予期せぬ出遭いは波乱の幕開け?
シン
装飾品店の男性。人当たりがよく、快活な印象を与えるが…。
魔獣との戦いが終わって、俺とツルギ、そしてセタの奴も目の前にいた。辺りをよく見てみれば、最初に出会ったあのおかしな空間だった。
「お二人とも、本日まで我々にご協力いただき、誠にありがとう御座います。感謝のしようもありません」
「そりゃどうも。だけどまだ三分の二が残ってんだろ? 礼なら全部終わってからでいいよ」
セタは僅かに驚いた顔をした。ツルギを見ると、目を丸くして同じ反応をしていた。
「…なんだよお前ら。人を珍しい物みたいに」
「アニキがそんなこと言うなんて珍しいと思ったんですもん。そりゃ驚きますよ」
「悪かったな。俺だって血の通った人間だ。もう抵抗するのも面倒だって思ったからそう言ったんだよっ」
俺は言い終えるのと同時に、ツルギの頭を小突いた。
「いだっ。殴らなくてもいいのに」
「ふふふ、ごもっともですね。しかし、今の気持ちだけでもお伝えしたかったもので。それにしても、お二方の絆も深まって参りましたね」
絆が深まっている。俺にはその自覚はなかった。今までセタの言う縁の仲間を探して回ってきていたが、俺とツルギの間にもその縁とやらがあるのかとは考えもしなかった。
だが、ツルギの方はうすうす感じていたらしい。確認するように、セタに尋ねた。
「まだはっきりと言われてなかったと思いますけど、僕とアニキも縁の仲間ということになるんでしょうか?」
「左様です。後々お気づきになると思い、あえて申し上げずにおりました」
「やっぱり。これからもよろしくお願いしますよ、アニキ」
ツルギは心底嬉しそうに言ってくるが、俺は特段嬉しいともなんとも思わなかった。だが、純真な奴の目を見ると突き放すのが躊躇われたので、軽く流すことにした。
「ま、よろしく頼むわ。お互いにな」
「私からもお願いいたします。今後の助けになると思い、それぞれのご自宅に贈り物をお送りしておきました。どうか有意義にお使いくださいませ」
「それって、またお金ですか?」
「はい。さぁ、もう目覚めのお時間です。ツルギ様の世界から参りましょう。では、どうかお気をつけて…」
セタの姿と声が遠ざかっていき、俺の意識もだんだんと薄くなっていった。
気がつくとそこはツルギの世界。俺は奴のベッドの側で横になっていた。
「アニキ、大丈夫ですか?」
ツルギはベッドの上から、俺を見下ろして心配そうに言った。腰を上げ、俺はわざとしんどそうに答えた。
「なんとかな。セタの奴、またちゃんとした説明もなく放り込みやがって…」
「まぁまぁ、いつものことじゃないですか。あとは僕に任せて追体験、お願いしますよ」
こちらの気も知らずにぬけぬけと。だが追体験の最中は疲れることもないので、楽をさせてもらおう。お言葉に甘えて。
「はいよ。そんじゃ頑張ってくれよ」
「任せてください。張り切っていきますよ」
ベッドから飛び起きると、ツルギは意気揚々と扉に手をかけた。こいつ、どこからその元気が出るんだ。
「ツルギ、起きたのね。おはよう」
居間にはマジーナとワカバ、クロマ、そしてカサンドラの姿があった。彼女のパーティ加入は仮初めのものだったはずだ。まだここにいるということは、決意が固まったということなのか。
「おはようみんな。…えっと、カサンドラさんも」
「ああ。おはよう。先日は大変だったな。怪我はなかったか?」
「ええ。問題ないです。ところでその、パーティ加入の件ですが…」
ツルギはおずおずと切り出した。果たして、あのジェシカのことを仲間として認めてくれたのか。ツルギも不安だったに違いない。全員が固唾を飲んで待つ、カサンドラの回答は―――。
「うむ。その件だが、こちらで是非とも世話になりたい」
「ほ、本当ですか?」
「本当だ。答えを待たせて申し訳なかった。あの少女こそ、私が求めた『守るべきもの』だと判断したからな」
「こんなこと言うのもなんだけど、あの人あんまりしっくり来てなかったと思う。それでもなの?」
「そうかもしれない。だが私は確信したんだ。例え拒まれようとも、私は彼女を守っていく。無論、そなたたちの力となり、盾となることも誓おう。改めてよろしく頼む、ツルギ。皆もな」
カサンドラは片腕を胸の前に持ってくると、そのまま深く礼をした。これが聖騎士の作法なのだろうか。
「こちらこそよろしくお願いします。でもあくまで仲間であって主従関係じゃありませんから、お互いに助け合っていきましょう。それでいいですか?」
「ああ、私もそのつもりだ。皆で協力し合おう」
マジーナとクロマは顔を見合わせ、笑顔を見せた。これで、晴れてツルギのパーティは完成したことになる。俺もなんとなく、胸につかえていたものが取り除かれた気がした。
それから、ツルギたちは全員揃ってテーブルを囲い、今後のことについての話し合いを始めた。
「さて、これからのことだけど、セタさんは日常生活を過ごしてとだけ言っていた。といっても何をすべきなんだろうか…」
「はーい。あたし、買い物に行きたい」
マジーナはピンと手を挙げて答える。ずっとそうしたいと考えていたかのように、即答していた。
「買い物にですか? 確かにそろそろ食料が尽きそうです。ちょうどいいかもしれませんね」
「それもだけど、あたしローブを買いたいの。ずいぶん新しいの買ってないからもうボロボロなのよ」
失礼を承知でマジーナの後ろに回って見てみると、裾や袖の辺りは確かにほつれ、穴も空いていた。生活苦には、あまり買う余裕がなかったのだろう。
だが、今はセタの援助がある。マジーナはまた、ジャラジャラと音のする袋を机上に出した。
「コレ、セタさんからの贈り物でしょ? ちょっとくらい使っても罰は当たんないわよね。せっかく全員揃ったんだし、記念に少し贅沢してもいいでしょ、ねぇねぇツルギぃ。おねがぁい」
猫なで声でツルギにまとわりつくマジーナ。決定権はリーダーにあるのだろうか。ツルギはマジーナを振り払い、恥ずかしそうに言った。
「わ、わかったから。それじゃ今日はクエストお休みで買い物に行こう。みんなそれでいい?」
「いいですよ。ついでに食料なども買いましょうね」
「私もお供しよう。荷物持ちくらいならお安い御用だ」
「よし決まり。準備ができたら出発しよう」
それぞれ身支度を済ませ、いざ町へと向かわんとするツルギたちだが、約一名動かない奴がいた。
「彼は行かないのか?」
椅子に座ったまま、うたた寝をしているワカバを見てカサンドラは尋ねた。
「ワカバさんはクエスト以外の時間はだいたい寝てるんです。元が植物だからか特に食事も取らないみたいで」
「でも行こうって言ったら来るわよ。ちょっと待ってて」
マジーナはワカバの元に行くと、身体を揺さぶって起こした。
「ワカバ、町に行くわよ。ほら起きて」
「んー、まちに? ぼくまだねていたいけど…」
「行きましょうよ。外にはきっと楽しいことあるわよ」
「でも…」
「いいからほら。あなた寝てばっかで留守番にならないんだから」
さらりと辛辣な言葉を吐きながら、マジーナは強引にワカバを外に連れ出していった。
城下町までやってきたツルギたちは、まずマジーナの用事を済ませた。あまり機嫌を損ねない方がいいと判断した、ツルギとクロマの計らいだった。
「うふふ、新しいローブ、それに杖も買っちゃった。もうサイコー」
上機嫌で包みを抱きしめるマジーナ。セタの援助がどのくらいかはわからないが、けっこうな金額が入っていたのだろう。バレッタたち、ちゃんとしたことに使ってんだろうな。
それから一行は食料を買おうと、市場に向かった。そこは活気に溢れ、多くの人々が店を覗いている。野菜や肉を取り扱う店もあれば、装飾品のような物を扱う店もあった。
「あんまりこういう所を見回ったことなかったけど、なんだか目移りしちゃうわね。…あっ、あの首飾りカワイイ…。あっちの耳飾りも…」
「マジーナ。わかってるよね? もうローブも杖も買ったんだからね?」
ツルギは珍しく凄みを効かせてマジーナに迫る。マジーナは慌てて店から目を離した。
「あ、はは。大丈夫よ。見てただけだから」
その時、突然一人の男が声をかけてきた。
「そこのお兄さんお姉さん方! 良かったら見ていきませんか?」
声のする方を見ると、俺と同じくらいの歳の男が、ツルギたちを手招きしている。人の良さそうな営業スマイルで、よく通る声で客に声がけをしていた。
頭にはバンダナをしていたが、何故か耳まで巻き込んで被っていた。それでちゃんと音が聞こえるのだろうか。
「どうです? 何か気になったのがあったら、お安くしときますよ? 可愛い魔法使いのお嬢さん!」
「えー、どうしよっかなー。今日はもう買っちゃったし〜」
マジーナはこれみよがしに、チラチラとツルギを見ながら言った。ツルギは細目でマジーナを見て、ダメだというサインを送っていた。
「ごめんなさい、やっぱり今日は無理だわ。また今度ね」
「そいつは残念。じゃ、そちらのマントのお姉さん。あなたみたいな美人にコレ、ぴったりだと思うよ!」
男は次に、大きな首飾りを手にクロマに話しかけた。クロマは人混みだからか、いつものマントで首から下を覆い、豊満な肉体を隠していた。見ようによっては、変質者のようだ。
「わわ、私に? 嬉しいですが、今回は遠慮しておきます。これから食料を買わないといけないので」
「うーん残念だね。そちらの騎士さんは? この指輪とか、似合うかと…」
「結構だ。装飾品など、戦いにおいて必要ない。何か特別な力があり、攻撃力や守備力を高めてくれるなら話は別だが」
カサンドラは男の言葉が終わる前に、きっぱりと断った。だが、男が指輪と言った時に、彼女は顔をしかめたのを、俺は見ていた。
「そうですか。本当に残念だ。お兄さんは、こういうのに興味ないかな?」
「すみません、僕もちょっと遠慮します。また気が向いたら来ますから」
「ありがとう。またよろしく頼むよ…」
男の視線がツルギからワカバへと移ったその時、男の表情が変わった。ついさっきまでとは明らかに様子が違う。ワカバから目を離さず、凝視している。
「あの、どうかしましたか?」
「…お前、まさか…」
状況が飲み込めていないツルギは堪らず声をかけるが、男は黙り込んでワカバから視線を外していた。
次に口を開いたのは、そのワカバだった。
「あっ、シンおにいちゃん? シンおにいちゃんだよね?」
「………」
ワカバにシンと呼ばれた男は、横を向いたまま黙っている。
「お兄ちゃんって、君の?」
「うん、ぼくのきょうだい。シンおにいちゃんだよ」
徐々に周囲のざわめきが広がっていくのが感じられた。俺の、おそらくツルギたちの耳にも、人々の会話が入ってくる。
「あの子、もしかしてドラシル族? こんな町中にもいるの?」
「あれでも一応魔物だよな? 危なくないのか?」
「つーかさ、あの人のこと、お兄ちゃんって呼んでたよな? じゃ、あいつも…」
周囲の人々が後退りしていく。噂が広まったのか、だんだんとシンの店の周りだけ、誰も寄りつかなくなっていた。
「はぁ…。ったく、なんだってこんなことに…」
シンはまるで別人のような態度を見せていた。ツルギたちに構わず、店の奥へと姿を消してしまった。
「なんなのアイツ。急に態度悪くなったと思ったらどっか行っちゃってさ!」
「ワカバさんはお兄さんと呼んでいました。本当なら、あの人もドラシル族のはずですが…」
「ドラシル族が危険な種族とは聞いたことはないが、魔物と聞けば恐れる者もいるのは仕方ない。悲しいことだがな」
その時、店の奥から何者かが現れる。それはシンではなく、別の中年女性だった。
「あらあら、ずいぶんと静かになっちゃったわね。今日はもう閉めましょう」
女性は店先の品物を片付け始めた。てきぱきとした手際で、あっという間に品物は片付いた。そして最後に女性はツルギたちに話しかけた。
「アンタたち、良かったら中に入ってくれる? 話したいことがあるからね」
女性は店の入口を開けたまま、奥に消えた。
ツルギたちは一度顔を見合わせたが、言われた通りに中に足を踏み入れた。




