女子高生は超能力者で…?
ジェシカ=P
高校に通う女子高生。勉強は苦手でノリは軽い。周囲には秘密にしていることがたくさんあり…。
ハウと一緒に現れた少女は、促されるままに玄関をくぐる。歳はハウや、僕らの所のマジーナとほとんど変わらない。長い茶髪を揺らし、アニキたちを見て一言、口を開いた。
「こんちゃっす」
「あ、ああ…。こんにちは」
別世界の僕からしても、すごく軽い挨拶だ。バレッタは面食らいながら答えていた。
「どちらさん? 友達か?」
アニキは自分の銃を机の下にしまいながら、ハウに尋ねた。物騒な場所や人間だと思われたくなかったのだろう。
「友達というか…。同じ学校の同学年というだけで、ほとんど接点はないんです。…ですよね?」
「そだよ。あちしもハウりんも、ほとんど赤の他人。事実っしょ」
「え、ええ。そうですよね…」
少女は自分のケータイに視線を向けた状態で話している。ハウは罰が悪そうに頭を掻いた。バレッタは焦れったそうに先を促す。
「それで、その同級生さんはウチに何の御用?」
「あ、忘れてましたすみません。彼女、こちらでアルバイト希望だそうで」
「そゆことっス。あちしと同じ年頃の子が、何でも屋さんでバイトしてるって聞いて、調べたらココだったんで。で、いつも路上で楽器鳴らしてんのがその子だったって知って、声かけてココまで連れてきてもらったと」
少女は聞かれてもいないのにすらすらと答える。アニキたちは戸惑いが顔に現れていた。
「…要はバイト面接に来たってわけね。できればもうちょい前もって連絡して欲しかったんだけど…」
バレッタはエールを一瞥して言った。仕事の関係者ではない彼の前で面接するのは、気が引けるのだろうか。
「私のことは気にしなくて構わないよ、バレッタ君」
「いいの? 予定とかあるんじゃ?」
「今日はまだ大丈夫さ。…それに、私たちの新たな仲間との出会いの瞬間に、立ち会っておいてもいいんじゃないかな?」
そう言ってエールは、バレッタの腕輪を指さす。誰も気づいていなかったその光を、彼は見逃さなかったようだ。
「あ、アンタ、よく気づいていたね?」
「お誉めに預かり光栄だよ。人を誉めるには、観察力が必要だからね」
エールは気障なウインクを決める。苦笑するバレッタとハウ。呆れたように顔を背けるアニキ。そして、状況がわかっていない少女は声をかけた。
「お取り込み中悪いんスけど、面接は?」
「そうだったね。じゃあ、とりあえず座って」
「了解っス」
少女は変わらず軽いノリで答え、ソファーに腰掛けた。対面にバレッタが座り、面接が始まる。
「それじゃまずは、お名前は?」
「ジェシカ=Pっス。16歳。よろ」
少女ことジェシカは、片手にケータイを持ったまま、指を三本立てた独特の仕草を見せて答える。バレッタは再び戸惑いを見せるが、質問を続けた。
「…えー、じゃあ志望動機は? そんな難しいことじゃなくていいから、簡単に」
「あー。なんつーか、面白そうだなって。人と違うことしたいって、いつも考えてるんで。群れんのキライだし」
「ああそう…。じゃああとは…将来どうなりたいとか、ある?」
「んー、特に無いっスかね。キョーミないことは考えない人間なんで」
ジェシカは途中から、ケータイに視線を移したまま答えていた。バレッタはため息をつき、意を決したように口を開いた。
「説教は嫌いだからあんまり言いたくないんだけど、人と話すときは止めた方がいいよ、それ」
「あ、サーセン。止めまーす」
ジェシカは素直に、指示に従った。
そこで、意外にも(というと怒られるかもしれないが)アニキは腰を上げた。
「俺が替わろうか、バレッタ?」
「いいの? マズルが動くなんて珍しい。こういうことは面倒がっていつもやらないのに」
「悪かったな。俺は役割分担してるんだ。ちょっと話してみたくなっただけだ。彼女と」
アニキはバレッタと入れ替わり、ジェシカと対面する。
「マズルさんでしたっけ? 社長っスか?」
「そんな大層なもんじゃないが、まぁここの代表ってトコだな。気楽に話してくれ。堅苦しいのは好きじゃねぇからな」
「へー。あちしもっス。代表とは気が合いそうだわ」
「俺も思った。あと代表って呼び方、できれば止めてほしいな。それも堅苦しいだろ?」
「イイっスよ。じゃ、マズさんでイイっスかね?」
「…まぁいいか。別に嫌な気はしねぇからさ。ってか、そこまで呼ぶならル、まで呼んでくれよ」
「あちしなりの親愛の証なんス。イイっしょ別に?」
アニキとジェシカは初対面とは思えないほど、会話を弾ませていた。
その様子を見守るバレッタたちは、驚きと感心の入り混じった表情を浮かべていた。
「マズルさんとジェシカさん、お知り合いじゃないですよね? なのに、あんなに気が合うなんてびっくり」
「本当だね。ああいうのと相性が良かったんだね、アイツは」
「本人を前にああいうの呼ばわりはいただけないがね…。ともかく、相性が良さそうなのは確かだ。セタ君の言う縁の仲間とは、もしやあの二人のことなのかな?」
それは違うはずだ。僕らの世界には、縁の仲間を待つカサンドラがいる。もしあのジェシカと相性が良くなかったら、おそらくパーティを去ってしまうだろう。
―――いや、それもあるけど、アニキと対になる縁の仲間は、きっと僕のはずだ。これまで互いの世界を行き来して、一緒に戦ってきて、僕はアニキとの繋がりを感じ始めていた。過ごした時間はそう長くないはずなのに、前々から知っていたかのような感覚。それがあるから、僕とアニキは…。
「学校でも一人が多いのか。勉強とか、友達がいた方が捗ると思うけどな」
「勉強キライだし。そうまでして群れたくないの。だからいっつも赤点なんだよね、テスト」
「はは、そうか。俺も勉強は得意じゃなかったなぁ」
「勉強嫌いではあちしに負けると思うよ。だって、ここの市長とか大統領とかだって、誰かわかんないし」
「マジでか。でもそれくらいは、一般常識として知っといた方がいいぞ…」
その時、聞き覚えのない声がした。
『黙れ…』
場の全員が辺りを見回した。空耳かもしれないとは僕も思ったが、全員が同じことをしているということで、その可能性はなくなった。
「何か言ったか、お前たち?」
「いや何も。マズルの方から聞こえたと思ったけど?」
ハウとエールは、うんうんと頷いていた。
「俺は何も言ってねぇよ。もしかして、ジェシカか? 何か言いたいことが…」
『黙れと言っている。貴様、世俗に疎いという理由だけで、我を蔑むのか…』
声は確実にジェシカから聞こえていた。でも、まるで別人のような声色だ。
「ジェシカ? 一体何を…。からかってんのか?」
『気安く呼ぶでない、我が名を。我は正常だ。見誤るな』
「マズル、ちょっと」
バレッタはアニキを強引に呼び戻す。ジェシカは席に残したままに。
「彼女、きっと二重人格ってやつだよね。気づいてるかもしれないけど」
「そうなのか? 初めて見た」
「気づいてなかったんかい」
「ボクも初めて見ました。でも、そうとしか思えないですよね…」
「話には聞いたことはあったが、私も間近で見るのは初だな。しかし、本人に自覚はあるのだろうか?」
ひそひそと話をするアニキたち。沈黙していたジェシカだったが、突然口を開いた。
『貴様ら、何を話している? 我の知らぬところで、良からぬことを企てているのか!?』
ジェシカの言葉が終わると同時に、近くの箱が宙に浮いた。箱は一瞬留まったかと思うと、一直線にアニキたちの方向に飛んで来た。
「なっ…! 一体どうなってやがる…?」
間一髪、箱を避けたアニキだが、次から次へと物が飛んで来る。僕も含め、わけもわからずに全員が身を躱していた。
「うわっ! …あ、ありがとうございます、エールさん」
「礼には及ばないよ。レディを守るのは大人の役目だ…あぐっ」
飛んで来た本からハウを庇ったエールだが、直後に来た食器が頭に直撃した。
「あああ、エールさん〜…!」
「し、心配無用だよ…」
しかし、エールは床に伸びてしまった。
アニキとバレッタも、必死に飛び交う物を避けていたが、一向に打開策は見つからなかった。
「ちくしょう、どうしたらいいんだ。こうなったら収まるまで待つしか…」
「冗談じゃないよ。なんとかしてよ、代表」
「こんなときだけ代表呼ばわりはやめろ。そう簡単に…」
その時、また声が聞こえた。今度は、少し前に聞いた声だ。
「ケータイを…早く…」
「何…。ジェシカか?」
見ると、ジェシカは片手で頭を抱えつつ、こちらをはっきりと見て言っていた。明らかに彼女本人の意識がある。
「あちしの…ケータイ。それを…渡して…」
「お、おう。ケータイケータイ…。あった。ほら、受け取れ!」
アニキは散乱する物の中から、なんとかジェシカのケータイを見つけ出し、彼女の手に渡した。途端に浮かぶ物は床に落ち、事務所内は落ち着きを取り戻した。
「ホントごめんなさい。アレ、忘れてほしいんだけど、無理だよね…」
事務所の片付けを手伝いながら、ジェシカは何度も謝っていた。さっきまでの軽いノリは鳴りを潜めている。
「まぁ、無理な話だな。でも、根掘り葉掘り聞くつもりはないよ」
「…ありがとうございます。こっちとしても、ありがたいっス。でも…」
ジェシカは口ごもった。やはり気が合うということなのか、アニキは続きを促した。
「でも、何だ?」
「やっぱ話しときます。アレが何なのかくらいは。
わかってると思いますけど、アレはいわゆるもう一人のあちし、第二人格ってヤツなんです。いつからかわかんないけど、怒ったり悲しんだりするとあちしの中に突然現れて。
普段はケータイ持ってれば気が紛れるから出てこないんだけど、今日はマズさんと話してたら気が緩んじゃって、出てきちゃっただけ。だから、安心してほしいってことで…」
ジェシカは申し訳なさそうに言葉を濁した。
「そうか。わかった。これからああなったら、ケータイを渡せば落ち着くんだろ? そうとわかれば安心できるよ、いくらかは」
「そっスか。そう言ってもらえたら嬉しっス。それじゃ…」
片付けがあらかた終わったジェシカは、出口に向かおうとする。アニキはその背中に声をかけた。
「ちょい待て。帰る前に、ここに名前を」
「え? でもあちし…」
「採用だよ。色々事情はありそうだが、俺たちには必要だからな。よろしく頼むぜ、ジェシカ」
ジェシカは満面の笑みを浮かべた。そして元の調子に戻って言った。
「やりぃ。あんがと、マズさん。それからハウりんとバレさん、エーさんもね。あちし、仕事ガンバるから。これから、よろ。んじゃ、またね」
唖然とするアニキたちをよそに、ジェシカは用紙に名前を書きこむと、事務所から出ていった。
「何というか…嵐のような子だったね」
「ボク、彼女のこともっと知っておけば良かったです。同じ学校なのに…すみません」
「仕方ないよ。接点がなかったんだから。だけどとりあえず、新しい仲間が見つかったということで…ああっ!!」
バレッタは突如大声を上げた。気が抜けていた全員が飛び上がった。
「なんだよバレッタ、いきなり」
「ジェシカに言ってなかった。今夜だよね、セタんところに連れてかれるの…」
一同、頭の中から抜けてしまっていた。
その夜、ベッドに入ったタイミングを見計らい、僕はアニキに話しかけた。
「お疲れ様でした。今回は特に大変でしたね」
「まったくだ。だが、これからがマジで大変かもな。…住所くらい、聞いとくんだったな」
「あのジェシカって人の使ってたの、魔法ですか?」
「違うな。たぶん超能力ってやつだ。お前たちの世界の魔法とは似て非なる…そういや、そっちの世界に二重人格ってあるのか?」
「少し聞いたことはありますけど、会ったことはないです」
「そうか。あの女騎士、カサンドラと会わせたとき、何が起こるんだろうな…」
その時、僕らの意識が薄くなる。あの場所へと連れられるのだ。
今回の魔獣討伐、本当に上手くいくんだろうか。




