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兄弟の過去と関係は複雑?

 女性の背中を追い、ツルギたちは店内を歩き、俺もその後ろをつける。やがて扉の前まで来た時、女性は振り返って一同に尋ねた。


「ごめんなさいね。こんなおばさんの突然のお願い、聞いてもらって」

「いえ、そんな。僕たちの方こそ、お仕事の邪魔をしてしまって…」


 女性はそこで、ワカバを見た。いつも眠たそうにふらふらと立って歩いている奴だが、今日は違った。不安げな表情で、少しおどおどとしているようにも見えた。


「シンちゃんの弟さんなのよね? さっき少し聞こえちゃったもんだから」

「はい。ワカバです。あの、この子のお兄さんは…」


 警戒しているのか話そうとしないワカバに代わり、ツルギは尋ねた。


「ええそうよ。彼もドラシル族。詳しいことはこの後で話すから、とにかく中に入ってちょうだい」


 女性は扉を開けた。中は店のバックヤードといったところで、店先に並べる予定の品物がたくさん見受けられた。


 そして、シンという男もいた。椅子に座り、頭を抱えている。バンダナは外しており、ワカバと同じ深緑色の髪と、隠されていた耳も見えた。彼の耳たぶには葉がついており、一見するとピアスのように見えたが、おそらく皮膚から直接生えているのだろう。


「て、店長!? 何でこいつらを中に…?」


 シンは椅子から立ち上がり、あからさまな嫌悪感を隠そうともせず、ツルギたちを指さして尋ねた。

 店長と呼ばれた女性は、優しい口調でシンを嗜める。


「こいつら、なんて言うもんじゃないよ。あなたの弟さんと、そのお友達なんでしょう?」

「確かに弟ですが…。でもオレは…」


 シンは口ごもった。店長はツルギたちに向き直ると、改めて話を始めた。


「さて、と。それじゃ説明しようかね。彼のことを」

「店長、オレなんかのことを話しても、なんにも…」

「ワカバちゃんは弟さんなんだから、知っておいた方がいいと思うの。それに、お仲間さんたちにもね。あなたが嫌なら、考え直すけど」


 シンはしばらく考えたが、ついに折れた。ため息をひとつつき、再び椅子に座り込んだ。


「はぁ…どうぞ。だけど、あまり細かいところまで話さないでくださいよ」

「ありがとう。そのつもりよ。それじゃね…まず私の話からなんだけど…」


 店長は、語り始めた。




 私がこの町で商売を始めたのは、十年くらい前になる。その頃は、今よりも血の気の多い人たちがそこらへんを歩いててね。言ってみれば町は荒れていたの。


 私はその頃から装飾品を売っていたんだけど、そんな環境じゃ売上は見込めなかった。でも、商売が生きがいだった私は、それでもお店を続けたのよ。


 そんな時、彼に出会った。彼はほとんど迷子みたいな状態で、町をふらついていたのよ。道行く人々からは邪険にされて、道端に倒れていた。


 私は彼のところまで行って、どうしたのかと尋ねた。彼は行く所がなく、ずっと野宿していたと言った。その割には、瞳や肌には生気があったから、不思議に思った。だけど、彼の髪を間近で見た時に、ドラシル族の噂を思い出した。きっと食事を取らなくても平気な子なんだと。


 それでも、住む家と着る服は必要だ。私は簡単な店の手伝いをすることを条件に、彼を店に住まわせることにした。最初は掃除や金勘定だったけど、彼はだんだん私の商売に興味を持っていって、最近になって接客をするようになった。


 才能があったのか、彼が店先に立ってからは繁盛して、売上が二倍にも三倍にもなった。私は嬉しかった。何より、あの迷子の少年がここまで成長したのを見ていて、子供のいない私は言葉にできない気持ちが芽生えた。これからも、彼と一緒にやっていこうと、私はそう思っていた。




「…で、今日に至る、ってね。別にあなたたちを責めてるわけじゃないからね。むしろ、ご家族に会えたなら喜ばしいことで…」

「そんなことないですよ店長。オレはこいつと会いたいだなんて、微塵も考えてないんですから」


 シンはまた、嫌悪感たっぷりに言った。店長は今度は諦めたようにため息をついて言った。


「…そう。無理に仲良くしてとは言わないわ。それぞれの事情があるだろうし。それじゃ、明日の準備でもするから、あなたたちももうお帰りなさい」


 そう言うと店長は、店のさらに奥へと姿を消した。


 残されたツルギたちとシンは、気まずい空気の中にいた。少し間が空いた後、ツルギは思い切ったように沈黙を破る。


「…行こう。これ以上いても、迷惑になる」


 出口の扉へと向かおうとしたツルギ。その時、わざと聞こえるような声量で、シンは口を開いた。


「ああ、大迷惑だよ。あんたら」


 全員の視線がシンに注がれる。シンは鋭い目つきで応戦した。


「ちょっと、そんな言い方なくない? こっちは悪気があってしたことじゃないのよ?」

「た、確かに私たちが来なければこんなことにはなりませんでしたが…。でもあんまりです」

「部外者である我々のせいでこうなったのは申し訳ないと思っている。だが、この子のことを責めるのは筋違いではないか?」


 口々に反論するマジーナたちにも、シンは淡々と返す。


「筋違いなもんか。こいつがドラシル族だからこその騒動だ。ただの人間だったらあんなことにはならなかったろう。それに悪気がなかったと言ったが、もしもそれで仲間が死んだら受け入れられんのかい?」


 全員が口をつぐんだ。シンは視線を一同から外し、そっぽを向いた。

 それでもツルギは納得ができないというように、反論を加える。


「あなたもドラシル族じゃありませんか。それなら、ワカバのことを責めなくても」

「…ああ。わかってるよ。だが、オレはずっと店長以外には知られずにやって来たんだ。本当はいつかこうなると思っていた。お前らが来たせいで、それが早まっただけだ…」

「シンおにいちゃん…。ぼくは…」

「…もういいだろ。言われた通りに帰ってくれ」


 シンは両手に顔をうずめて黙り込んだ。ツルギたちは何も言えず、ワカバの手を引いてそっと店を後にした。




 自宅に帰ったツルギたちは、静かな夕食をとっていた。ワカバは自室に入ったまま、出てこない。


「…なんていうか、後味悪いわね。ワカバにお兄さんがいて、あんな所で働いてたなんて知らなかった」

「ワカバ本人は話していなかったが、色々と訳があるのかもな。普段は寝ていることが多いゆえ、聞く機会がなかったのかもしれないが」


 マジーナとカサンドラは意見を交わす。一方のクロマは黙ったままだった。


「ワカバは見ての通り、害はない子供だ。これまで一緒にいても、彼や僕らが迫害されることはなかった。町の人たちも、そう言えばわかってくれるはずなんだけど。どうしてあそこまでドラシル族である自分や弟を…」


 そう簡単な世の中じゃないと思うが、ツルギは人々を信じているらしい。

 その時、クロマは初めて口を開いた。


「きっと、みんな普通でいたいんですよ」


 三人の視線がクロマを捉える。クロマは少したじろいだが、続きを述べた。


「個性を尊重するのは大事なことです。そんな生き方をするのも自由なことです。でも、周りと同じくありたいと思うのは、自然なことなんじゃないでしょうか? …すみません、あくまで私の意見ですので。ごちそうさまでした。もう寝ます」


 クロマは話し終えると、そそくさと食事の片づけをして自室に入った。


 食事を終え、ベッドに入ったツルギ。俺はそれを見計らって話しかけた。


「みんな普通でいたい、か」


 クロマの言葉を復唱した。俺にもどこか、共感できる部分があったのだ。


「わかりますか、アニキ?」

「まぁな。俺も仕事らしい仕事せず、今のなんでも屋で安定しない生活してるからな。普通の仕事できれば、と思ったことがないわけではない」

「僕はよくわかってないです…。そんな経験もないですから」

「お前だって同じようなもんだと思うけどな。毎日あるかわかんないクエストやって、不安定な生活じゃないのか?」

「そうかもしれませんけど、毎日楽しくやってますからね。あまり考えたことないですよ」


 お気楽なのか、心の底から思っているのか。そう思えた方が幸せなのかもしれない。

 そのうちに、俺もツルギも睡魔に襲われ、深い眠りに落ちていった。

 このまま俺の世界に帰還するのか? 何も解決してないから、マジーナの言う通り、本当に後味が悪い…。



 翌日、目を覚ますとそこはスピルシティ………ではなかった。まだツルギのベッドの隣で、俺は壁に寄りかかって眠っていた。日を跨いで追体験するのは初めてだ。あいつら、丸一日眠った俺のこと、死んだと勘違いしないだろうか?


 外から騒がしい声が聞こえる。その声で、ツルギも目覚めた。


「おはようございます。あれ、今日もアニキの追体験なんですね」

「そのようだな。しかし、なんだか外が騒がしいようだが」


 その時、マジーナが飛び込んできた。血相を変えて、ツルギを見ている。


「どうかしたの?」

「ツルギ…ああ良かった。あっちの世界に意識は行ってないのね。大変なのよ、とにかく来て…!」


 混乱するツルギの腕を引き、マジーナは扉の向こうに消えた。

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