勇者はお人好しな剣士?
前回の話とつながっていないように見えますがちゃんと2話目です。ご安心ください。
夢…か。僕はまたあの風景を見ていた。このところ、毎回のように出てくる知らない場所、人、生活。ただの夢といえばそれまでだけど、それは不思議と忘れられなかった。
「ツルギーッ! いつまで寝てるの!? さっさと起きなさいよー!」
扉の外から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。…まだ眠いのに。わかったよ。今、起きるから…。
僕の名前はツルギ=ユウキ。ここ、ハルトダム王国で魔物退治をする、18歳の戦士。…ただしまだ駆け出しの、だ。町の外で人々に危害を加える魔物たちを討伐するクエストを請負い、その報酬で暮らしている。
魔物といっても多種多様で、中には人と仲良くしている奴もいるらしい。だからクエストがない日もあった。
幸い、この町には戦士がわんさかいるというわけではない。クエストも戦闘以外のものなど小さなものから大きなものまであり、収入がない日は滅多になかった。それでも、稼ぎの少ない日はため息が出てしまう。
声の主の元へ、階段を降りて向かうと、テーブルに肘をつき、手の上に顎を乗せ、不機嫌そうにこちらを睨む少女がいた。
「お、おはよう、マジーナ」
マジーナ=ヒスイ。彼女の名前だ。その名の通り、翠色の髪をショートヘアにし、ヒラヒラとした薄いローブを何層にも纏った魔法使いである。僕の大切な仲間であり友達だ。
マジーナは半分閉じた目で僕を見たまま、口を開いた。
「お・は・よ・う。それにしても遅い。あたし、どのくらい待ったかわかる? きっと半日は待ってるのよ?」
大袈裟だな、と思ったが、口には出さなかった。彼女を怒らせると怖い。というか面倒だ。長い付き合いだからよくわかっていた。
「ごめんごめん。なんだかくたびれちゃってさ、つい遅くまで寝て…」
「くたびれたって、ここんとこ大したクエストなかったじゃん。それとも、夜中にどこか彷徨いてたとか?」
「いやいや、まさか。あぁ、でもゆうべも…」
変な夢を見ていた。そう言おうと思ったがぐっと飲み込んだ。そんな理由で疲れたなんて言ったら、またどやされるだろう。
「ゆうべも、何よ?」
「なんでもないよ。そうそう、何かあったの? 僕のこと、呼んでただろう?」
誤魔化すように、話題を変えた。マジーナのイライラを消し去るには、これが一番だった。思惑通り、彼女は気持ちをそちらに切り替えた。
「そうだった。新しいクエストが来たのよ。…でもおかしいのよね。こうやって手紙で、向こうから依頼が来るなんて、聞いたことないし…。とにかく、読んでみて」
マジーナから見慣れない手紙を受け取り、封を開けて中を見てみた。これまた見慣れない筆跡で、文字が書かれていた。
「えーと、『西の森に生息する魔物、グロウスライムを退治してください。御礼は望みの物を用意します』…ふーん。いいんじゃない? けっこう簡単そうだし」
「あたしもそう思った。でもこんなクエストで良い報酬ってのも、話が上手すぎる気がしないでもないけど。どう思う?」
「大丈夫だよ、きっと。だって仕事には変わりないし。それに、これで依頼者の願いが叶うなら、それはそれでいいことでしょ?」
「あんた、相変わらず人が良いっていうか…。ふっ、まぁとっくに知ってたことだけど」
マジーナはテーブル上に上半身を伸ばし、笑みを浮かべた。どうやら機嫌は直ったようだ。
人が良いとは、昔からよく言われた。魔物討伐の職に就いたのも、元は世界をより良くしたいためだった。報酬が少なかったときも、自分の力で世界のためになっていると思うと、満足するのだった。
他の戦士や魔法使いは、その話を聞くと珍しがったり、からかってくるのもいる。でもマジーナだけは、少し呆れつつも一緒にいてくれるのだった。照れくさくて言えないけれども、僕は彼女を信頼していた。
「それはどうも。じゃあ行こうか。指定された場所に」
「うん、行こ行こっ」
武器と防具を整え、僕たちは西の森へと向かった。
歩いて一時間ほどで、西の森には着いた。出現する魔物は比較的弱いものが多く、町から近いこともあって、戦士たちの鍛錬の場として開放されている場。でも、昼間でも薄暗く気味の悪い場所なので、近寄る人はそう多くなかった。
「ここだね、西の森は」
「そーね。噂には聞いてたけど、本当に薄気味悪いトコね…。こんな場所を指定するなんて、一体何の目的があるのよ」
「さぁ。とにかく仕事仕事。グロウスライムだったよね。どこにいるんだろ…」
森に足を踏み入れ、慎重に辺りを見回す僕たち。すると、一本の木の陰から物体が飛び出した。
白く半透明の、ゼリー状の身体。意思があるのかわからない不規則な動き。目や鼻、口が存在せず、何を摂取しているのかも不明なそいつは、目的のグロウスライムに間違いなかった。
「コイツだよね、きっと」
「でしょうね。スライムなんだから雑魚だと思う。思いっきりやっちゃってよ、ツルギ」
「了解。行くぞ…」
僕は剣を両手で持ち、頭の上まで掲げると、勢い良くスライムに飛びかかりながら振り下ろした。剣は深々と突き刺さった。…スライムにではなく地面に。
間一髪、攻撃を避けたスライムは、逃げることはなくピョンピョンと僕の周囲を跳ね回っていた。本当に、意思があるのか疑わしい。
「ツルギ、休んでる暇ないよ! 早くしないと逃げちゃう!」
「わかってるよ…」
いつの間にか指示役になっていたマジーナ。やれやれと思いつつスライムに攻撃を重ねるが、剣はかすりもしなかった。
「コイツ…、いい加減に…、おとなしくし…うわっ!!」
その時、飛びかかった僕と、スライムの跳躍が奇跡的に同時だったため、僕の顔面にスライムが激突した。僕は仰向けに倒れ、スライムは地面に落ち、一瞬動きが止まった。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あたた…。なんとかね」
心配そうに駆け寄ってきたマジーナ。二人の目の前で、スライムは見た目を変化させていた。
白かった身体の色が、みるみるうちに黄色になっていった。それだけの変化だったが、スライムは今度は意思があるかのように、森の奥に向かって消えていった。
「逃げちゃった…か。はは、スライムにも逃げられるなんて、僕も腕落ちたかな…」
「気にしないでよ。あなたらしくもない。まぁ、過ぎたことはしょうがないわ。とにかくまた何かクエスト引き受けなきゃ、今日の収入が…」
マジーナはぶつぶつ呟きながら、受注したクエストのリストを確認し始めた。僕は苦笑いし、ふと自分の剣を見た。
何の変哲もない、ただの剣に見えるだろう。でもこれは、同じく戦士だった父さんからもらった大切な物だ。父親も世界平和のため、魔物討伐の日々を過ごしていたという。
でもある日、強力な魔物との戦いで深手を負い、その傷が元で死んでしまったらしい。しかし、まだ僕は小さかったからほとんど覚えていない。引き取られた爺ちゃんと婆ちゃんから聞かされたことだ。思えば、僕の平和への信念も、父親譲りなのかもしれない。
僕は木々の隙間から見える、禍々しく巨大な城を見た。あそこには『魔王』と呼ばれる何者かが住まうという。そいつが魔物たちを従え、平和を乱しているのだ。
多くの戦士たちは、日々の暮らしのためにクエストをこなし、力をつけているのだろう。でも僕は、その先の目標がある。魔王を倒せるだけの力をつけて、いつの日か果たしてみせるんだ。父さんの意思を継いで…。
その時、マジーナの背後で、一匹の魔物が棍棒を振り上げていた。ゴブリンだ。リストとにらめっこをしている彼女は気づいていない。僕は考える暇もなく、ゴブリンへの攻撃よりも先に、マジーナに体当たりしていた。結果、ゴブリンの棍棒は僕の脳天へ―――。
それからどのくらい経ったのかわからない。目覚めた僕の目の前に、初めて見る人物が二人立っていた。