ハウの違和感の原因は?
ルセット
マズルたちの事務所に現れた、クールな雰囲気の少年。その正体は…?
ワカバの成長を見届け、みんなと遅い食卓を囲んで事件を振り返った後、僕はベッドに入って眠りに落ちた。
そして目を覚ますと、そこはスピルシティ。どうやら追体験は僕の番になったらしい。
「うーん、ここは…俺の事務所か。そうか、帰って来たんだな」
アニキは寝たまま伸びをして言った。僕の姿が目に入ると、付け加えた。
「お疲れさんだったな。二日もあちこち動き回ってよ」
「お互い様でしょう。アニキだって二日も僕らの後ろをついて回ってるんですから」
「まぁ追体験中は大して疲れないからいいんだが。…しかしそうだ、俺の本体は二日も眠ってたんだ。あいつら、どんな顔で出迎えてくれるやら」
「だけど行くしかないですね。頑張ってください」
「へいへい。そんじゃ行ってくるか」
アニキは起き上がり、ドアノブに手をかける。こちらも新しい日々の始まりだ。
「…! マズル、起きたんだね」
アニキが姿を現したのを確認すると、バレッタは真っ先に駆け寄った。アニキは少し面食らったような顔で答えた。
「あ、ああ。悪かったな、二日も寝たままで」
「本当だよ。もうちょい遅かったら、死亡届け出すところだった」
「出すなよ。冗談じゃねぇ」
事務所にはハウとエール、ジェシカの姿も見えた。それぞれが別々の作業をしていたが、アニキが現れると一斉に視線を移した。
「ははは、冗談がキツいが面白いね、バレッタ君」
「エールもいたのか。この前もそうだったが、もしかして暇人か?」
「失敬だね。たまたま休みだっただけさ。君が寝ている間はずっとトレーニングだったからね」
エールは剣を振る仕草をしてみせた。机上には愛用の剣がある。どうやら手入れをしていたらしい。
「そいつは結構なことで。ところでジェシカは何をしてるんだ?」
ジェシカの前には銀色の何かが大量に並べられていた。よく見るとそれは全て、曲げられたスプーンだ。
「おはー、マズさん。見て見てー。あちしが曲げたんだ。もちろん念力でね」
「念力? お前、力を使いこなせるようになったのか? あれはいわゆる暴走状態だったろ?」
魔獣を一撃で倒し、カサンドラの助けもあってなんとか制御できた、ジェシカの第二人格と言うべき力。彼女はまだ自力で制御できてはいないはずだ。
「んーそれなんだけどね。なんかこの前、あの異世界の人たちと会ってから、ちょーっとだけだけどいつものあちしでも力を使えるようになったっぽいんだ。
口で言っただけじゃ信じてもらえないかと思って、こうやってスプーン曲げして暇つぶししてたワケ」
「…信じるから後で直しといてくれよな。しかしなんで力を制御できるようになったんだ。あのカサンドラって騎士と出会ったおかげなのか?」
「知らないけど。あちしはそうは思わないかな。まぁ、向こうの魔法使いさんたちや魔物さんらに会えたのはイイ刺激だったとは思うから、もしかしたらそれがキッカケなのかもね」
カサンドラはジェシカのことを、『守るべきもの』と認識していた。でもジェシカからは未だに認められていないようだ。現時点では、カサンドラからの一方的な仲間意識を持たれている、といった具合か。
「とりあえずその話は置いとこう。そうそうハウ、今度ワカバと会ったら、少し驚くかもしれねーぞ」
「驚く…ですか? どういうことでしょう?」
ハウはきょとんとした表情を浮かべた。実際にワカバの成長した所を見ていないのだから、無理もない。
「それは次に会うときのお楽しみだな。あいつは元気だから、そこは心配いらないけどな」
「えーなんだろう、ちょっと楽しみだな」
ハウは早く聴かせたいと言うように、楽器の弦を指でひとつ弾いた。
アニキが身支度を整えてから、ソルブ・トリガーの一日が始まった。たまたまの休みだというエールも一緒に、今日の予定が確認される。
「さて…バレッタ、今日は何か仕事入ってんのか?」
「あるよ。このあと人探しの相談がひとつ。もうすぐ依頼人が来るらしいけど。…おっ、噂をすれば、かな?」
事務所の呼び鈴が鳴った。バレッタが戸を開けに行き、隙間からは依頼人の姿がちらりと見えた。
「ひやっ…! 嘘でしょ…。まさか、そんな…!」
突然、甲高く小さな声で悲鳴を上げたのは、ハウだった。机の下に隠れ、ぶつぶつ呟きながら玄関を凝視している。
「ハウりん、どしたの? なんかあった?」
「べべ、別に、何もないですよ。本当に、ええ…」
心配そうに声をかけたジェシカに対しても、明らかにハウは挙動不審だった。
バレッタが客人を中に案内すると、ハウはこそこそと事務所の奥まで向かおうとする。彼女を気遣ってか、今度はエールが声をかけた。
「ハウ君、大丈夫かい? なにやら体調が悪そうに…」
「だだだ大丈夫ですよ。ちょっとボク、お手洗いに行きたくて」
「無理せずに今日は休んでもいいんじゃないかな? マズル君やバレッタ君に報告して…」
「本当に…! 大丈夫ですから…!!」
「そ、そうかい…?」
ハウはトイレにこもってしまった。
いつになく殺気立った迫力に、エールもそれ以上口が出せなかったようだ。近くにいた僕も、思わず肌がざわついた気がした。身体は今頃ベッドの上のはずなのに。
その頃、バレッタは客人と対面し、依頼の相談を始めていた。
依頼人はジェシカやハウよりも少し年下と思われる男性で、灰色の髪をしていた。少し目つきが悪く、気だるげな印象を与えるが、姿勢を正して行儀よく座る様子から、悪い人ではないと思えた。
「えーと、ルセットさんだったね。人を探していると聞いています。どんな人ですか?」
「はい。探しているのは自分の姉で、この街に来ているのはわかっていたのですが…」
ルセットと呼ばれた少年は、答えながら視線を事務所の奥へと向けた。そこはハウがさっき向かった所だが、見ていたのだろうか。
「突然で申し訳ないのですが、この依頼はキャンセルしたいです」
「キャンセル? 今さらどうして? 依頼料は応相談だけど…。ひょっとしてアタシたちじゃ、頼りにならないと?」
「そうじゃありません。もう依頼をする必要がなくなったということです。…そうだろ? 姉ちゃん! 出てきなよ!」
ルセットは事務所の奥に向かって叫んだ。
少し間を置いて、ハウが姿を現した。
「うぅ…。ルセットの意地悪。弟なら見逃してくれてもいいのに…」
恨みがましい目でルセットを睨み、ハウは項垂れた。




