合流編Ⅲ・中
セタの後ろを、言われるがままについて歩く一行。既に開かれた巨大な扉を二つくぐり抜けた頃、未だに不安の色を隠せない様子のクロマは、おずおずとツルギに尋ねた。
「あの、狭魔獣って、どんなのなんですか…?」
「姿はよく見る動物とか、僕らの世界の魔物とかと変わらないですよ。でも、どこか違和感があるというか…。なんだろう?」
そこに、会話を聞いていたのかセタが口を挟んだ。
「身体の一部に武器や凶器が含まれている点でしょう。鉄球と鼠、蛇と針、という具合に」
「確かに。そんな生き物、これまで見たこともないですけど、どこに生息しているんです?」
「皆様とは違う世界、とだけ申しておきましょう。私も奴らのすべてを存じているわけではありませんゆえ。狭魔獣という名称も、便宜上そう呼んでいるだけであります。どこから生まれて来るのか、あるいは何者かが生み出しているのかも…」
と、そこでセタは言葉を切った。目の前に、次の魔獣が見えたのだ。鋭く尖った二本の角は先端で一つになり、螺旋状になっている。大きな蹄で地面を掻いており、一見すると牛のような魔獣だった。
「『オックス・ピアー』という魔獣です。槍と猛牛の混合種ですね。あの巨大な角にお気をつけください。もちろん、サポートはいたしますが…」
「さっさと終わらせればいいんだろ。行くぞ」
苛立たしさを隠さずに長い説明を遮り、マズルは銃を構える。それにならい、各々が戦闘態勢を取った。
魔獣の攻撃は目の前の相手に突進を仕掛けるという単純なもので、避けた後には大きな隙もできていた。だが長い角が厄介で、油断していると魔獣が向きを変えた時に命中しそうになった。
「うおっと危ない。接近戦は避けた方がいいな…」
辛くも角を避けたツルギは、身軽にステップを踏んで距離を取った。
「大丈夫ですか、ツルギさん? ボクも攻撃ができればいいんですけど…」
逃げた先にいたハウと、彼女に寄り添うワカバはツルギの身を案じた。離れた場所で弾を放つマズルに代わり、ツルギは指示を出す。
「大丈夫。それならこの前と同じように、あの魔獣の弱点になる音を奏でてもらえるかい?」
「了解しました。やってみます」
「頼みますよ。ワカバも回復の空間を作って、みんなの体力を少しでも減らさないようにお願いできる?」
「うん、わかった」
ハウは楽器の調律をし、魔獣の反応を探った。ある周波数の音を奏でた時、魔獣の足の動きが鈍り始めた。
「ええと、この音かな。いやこっち? …うん、これならイケそう」
ワカバの回復の空間も、ハウの音楽とともに広がりを大きくしていた。その感覚は、マズルにも届いていた。
「ハウたち、上手くやってるみたいだな。本当なら、俺が指示してやらなきゃいけなかったのに」
「その通りだよ。アンタ、エールのこと気にしすぎで大事なこと見落としてんじゃないの?」
銃に魂を込めながら、バレッタは問いかける。マズルは自覚はあったものの、全てを認めたくはなかった。
「そんなことねぇよ。こいつを倒せば済む話だ。お前も集中しろよ」
「…はぁ、素直じゃないね。まぁ、前から知ってたけどさ」
その頃、クロマは攻撃の機会を窺っていた。
「本当に初めて見る怪物…。私の魔法でやっつけられるのかな…」
考えあぐねるクロマに声をかけたのは、エールだった。彼もまた、攻撃の機会を窺っていたのだ。
「キミ、戦わないのかね?」
「は、はいっ!? いえその、様子を見てまして…」
「そうか。それは大切なことだ。準備ができたら見せてくれ。キミの得意とする魔法というのをね」
「はぁ…。わかりました」
「うむ。では、私はお先に行かせてもらうよ」
エールは細剣を片手に構え、魔獣に向かっていった。
「はっ、やぁっ! ふっ!!」
巧みな剣さばきで角を切りつけ、軽い身のこなしで突進を躱すエール。戦闘技術は相当なものだったが、接近戦ともなるとやはり不利だった。
「あの人、苦戦してる…。私が助けてあげないと。ようし…」
クロマは杖を構えると、大きく息を吸って呪文を詠唱した。
「当たって、"メガ・エル"!!」
大きな火の玉が、魔獣へと飛んでいく。魔法が角に命中し、熱を帯びた。本体にダメージは無いように見えたが、角には僅かにひびが入っていた。
「効いてない…? いや、もっともっと撃ち込めば…」
角のひびを見つけたマジーナは、火の魔法を連射した。だが、それ以上の損傷は与えられなかった。
「ちょっと何やってんのよ。あなたも早く…」
魔法を一発放ったきり、動かなかったクロマ。マジーナは急き立てるが、クロマは予想外の言葉を発した。
「あぁ…。やっぱり私はダメなんだ…」
「…え?」
クロマは膝をつき、うずくまってしまった。
すぐさまツルギは駆け寄ると、彼女の状態を案じる。マントと帽子に覆われたクロマは、ただの黒い塊に見えた。
「クロマさんどうしました? どこかやられたんじゃ…?」
「…い、いえ違うんです。さっきの精一杯の攻撃が効かなかったので、もうダメだと思って…」
帽子の隙間から少し顔を覗かせ、クロマは弱々しく言った。昨日の活躍が嘘のようだ。ツルギはそう思った。
「で、でも、昨日は大活躍だったじゃないですか。あの調子で頑張ってもらえれば」
「昨日は上手くいきましたけど、今回は相手が違います。きっと昨日みたいにはいきません…」
「そんな…」
クロマは再び、顔をうずめてしまった。
魔獣はその間にも、マジーナたちを翻弄していた。セタは得意の障壁を張り、全員を魔獣から護っていたが、たった一撃で障壁は破壊されてしまった。
「凄まじい力ですね…。私の障壁でもこれが限界ですか」
「ちょっとセタ! アタシらを呼んどいて、そりゃ無責任じゃないのかい?」
バレッタはセタに苛立ちをぶつけるが、当の本人は至って冷静だった。
「問題ありませんよ。皆様を信じておりますからね」
セタの視線の先には、未だにうずくまるクロマの姿があった。




