合流編Ⅳ・後
「あーあ、やっぱしなァ。ココ、電波通らないや。しゃーない。落とし切りのゲームでもやろっと」
狭魔獣に至る道を歩きながら、ジェシカはケータイを見て呟いた。戦いが始まる前という時に、緊張感は微塵も感じられない。
「ジェシカさん…でしたね。その、怖くはないんですか? これから凶暴な魔獣が出てくるのに」
特に武装もせず、呑気な態度のジェシカを見たクロマは尋ねた。
「別に。まぁどうにかなるって思ってるし。あんましそーゆーので騒がない性質なんだ、あちし」
「はぁ…そうなんですか」
クロマの心配をよそに、ジェシカはケータイの画面から目を離すことなく、歩き続けていた。
時を同じくして、セタのすぐ後ろを歩くカサンドラは、その背中に問いかけた。
「セタ殿と言ったな。我々をこのような場所に集めて、一体何を考えている?」
「先ほども申し上げた通り、この先に現れる狭魔獣を倒していただきたいのですよ。その見返りとして皆様の、何にも代えがたい望みを叶えてさしあげると、約束しております」
セタは横目で、マズルとツルギを見た。最初にセタと対面したあの日、二人に話した言葉と同じだった。その見返りを、他の全員にも提供するということなのだろうか。
「望み、か。ならば私の欲するものも叶えてくれると言うのか?」
「勿論で御座います。私の目に狂いがなければ、ですがね」
セタは不敵な笑みを浮かべると、スタスタと先に行ってしまった。訝しげな表情をするカサンドラに、マズルは声をかけた。
「胡散臭いよな。よくわかる。心中察するよ」
「うむ…。確かに謎の多い御人だ。だがあながち…その言葉は…」
カサンドラは言葉を濁す。何かの表現を探しているようだった。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない。マズル殿だったな。魔獣を始末し、共に生きて帰ろう」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
一行は歩き続け、更に奥地の広間に到着した。そこにはこれまでと同じように、巨大な扉と一匹の魔獣が待ち受けていた。
魔獣は人の二倍ほどもある犬の姿をしており、異様に長く鋭い牙を持っている。直前まで眠っていたようだが、現れたセタたちを確認すると頭を上げ、低い唸り声を鳴らした。
「今回の魔獣、アンダードッグ・レイドです。あの爪や牙の切れ味は大変危険ですので、ご用心くださいませ」
「ご助言感謝する。いくぞ、みんな」
セタに対する皮肉を述べ、マズルは銃を構えた。
「僕らもいきましょう。油断しないように…」
ツルギも剣を構え、攻撃に備えようとした。
その時、低い声が聞こえた。マズル組と、ツルギには聞き覚えのある声だった。
『…貴様が我の相手か…。面白い。我を楽しませてみせよ!!』
「ちょっとちょっと、どうしたのジェシカさん。なんだか迫力すごいけど、様子が変というか…」
ジェシカの豹変を前に、マジーナは彼女から目を離さないまま、バレッタに尋ねた。
「話すと長いんだけど、あれがあの子の能力なんだよ。こうなると厄介でね…」
広間はいつの間にか、対峙するジェシカと魔獣を囲んで、全員壁際に避難していた。
魔獣は一度体勢を低くすると、勢いよくジェシカに飛びかかる。かなりの素早さだった。しかしジェシカはその場から一歩も動かず、魔獣に向かって手をかざしたかと思うと、そこから発する念波のようなもので、いとも簡単に吹き飛ばした。
魔獣はその後、壁に張りつけられ、苦しそうにもがいた。そして身体を縮こまらせた後、木っ端微塵に爆発。跡形もなく消え去った。
「え…嘘…。強っ…」
凄まじい力を前に、マジーナは信じられないと言わんばかりに呟いた。
だが、敵を倒してもなお、ジェシカの第二人格は収まる気配がなかった。
『これで終わりか? 我はまだ満ち足りぬ。もっともっと楽しませよ!』
今度は念波が、周囲の全員を襲った。まるで竜巻か台風に接近したかのような強い力で、動きを封じられていた。
「やべぇ、早くどうにかしねえと。…そうだ、あいつのケータイを…」
マズルは姿勢を低くし、ほとんどほふく前進しながら周囲を探った。しかし、念波で飛ばされたのか、小さな機械は簡単に見つからなかった。
「マズル君、ここだ。彼女のケータイだよ…」
エールはジェシカのケータイを一足先に見つけ、差し出していた。
「悪い、助かった。よし、あとはコレを届ければ…」
ケータイを受け取ったマズルだが、渡せなければ意味がないことに気づく。ジェシカに近づけない状態で、どうやって届ければいいのか。なんとか近づこうと試みるものの、気合いや根性でどうにかなるものではなかった。
「うぐっ…。ダメだ。こりゃ並の人間じゃどうすることも…」
念波に圧され、仰向けに倒れるマズル。そこに大きな瓦礫が飛ばされてきて、顔面に当たりそうになる。しかし、間一髪のところでカサンドラが盾で瓦礫を弾き、事なきを得た。
「無事か、マズル殿」
「あ、ああ。すまない。危ないところだった」
「礼には及ばん。だがあの娘、一体どうしたのだ? 魔法のようなものを使っているようだが」
「あいつは二重人格なんだ。感情が昂ったときに、あの力と人格が出てくる。このケータイって機械を持てば、落ち着くみたいなんだ」
カサンドラはだいたいの事情を理解したのか、マズルからケータイを奪い取り、ジェシカをまっすぐ見据えて言った。
「つまりはこれを渡せば良いのだな。ならば、私に任せていただけるか」
「そうだが、大丈夫なのか?」
「問題ない。これくらい、私は…」
流石は聖騎士というべきか、カサンドラは襲いかかる念波をものともせず、歩を進めた。飛んで来る岩も槍と盾で防ぎつつ、着実にジェシカへと近づいている。その様子を、遠くから全員が見守っていた。
「カサンドラさん、すごいですね…。あの嵐のような力の中で歩けるなんて」
「パラディンっていうんだよ。ぼくたちのせかいでも、いちばんつよいひとたちなんだ。…ふあぁ」
ハウは音楽を奏でる暇がないためか、ワカバは眠そうに説明した。
やがてジェシカの元に到達したカサンドラは、彼女と対峙する。互いに睨み合い、一歩も引かずにいた。
『なんだ貴様は? 我に挑もうというのか? 生意気な…』
「そのつもりはない。ただ、このケータイとやらをそなたに渡すために来たのだ」
『そんなもの必要ない! 戦う意志が無いのならば、早々に失せるがいい!!』
ジェシカは至近距離から念波を浴びせた。しかし、カサンドラは怯む様子がなかった。ジェシカは別人格で初めて、驚愕の表情を浮かべた。
『貴様…一体何者…』
「誰でもいい。受け取れ、早く元に戻るのだ」
カサンドラは強引に、彼女の手にケータイを握らせた。その瞬間、ジェシカは崩れ落ちるように倒れ、カサンドラは受け止めた。
「あんた…何でヘーキなの…。あちし、アレがあるから周りにメーワクばっかかけてたのに…」
「私は迷惑とは思わない。あの所業も、お前の意志ではなかろう。ならば責めることはできまい。違うか?」
「…変わった人だね。感謝しとくよ。今回はね…」
ジェシカはカサンドラの膝の上で、静かに目を閉じた。
「皆様、今回もありがとうございました。おかげでここに巣食う魔獣も、三分の一まで討伐することができました」
ジェシカが目を覚ました頃、セタは全員の前で言った。
「三分の一ってことは、全部で十二匹いるということですか?」
「その通りです。引き続き、皆様には魔獣を討伐していただきたいのです。何卒、よろしくお願い申し上げます」
マズルはやれやれと、ため息をついた。だが、以前ほどセタに皮肉を言うことはなかった。
「はいはい。明日からまた追体験だろ。仲間を見つければいいんだな」
「いえ、お仲間探しは今回で終了です。しばらくは、皆さんで日常をお過ごしいただきます」
「日常を過ごす? 普通に暮らしてればいいの?」
「はい。ツルギ様とマズル様には引き続き追体験をしていただきますが。ということで、バレッタ様とマジーナ様にお預けしてある輪は回収させていただきたいのです」
バレッタとマジーナは顔を見合わせ、すぐに答えた。お互い、考えていることは一緒だった。
「あのさ、ダメじゃなければコレ、まだ預かっていたいんだ」
「あたしも。なんかお揃いみたいでいいかなって。ダメかな、セタさん?」
セタは少し考えたが、こちらもすぐに答えを出した。
「ふむ、まあ良いでしょう。特に弊害はありませんし。得になることもないと思いますが」
「いいの。アクセなんてそんなモンだろ?」
「そうそう。所詮は気分なんだから。ね?」
マジーナとバレッタは互いの輪を合わせて笑った。
そして別れの時間。ジェシカとカサンドラも、相手方に挨拶をした。
「えっと、ナントカ王国の人たち、会えて楽しかったよ。また今度、しくよろね」
「スピルシティの方々、私は次の戦いも死力を尽くす。それまで達者でな」
挨拶が終わると、セタは指を鳴らす。マズル組とツルギ組の姿が消えていき、セタ一人が取り残された。
そこに、微かな声が響いた。
「ようやくここまで来ましたか。とはいえ、働きに感謝しますよ。あの者たちにも、あなたにも」
「…お声が聞こえるまでにはなりましたか。しかしまだ、完全にではありませんね。もうじき、途切れてしまうでしょう」
「ええ、おそらくは。しかしあの者たちの絆、確かなものなのですか? 特にあの聖騎士と娘の間の繋がりは、不確かなものに思えましたが」
「問題ありませんよ。私は皆様を信じていますから。それに、これからの追体験は、絆のテストも兼ねているのです」
「ならばその言葉、私も信じましょう。では、今後のことをよろしく頼みますよ」
それから、謎の声はぷつりと途切れ、何も聞こえなくなった。
「承知しております。お任せください、我が主よ…」
セタもまた、姿をくらました。




