ランクアップで絶体絶命?
謎の空間から逃れ、俺の精神はまたツルギの世界に来ていた。向こうはひんやりとした空気だったが、ここはどこか温かい。痛みや熱さは感じないのに、不思議とそう思えた。
「んー、いい朝だ。おはようございます、アニキ」
寝たままの状態で大きく伸びをしながら、ツルギが挨拶する。清々しいほどに嬉しそうな面をしていた。
「おはようさん。ずいぶんと楽しそうだな、お前」
「まぁ、うちのパーティの問題が片付きましたからね。肩の荷が下りたってところですよ」
「そうだな。俺がお前の立場だったら逃げ出したくなるわ。あの二人があのままだったら、な」
「はは、ですね。さてと、みんなを待たせたらいけないし、行きますね。今日もよろしくお願いします」
「おう、気ぃつけてな」
ベッドから起き上がり、ツルギは扉に手をかける。この追体験が始まって、まだ一月も経っていないはずだが、奴とのやりとりもだいぶ慣れてきている。だが、今の俺にはその自覚がなかった。
居間にはただ一人、ワカバが窓際に座って日光を浴びていた。魔法使い二人の姿は見えない。
「おはよう、ワカバ。マジーナとクロマさんは?」
「おはよう、おにいちゃん。おねえちゃんたちは外だよ。まほうのれんしゅうしてるって」
さっきから外ではボウッ、ドンッといった音が響いている。一番大きな音が響き、歓声が上がった。ツルギとワカバは外へと飛び出した。
「や、やった…! できた!!」
「やりましたね、マジーナさん! 完璧です」
「うん。特訓に付き合ってくれてありがと、クロマさん!」
つい先日までの関係が嘘のように、二人は仲睦まじく手を取り合っていた。ツルギたちに気がつくと、我に返って手を引っ込めた。
「あ、おはようツルギ。ねぇ聞いて。私、上位の魔法を覚えたのよ。クロマさんの特訓のおかげでね」
上位の魔法というのはメガなんたら、というやつなのだろうか。マジーナとクロマの後ろには煙を上げ、焼け焦げのついた岩があった。
「おめでとう。やっぱり仲良くやるのが一番だね。クロマさんもありがとうございます。マジーナに付き合ってもらって」
「いえ、とんでもない。私こそ、パーティに入れていただいて本当によかったです。あんなに褒めてくれる人なんて初めてで…」
今回も仲間の相性は抜群だったということか。クロマはもじもじと俯いたが、口元の緩みは隠しきれていなかった。
「また明後日くらいには会えますよ。きっとエールさんも楽しみにしてるはずです」
「そうですね。私も、もう少し自信つけておかないと。皆さんの足手まといになってしまう…」
「そん時は私が頑張るわよ。なにせあなたはライバルでもあるんだから。一緒に頑張ろ?」
「ええ。よろしくお願いします」
一方的にライバル宣言をしたマジーナだったが、きっと有って無いようなものなんだろう。お互いに高め合う友達、というのが一番しっくりくる。
「ところでマジーナ、今日は何かクエスト、入ってんの?」
「それがまだ。でもこれからギルドに行って探そうと思うの。そこで良さげなやつ見つけたら、そのまま向かえばいいじゃない」
「そういえば私の加入申請もまだでしたね。ついでに済ませておきましょう」
「それじゃ、ぼくもいかなきゃだよね。ねむいけどがんばるよ…ふぁぁ」
「よし、じゃあ準備をして行こう」
それから数時間後、ツルギ一行はギルドに到着。受付嬢にクロマのパーティ加入申請をしていた。
「…はい。クロマさんのパーティ加入を承りました。これにより、ツルギさんのパーティランクは二段階上がりますね」
「に、二段階も!? …ですか?」
思わず声を上げるツルギ。パーティランクは下から数えた方が早かった。それが一気に二段階上昇とくれば、驚くのも無理はない。
「はい。単に人数が増えるということと、クロマさんが上位職ということ。以上の二点から、二段階上昇になります。何かご不明な点がありましたか?」
「いえ、ただびっくりしただけです」
「よろしい。ではクエストですが………」
受付嬢は紙をめくる手を止め、しばらく考えるように動きも止めた。
「あの、どうかしましたか?」
「失礼しました。こちらのクエストをおすすめします。どうぞ。くれぐれもお気をつけくださいね」
受付嬢は一枚のカードを、ツルギに手渡した。
それからまた数時間後、ツルギたちはとある遺跡の入口にいた。建造されてから長い年月が経過しているのか、それとも何者かの手が加わったためなのか、そこかしこが不自然に壊れてボロボロだった。
「ここね。今回のクエストの舞台。すぐに見つかって良かったわよね」
「ええ…。そうですね」
「それにしても、パーティランクが二段階も上がって本当に良かった。このクエストも、魔物を倒すってだけの簡単な割に報酬はかなりいいもんだし。これもクロマさんのおかげよっ」
「ええ…。そうですね」
続けて気のない返事をするクロマ。褒められて謙遜しないのは、彼女にしてはやはり変だった。
そう思ったのはマジーナも同じだった。
「クロマさん、ちゃんと聞いてる? 何か変よ?」
「ああごめんなさい。ちょっと気になっていまして」
「何か知ってるんですか? この遺跡のこととか」
ツルギは辺りをぐるりと見渡した。生き物の鳴き声は全くせず、風に揺れる木々の葉の音くらいしか聞こえないのは、不気味だった。
「…実は、ここは魔王がその昔、自軍の陣地にしていたと噂される場所なんです。強力な魔物が今もうろついているとか。ほら、魔王の城も近いでしょう?」
クロマの指さす先には、崖の上に黒く巨大な城が見えた。分厚い雲に覆われ、見るだけで圧倒されそうに思えた。
「ここから見るとでっかいなぁ…。そういえば、今までこんなに近寄ったことなかったな…」
「で、でも、今は人数も増えたんだし、ソーサレスのクロマさんもいるんだし、きっと大丈夫よ。ね?」
「あ、あまり期待しないでくださいよ。私だって、一度だけこの近くに来ただけなんですから…」
その時、ワカバは声を上げた。
「あ、あれ。まものだよ…」
その言葉を聞かずとも、全員が理解できた。ツルギの三倍はあろうかというほどの大きさの巨人が、こちらに向かっていた。
「あれはロプスゴレム…! 強さレベルAの魔物です!」
岩のようにゴツゴツした身体に、一つ目に牙を生やした厳つい顔面。ロプスゴレムはツルギたちを見つけると、野太い声を発した。
「ニンゲン…。ココニ、クルナ…。ツブスゾ…!!」
魔物は巨腕を振り上げ、勢いよく叩きつけてきたが、間一髪、全員それを躱した。
「ちょっとちょっと、あんなのがいるなんて聞いてないんですけど!! もう、あの人ちゃんと説明もせずにこんな…!!」
「と、とにかく戦いませんと。"メガ・エル"!!」
クロマは魔法を放つが、岩の身体にはいとも簡単に弾かれた。次の手はどうするのかと思ったが、エールのいない状態でのクロマを、俺は思い出した。
「…っ効かない。そんな…」
「クロマさん! 今は落ち込んでる場合じゃないでしょ! やっぱりエールさんがいないとダメね…」
「うぅ…すみません…」
「マジーナ! もっと落ち込ませるようなこと言わない! こんなやつ、どうしたらいいんだ…」
ツルギは必死に攻撃を避け、反撃の機会と方法を探っていた。だが、魔物は次の標的を、ポツンと離れた所にいるワカバに向けた。
「た、たすけて、おにいちゃん、おねえちゃん…」
「ワカバ…危ない!! やめろ!!」
魔物の気がワカバに向いたことを感じたツルギは、全速力で走ってワカバの前に立ちふさがった。思わず目を伏せるツルギだが、魔物の拳は目の前で寸止めされていた。
「…? 何だ?」
「オマエ、ユウシャダナ? ユウシャハ、ツカマエル…」
魔物は拳を開き、ツルギを包み込んだ。ツルギの足は宙に浮き、魔物の顔の高さまで持ち上げられた。
「うわぁ、何するんだ!? 離せっ、この!」
「ツルギ! 離しなさいよ、"メガ・レール"!!」
マジーナも覚えたての上位魔法を放つが、こちらもほとんど通用していなかった。自分も何かできることはないかと考えたが、どうすることもできない。このまま指を咥えて見ているしかないのか…。
絶体絶命と思われたその時、魔物の腕に一本の大きな槍が刺さった。魔物の手から解き放たれたツルギは、地面に尻もちをついた。
何が起こったのかわからない全員の前に、紅い鎧に包まれた一人の女性が立っていた。




