解決の糸口は追体験?
マジーナ、ツルギの後ろに続くと、入口には鎧を身に纏った騎士らしき男たちが数人おり、クロマとカサンドラを相手に何やら会話をしていた。
内容はまだわからなかったが、物々しい雰囲気は感じ取れた。
「…ですから、ちょっと待ってください。私たちはずっと一緒だったんですよ? そんなの、ありえません…」
「その通りだ。それに、する理由がなかろう。あの子がそんなことを」
よく見ると、ワカバの姿が家の中にはなかった。外を覗き込むと、騎士二人に身体を拘束されたワカバがいた。とても不安そうな表情をしている。
「一体どうしたんですか? ワカバをどうするつもりですか?」
「お前がここのリーダーだな? 昨晩、城下町で立て続けに盗難事件があり、この子どもは重要参考人として、我々が身柄を押さえることになった。異論は認められない。大人しく引き渡すことだ」
騎士はピシャリと言い放った。あまりにも身勝手で理不尽な物言いだと、俺も思った。
当然、ツルギも引き下がらなかった。
「いやいや、待ってくださいよ。そんなこと急に言われても…。第一、証拠はあるんですか?」
騎士はその問いに、懐から何かを取り出して答えた。それは何の変哲もない、一枚の葉っぱだった。
「先ほどの質問にも順に答えよう。これは現場に落ちていた葉だ。聞くところによると、先日町の装飾品売り場で、ドラシル族の男が働いていたと明らかになったそうだな。身元が明かされ、自暴自棄になった男は盗みを働いた。それが我々の推理だ。
このワカバという子どもは、その男の弟だということも調べがついている。参考人として連れて行く、と言ったはずだ。この子がやったとは考えていない。話を聞ければそれでいいのだ」
騎士はクロマとカサンドラの問いにも答えた。あくまでも真犯人はワカバではないことを強調し、危害を加えるつもりはないらしい。
「…本当に、話を聞くだけですか?」
「無論。それが済んだら、開放する」
「わかりました。だったらお願いします。ワカバ、きっと大丈夫だから、安心して」
「うん…。わかった」
「ちょっとツルギ! あなた…」
マジーナはツルギに詰め寄ったが、カサンドラは無言で彼女を静止させた。
「ご理解、感謝する。それではこれにて失礼」
騎士たちは踵を返し、ワカバを連れて家を後にした。
残されたツルギたちは、テーブルを囲んで座り、事態を振り返った。
「…ねぇ。あれで本当に良かったの? あいつらぶっ飛ばして、ワカバを助ければ…」
「できるものならそうしたかったよ。でもたとえやっつけられたとしても、後でお尋ね者になったらもっと大変なことになっていたかもしれないし…」
「ツルギの判断は正しかったと思う。だが、マジーナの言い分も間違っているとは言えない。どちらの道を選んだとしても、後悔することになっていただろうな」
「仕方ありませんよ。突然のことで、冷静な判断なんて難しいですし。誰も責めることなんてできません。…それにしても、ワカバさん大丈夫でしょうか…?」
全員が口をつぐむ。気まずい沈黙が流れる。
やがて、意を決したようにツルギは立ち上がり、全員に向けて言った。
「もう一度、町に行ってみよう。あの人が盗みを働くなんてどうも納得がいかないんだ。何か手がかりが掴めるかもしれない」
「あたしも行く。元々はあたしがワカバを連れ出さなきゃこんなことにはならなかったんだもん。責任取らなきゃ」
「私たちにできること、何かありますよね。よーし、頑張りますよ」
「仲間を護れないままでは聖騎士の名折れだ。必ずや、彼らの疑いを晴らしてみせよう」
ツルギたちは準備を整え、再び町へと向かった。
城下町に到着すると、ツルギたちは被害があったという店を順番に回った。被害状況と、何か不審な人物がいなかったかということを、店の者に確認したが、有用な情報は何も得られなかった。
「んーダメねー…。人影は見てない。足跡すらない。残されたのはあの葉っぱだけ。こんなに手慣れた犯行、あのシンって人にできるのかしら?」
「そうなんだ。普段から盗みをしていたら話は別だけど、まさかそんなこと…」
それぞれが思案するが、これだという答えは出なかった。
そんな中で、クロマはひとつの案を出す。
「シンさんのお店に行ってみませんか? 店長さんに話を聞けば、何かわかるかも…」
「そうですね。行ってみよう」
ツルギたちはシンの働いていた店へと向かった。
住宅が並ぶ道中、ツルギは突然足を止め、人ごみの一点を見つめていた。訝しげにマジーナは尋ねる。
「どしたの? 何かあった?」
「…いや、なんでもない。早く行こう」
ツルギは再び駆け出し、マジーナたちも続く。
シンの店に到着すると、あの店長が店先に出ていた。昨日よりは、客足が増えているように見えた。
「いらっしゃい。ゆっくり見て…あら、あんたたち。また来てくれたのね?」
店長はツルギたちに嫌な顔ひとつせず、挨拶をした。そしてだいたいの事情も察しているようだった。
「店長さん。実は聞きたいことが…」
「シンちゃんのことでしょう? 彼はいないわよ。もう騎士さん方に連れていかれちゃった。あたしも止めたんだけど、こんなただの商人の力じゃ、どうにもならなかった。それにあの子、抵抗することなく縄にかかったのよ。きっと、迷惑かけたくなかったんでしょうね…」
店長は悲しげに語った。マジーナは納得がいかないとばかりに、強い口調で言った。
「そこまであの人のことわかってるなら、なおさら止めなきゃいけなかったんじゃないですか?」
「あたしだってわかってる。あの子がそんなことする人じゃないって。でも、彼の気持ちを無駄にするようなことも、したくなかったのよ。後悔がないって言ったら、嘘になるんだけどね…」
店長は消え入りそうな声で言った。ツルギは気遣いを込めてなのか、ゆっくりと尋ねた。
「その、シンさんは昨夜はずっとここに?」
「ええ。いたはずよ。一緒にはいなかったから、絶対とは言えないけど」
ここでも有力な情報を得られないまま、ツルギたちは店を後にし、自宅へと戻った。
「結局無駄骨だったのかな…? どうしたらいいのよ。何かいい方法はないの?」
テーブルに突っ伏し、マジーナは呟いた。クロマもカサンドラも、何も言えずにいた。ワカバはまだ、帰っていない。
その時ツルギは思い立ったように立ち上がり、寝室へと向かった。
「ツルギ、こんな時に寝るの? あんたって意外と呑気ねぇ」
「ち・が・う。アニキに聞いてみようと思ったんだ。何か見えてくるかもしれない」
「ああそういうことね。それなら邪魔しないわ。ごゆっくり」
マジーナは腕に顔をうずめて黙った。クロマ、カサンドラも黙って頷いた。
ツルギは寝室に入ると、ベッドに倒れ込む。すかさず俺は話しかけた。
「頼りにされてるようだな、俺」
「お願いします。アニキの知恵を貸してくださいよ」
「知恵って言ってもなぁ。こんな事件、解決したことねぇし…」
「向こうの世界ではこういう時にどうするのか、そんなことでいいんですよ。何かありませんか?」
俺は考えた。こういう展開、小説やドラマなんかだったらどうする?
そこで俺は、ひとつ思いついた。効果的かどうかはわからないが。
「俺の世界のセオリーというか、こういう時には犯行現場に犯人がまた現れるもんなんだよな」
「現場に戻る…?」
「まぁ、物語上の話だから参考にならない気がするんだが」
だが、ツルギはそれだけでピンと来たらしい。
「それを聞いてわかりました。この事件の真犯人は…盗賊団です!」
「盗賊団って、前にお前らが捕まえたあいつらか?」
「そうです。さっき町で見たことのある人たちを見た気がしたんです。今思い出しました。あれはあの時の盗賊団の一人に違いありません。そうとわかれば、マジーナたちに知らせて…」
起き上がろうとするツルギを、俺は止めた。俺にはまだ、何かが引っかかっていた。
「ちょっと待て。あの盗賊団、あの後騎士たちに引き渡したんだったよな? なんでそれが町にいるんだ?」
「なぜと言われても…。でも確かにあれは見たことのある顔でしたよ」
「それに気になることはまだある。あいつら現場に葉っぱが残されていたと言ってたが、そんなどこにでもあるようなもんを証拠にするだろうか。個人が特定できるものならわかるが」
「つまりは…どういうことでしょう?」
「俺にもわからん。ただ、何か意図的なものが感じられるってだけだ。俺の意見は出した。後はお前たちで考えてくれ」
無責任かもしれないが、マジーナたちと会話ができない以上、仕方ない。ツルギはベッドから起き、居間へと向かった。
「ツルギ。マズルさん、なんて言ってた?」
「うん、それが…」
ツルギは俺の話したことを全て伝えた。マジーナたちの知恵も加わり、やがてひとつの結論に至る。
その後ツルギたちは、再び町へと繰り出した。




