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原典派は人畜無害?

 気がつくと、アニキの世界にいた。今まで通り、こちらの世界での追体験が始まるんだ。


 そう、今まで通りに。でも、さっき話したように、あのカサンドラが認める人は本当に現れるんだろうか。しかも、僕らとは全く違う異世界で。口では心配ないと言ったものの、心の奥では不安だったのかもしれない。


 アニキはそんな僕の心境を見透したのか、ベッドで横になったまま、唐突に口を開いた。


「ま、心配すんなよ。仕事は果たしてやる。仲間はちゃんと見つけるからさ」

「ええ、お願いしますよ。僕らの願いのためなんですから」

「お前の願いってなぁ…何だったっけ?」


 アニキは真剣な眼差しでこちらを見る。どうやら本当に忘れているらしい。


「最初にセタさんと会った時に言ったじゃないですか。世界を平和にすることって。アニキは不自由のない平穏な生活、でしょう?」

「そういやそんなこと言ったな。…よく覚えてんなお前。俺なんかとっくに忘れてたよ」

「それほどでも。さ、そろそろ起きないと。皆さん待ってますよきっと」

「へいへい。じゃ、今日も一日よろしくな」


 アニキは扉に手をかけ、僕もそれに続いた。



 事務所にはバレッタと、普段はいないはずのエールもいた。なぜかハウの姿は見えない。アニキは一瞬、エールの姿を捉えたが、見たくない物を見てしまったかのようにすぐに視線を外した。


「マズル…起きていきなりそれ? せっかく来てもらったのに失礼じゃないか」

「構わないさ、バレッタ君。私が進んでしたことだからね」


 エールはこの前と同じく、嫌な顔をせずに答えた。


「よくお休みだったようだね、マズル君。向こうの世界を見てきたんだろう?」

「…ああ」

「クロマ君は元気だったかな? マジーナ君とは仲良くやっていたかい?」

「…まぁな」

「そうか。それなら安心したよ」


 アニキは必要最低限の返答しかしなかった。もっと伝えてほしいことがあるのに。


「アンタは古いAIか。もっと話すことがあるはずだろうに」

「うるせーな。俺は…」

「マジーナと約束したんじゃなかったの? お互いに仲良くやっていこうって」


 マジーナが教えたのか、バレッタは図星をついたようだ。アニキはため息をひとつつき、エールに向き直った。


「仕方ねぇ。マジーナとの約束だからな。あんたのことは受け入れる。よろしく頼むぜ」

「こちらこそだよ。改めてよろしく、マズル君」


 アニキにとっては仮初めのものかもしれないが、エールと握手を交わし、仲間として認め合った。


「よしよし。ひとまず波は去ったようだね。ところでエール、アレを話してくれるんじゃなかったの?」

「おお、そうだったね。私たちの所属する『ヒュジオン』の内部事情、それから起源についてだね」


 アニキの目つきが鋭くなる。あの組織が話に出ると、どうしても態度を気にしてしまう。


「話してくれるのか?」

「そうとも。そのために今日は来たんだからね、私は」

「エールに感謝しなよ。わざわざ忙しい中、時間を作って来てくれたんだから」

「わかったよ。気は進まねえが、聞いてやろうじゃねえか」


 アニキは言葉を選ぼうともせずに言ったが、エールはやはり嫌な顔をしていなかった。


「ありがとう。聞いてくれる気になっただけでも嬉しいよ。それでは…」


 エールは語り始める。ヒュジオンの起源と内部事情について。



 ヒュジオンという宗教団体の起源は、この世界ができた頃からあるという。信仰の対象は『コスモス』と呼ばれる神で、ある時まではその教えをただひたすらに守ってきていたらしい。



「ところがある頃から、ヒュジオンは二つの派に分裂した。ひとつは私が所属する原典派、もうひとつが君たちを悩ませる過激派というわけだ」

「それはこの前聞いた。なんとなく理解してる。その二つがどう違うのかが知りたい」

「そう、そこが重要だね。まずは元来の教えについてからだが、元は同じだった。それは『二つを一つにすべし』というものだったんだ」

「二つを一つに? それだけ?」

「ああ。過激派はこれを、別々の生物や物質を組み合わせて、より完璧な生き物を生み出すこと、と解釈しているらしい。君たちも知っていると思うがね。…全く、褒められたものじゃないよ」


 エールはそこで、初めて苦い表情を見せた。過激派に対しての感情が伝わってきた。アニキたちも同じようだった。


「なるほどね。はた迷惑な奴らの行動の理由がわかった気がするよ。じゃあ、アンタらの解釈ってのは何なんだい?」

「よくぞ聞いてくれたね、バレッタ君。我々原典派はこれを、人と人が助け合い、寄り添い合い、より良い世界にすることだ、と考えているのさ」

「人と人が助け合う。それが二つを一つにすることだと?」

「その通り。私がケンシングというスポーツをしているのも、たくさんの人と触れ合える機会があると考えてのことなんだ。後進を育てるにも、できるだけ良いところを伸ばしていこうと考えていてね。あのクロマ君にも、私の言葉が届いてくれたみたいで良かった」


 クロマの顔が思い浮かぶ。エールの言葉に勇気づけられるのは不思議だったが、そうした背景があったからなのか。


「まぁ私も、これが正解なのかはわからない。教えというものは、長い歴史の中で曲解されていくかもしれないからね。だが、自らが信じたいものを信じていくほかないんだよ、人は」


 エールが話し終えると、沈黙が流れた。それを破ったのはアニキだった。


「ヒュジオンの事情についてはわかった。いきなり全部を理解するのは難しいがな」

「それでいいさ。私たちの原典派も少しずつ理解してもらえれば、ね」


 場の空気は落ち着きを取り戻した。そこでアニキは、思い出したように話題を変えた。


「ところで、ハウはどうした? いないと思っていたが」

「彼女なら外だよ。いつもの路上演奏をやってるけど…。ちょっと遅いかもね」

「何もなければいいんだが。年頃の少女とはいえ、ハウ君の性格を考えると少し心配になるね」


 その時、入口の扉が開いた。楽器を背負って、ハウが立っている。


「すみません。遅くなりました」

「無事で良かったけど、少し心配したよ。何かあったの?」

「それがちょっとお客様を連れてまして。…ご連絡しましたよね?」


 バレッタはケータイと呼ぶ板状の機械を取り出し、確認した。やってしまったというような表情を浮かべた。


「あーごめん。見てなかったわ。待ってね、今準備するから」

「はい。…えーと、とりあえず入ってください」


 ハウの後ろには、もう一人の少女が立っていた。

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