくのは家の直前までだ。他人の家庭の事情にまで、首を突っ込むのも悪い。親御さんと話をつけるのはハウ自身だ。それはわかってくれよ」
「…はい」
その後まもなく、隣町『マインタウン』へと到着した。
レッシャを降りたハウたちは、家の近くだという公園までやってきた。ここで、ハウ以外は待機することになった。
「それじゃ、行ってきます。ここまで来ていただき、ありがとうございました」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん。これから悪の大魔王に戦いを挑むワケじゃないんだから」
「そ、そうですね。はは…」
「大魔王…そうだ、ちょっと待ってろ、ハウ」
アニキは何かを思い出したように、唐突に近くのベンチで横になった。
「ツルギ、いるか?」
声をかけられた僕は近寄り、答えた。
「いますよ。何でしょう?」
「話はわかってると思うが、ハウの傍にいてやってくれないか?」
「ハウの側に、僕が?」
「そうだ。姿は見えなくても、知ってる人間が近くにいると思えば、多少心強いと思うんだ。あいつにも言っておくからさ」
「僕は構いませんよ。傍にいるだけなら、お安い御用です」
「頼むぜ。中で何があったのかも、できるだけ教えてくれ」
その後、アニキの説明を受けたハウは、自宅の前にいた。周囲にはアニキたちはいない。姿の見えない僕がいるだけだ。
「…ツルギさん、いるんですよね?」
いますよ。そう伝えたかったが、声を出しても聞こえないことはわかっていた。
「いることにしましょう。よろしくお願いしますね」
僕は黙って頷いた。しかし、ハウはなかなか足を踏み出そうとしない。うつむいて地面を見たままだ。
一体どうしたのか。そう尋ねたくても、叶わないことはわかっている。ハウが次の行動を起こすまで、ひたすら待つしかなかった。
そのうち、ハウはひとり呟いた。
「家に帰るのも、両親に会うのも怖いわけじゃないんです。ただとにかく嫌なだけ。昔から、特に父親とは意見が合わなくて。いつからか顔を合わせるのも嫌になったんです」
色々な人、家族がいるとは思ったが、そこまで関係の悪い家族は、マジーナも含めて聞いたことがなかった。僕の家族、父親は…。
「はぁ…。逃げるを選択、かぁ…」
ハウは唐突に呟き、現実に引き戻された。それは昨日、アニキが言った言葉だと思い出した。
「あの人ってば、さり気なく背中押してくれるんだもんな…。そんなこと言われたら、もう行くしかないじゃないですか…」
ハウは拳を握りしめ、自宅を見上げた。そして今度は、自らを鼓舞するように声をあげた。
「よーし、皆さん応援してくれてるんだ。ハウ、お前はできる奴だ。頑張れハウ、負けるなハウ! 動け、ボクの足! …よし、行くぞ!」
ひとしきり声を出した後、ハウは扉に手をかけた。




