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高位魔法使いはハイスペックお姉さん?

クロマ=メノウ

高位魔法使い、ソーサレスの女性。魅力的な容姿と性格、そして優秀な能力を持つが…?

 女性は少しだけ扉を開けると、姿勢を低くして中を覗き込んだ。ちらりと見えた顔から推測する限り、ツルギたちよりも歳上らしい。


「あのー、失礼します。もしかしてもしかすると、新メンバー募集の方々ですか?」

「はい、そうですが。あの張り紙を見て来たんですよね?」

「そ、そうでした。私ったら何言ってんだろ…えへへ」


 女性は顔だけを覗かせたまま照れ笑いをした。

 とても愛らしい笑顔だ。俺は思わずそう思っていた。


「パーティ加入希望の人なんでしょ? 早く入ってよ」


 なかなか中に入らない女性に痺れを切らせたのか、マジーナはやや苛ついた口調で言った。ツルギは相手を気遣ってか、マジーナを諌める。


「マジーナ、そんなに威圧的に言ったらダメだよ。せっかく来てくれたんだし」

「別にそんなつもりで言ってないわよ。まあいいわ。あんたがリーダーなんだし、あとよろしくね」

「はいはい。ワカバ、お客様を連れてきてくれる?」

「はーい、わかった」


 ワカバは女性の所まで向かうと、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。


「いらっしゃいませ。どうぞ」

「は、はい。では…失礼します」


 女性はようやく全身を家の中に入れた。腰までもあるサイドテールで、ピンク色に青いメッシュの入った派手な髪色をしている。

 片手には大きな魔法使いの被るような黒い帽子を持っており、更にもう片方の手には、先端に宝石のついた長い杖を持っている。そして、踝までもある大きさの黒マントを身に着け、なぜか全身を覆い隠していた。


 女性はツルギの対面の席に座ると、落ち着かない様子で視線をあちこちに向けた。帽子と杖を手放しても未だにマントを解かないが、何か理由があるのだろうか。


「それじゃまずは…と。お名前からお願いします」

「はい、『クロマ=メノウ』と言います。(ジョブ)は高位魔法使い、ソーサレスです」

「そそ、ソーサレス…!?」


 少し離れた位置に座り、ツルギとクロマの面談を静観していたマジーナだったが、ソーサレスという単語を聞いた途端に口を挟んだ。言葉のニュアンスとクロマの見た目から、魔法使いに関連することは俺でもなんとなく予想できた。


「ソーサレスって、魔法使い系の職だっけ?」

「うん。いちばんつよいまほうつかいなんだって」


 意外にも、答えたのはワカバだった。マジーナは驚きの視線をクロマに向けたままだ。


「知ってるのかい、ワカバ?」

「しってる。木や草が、おしえてくれるからね」

「木や草がって…。もしかしてあなた、ドラシル族!?」

「ええ。依頼を受けて、山の中に一人でいたのを保護したんです。そこから仲間になりまして」

「そうなんだ…。すごい、話に聞いたことはあったけど、本物を見るのは初めて…」


 クロマがワカバに近寄ろうとすると、マジーナは静止させた。


「ちょっとちょっと、馴れ馴れしいんじゃない? 第一、これから仲間になりたいってのに、そんなマント着けっぱなしは失礼なんじゃないの?」

「うっ…。確かにそうですが…。あぁ…でもこれは…」


 歯切れ悪く、クロマは口ごもる。マジーナは容赦なく、更にたたみかけた。


「何よ。言えない理由でもあるの? まさか、何か危険物でも持ってんじゃないでしょうね!?」

「ち、違います! …わかりました。今、解きますから…」


 クロマはマントを持つ手を離し、身体を露わにした。


 彼女が身体を隠したかった理由はすぐにわかった。胸元は天使が身につけているような薄く白い布で覆われ、かなりの大きさの膨らみが確認できる。腹回りは大胆にも丸出しで、腰はベルトとそこから伸びる細長い前垂れのみ、あとはロングブーツという出で立ちで、とにかく肌の露出が多かった。


 目のやり場に困る衣装を前に、ツルギもマジーナも言葉を失っていた。ワカバは良くわかっていないのか、眠そうに座っていた。


「すみません、こういう見た目だったもので、あまり見せたくなくて…」

「な、何よ。そんな格好で魔法使いなんて務まるの? ふざけてんの!?」

「そんなつもりはなくて。これはですね、私の祖母が昔、踊りの先生をやってまして。私、おばあちゃん子なのでリスペクトという意味もあって…」

「そこまで聞いてない。喋りすぎ」

「はい…ごめんなさい…」


 高圧的にクロマを黙らせるマジーナ。ツルギはというと片時もクロマから目を離さず、一言も発さなかった。


「ちょっとツルギ、しっかりなさいよ。あとよろしくって言ったでしょ…」

「ああうん…。ごめん。わかってる」


 マジーナはツルギを我に返らせると、再び椅子に座り、不機嫌そうに脚ぐみをした。


「えーとそれでは、とりあえず仲間入りのテストも兼ねて、これからクエスト、いってみます?」

「はい、喜んで!」

「わかりました。じゃあ行きましょう」


 ツルギとクロマは立ち上がり、玄関に向かった。ワカバもそれに続いたが、マジーナは俯いて座したまま動かなかった。


「マジーナおねえちゃん、どうしたの? いかないの?」

「…行くわよ。先に行ってて」


 不機嫌という言葉を具現化したような魔法使いを残し、ワカバも出ていった。




 クエストの舞台は王国外れの草原だった。そこには黒い狼に似た魔物たちが唸り声を上げ、跋扈(ばっこ)している。今回のクエストは、ヤミウルフと呼ばれるこの魔物の群れを討伐することだった。


「思ったよりたくさんいるなぁ。一匹一匹、やっつけていくしかないか」

「私なら、まとめて討伐できるかもしれません。できるだけ一箇所に集めてもらえますか?」


 クロマは杖を構え、マントを翻した。あれだけ躊躇っていたのに、魔法を使う際には邪魔になるのだろうか。


「わかりました。やってみましょう。マジーナ、ワカバ、頼むよ」

「はーい。がんばるよ」

「…了解」


 ツルギは剣で、マジーナは雷魔法で追い立て、ワカバは足元の草を操って罠を作り、魔物らを翻弄する。やがて、魔物たちは草原の中心に追い詰められた。


「クロマさん、これでいいですか?」

「完璧です。あとは任せてください」


 クロマは杖を掲げると、呪文の詠唱らしき言葉を呟き始めた。すると空中に、火花を散らせた小さな黒雲が出現した。


「…はぁっ! "メガ・レール"!!」


 クロマの声とともに、激しい雷が魔物の群れに落ちた。凄まじい轟音が響き、魔物はたちまち黒こげになり、直後に消え去った。跡には焼け焦げた草原だけが残っていた。


「ふぅ…上手くいったようですね」


 クロマは深呼吸し、再びマントを身体に巻いた。ツルギは彼女の正面に立つと、活躍を労った。


「すごかったです。流石はソーサレスだけある。あんな魔法、間近で見たのは初めてで…」


 そこまで言って、ツルギはハッとマジーナを見た。とてつもなく憎々しい目で二人を見ていた。俺は思わず視線を逸らした。


「お気持ちは嬉しいですが、あまり褒めないでください、ツルギさん。本当に、大したことじゃありませんから。私なんて才能ないし、ただの普通の人間なんで…」


 なぜか異常なほどに謙遜するクロマだったが、かえってマジーナの心の火に油を注いだらしい。遠くから魔物の仲間が走って来るのが見え、マジーナはいち早く気づいた。無謀にも、彼女はそこに立ち向かっていった。


「ふん、何よ。ちょーっと魔法の扱いが上手いからって調子に乗って。私だってあのくらい…」


 マジーナが魔物たちに向かって行くことに気づいたツルギは、慌てて追いかけた。クロマとワカバも続く。


「マジーナ、一人で行っちゃダメだよ。作戦は考えないと…」

「うるさいわね! あれくらい、私一人で大丈夫ってこと見せてあげる! やぁっ! "エル"!!」

「あぁっ、ここで炎の魔法は危ないです…!」


 クロマの静止も届かず、マジーナは炎魔法を放つ。魔物には命中しなかったが、足元の草には着火した。辺りは徐々に燃え広がり、魔物たちは結果的に焼けて消え失せた。


「や、ヤバ…。早く消さないと。…えっと、水の魔法は…」


 マジーナは完全にパニックに陥り、あたふたと呪文を思い出していた。その間にも、炎はどんどん燃え広がっている。


「マジーナ、落ち着いて! この火を…早く…」

「うわわ…火…こわいよ…」


 ツルギは剣で燃える火を叩いたり、草を刈ったりし、なんとか消火しようと奮闘する。ワカバは元が植物だからなのか、必死に炎から逃げていた。

 そんな中、クロマは冷静に状況を見ていた。


「こうなったら水じゃ消すのは難しいかな…。あれならいけるかも。…"ホール"!!」


 クロマの詠唱で、今度は地響きとともに地面が盛り上がり、あちこちで土が噴出した。燃える草に土が被さり、だんだんと消火していく。数分後、草原の火災は完全に鎮火された。





「皆さん、出来上がりましたよ」


 それからツルギたちはクエスト達成の報告の後、家に帰還していた。夕食は私が作ります、とクロマが申し出たので、三人は任せていた。

 テーブルの上には、香ばしい匂いを漂わせる料理が並ぶ。高級な食材は使ってなさそうだが、見るだけで腹が鳴りそうだ。


「ありがとう、クロマさん。ではいただきます。…! 美味しいです、すごく」

「本当ですか? お口に合えばいいなと思いましたが」

「それどころじゃありませんよ。今まで食べた中で一番と言ってもいいくらい」

「そ、それなら良かったです…」


 そう言いながら、クロマは横目でマジーナを見る。マジーナはしかめっ面のままだが、黙々と料理を口に運んでいる。


「…悪くないけど。ソーサレスの癖に料理もできるのね」

「皆さんのお役に立てるように、色々な経験は積んでるんです。いつお嫁に行ってもいいように、といつも言われてましたので」

「お嫁に…」


 何かを想像するツルギ。マジーナは無視して皮肉を被せた。


「良い女アピールですか。いいですね」

「いえ、そんなつもりは…」

「ご、ごちそうさまでした! 良かったらお風呂、お先にどうぞ」

「いいんですか? はい、それではお言葉に甘えて…」


 険悪な雰囲気を察知し、ツルギは大声を上げた。クロマも場の空気に耐えられなくなったのか、浴室へと向かう。


「あんた、楽しそうじゃない。さしずめ、美人が仲間になるから嬉しいんでしょ」

「そんなことない。あまりいじめないであげてよ。これじゃ向こうからパーティ脱退されてもおかしくないだろ?」

「別に仲間にする必要なくない? 一緒にいなくても、どうせ時間になったらセタさんから呼ばれるんだし」

「そうかもしれないけど…。リーダーだからよろしくって言ったのはマジーナだからね。決断は僕に任せてもらうよ」

「…はいはい。わかったわよー」


 マジーナは渋々承諾した。




 夜も更け、就寝時間。ほぼ仲間入りが確定したクロマは、ワカバの髪の草を梳かしていた。


「ドラシル族をこの目で見られるなんてすごい。本当に植物なんだ…」

「止めてもらえる? その子、そうされるのが嫌いなのよ。迷惑してるじゃん」

「そうなんですか? ごめんなさい、私知らずに…」


 まるで、学校のおとなしい奴が悪ふざけに巻き込まれて、妙なとばっちりを受ける構図を見ているかのようだった。巻き込まれた側からしたら、あまりいい気はしないことはわかっていた。


「ぼく、べつにいやじゃないよ。マジーナおねえちゃん」


 空気を読むということは知らないであろうワカバは言った。場の全員が一瞬沈黙する。


「あ、あの、私…」

「マジーナ…そういうのやめようよ」


 その時、マジーナの堪忍袋の尾がプツリと切れた。


「ああもう! いいわよ! 新しい仲間のが大事なんでしょ!! 今夜はクエストあるんだし、もう寝るから! おやすみ!!」


 マジーナは勢いよく扉を開け、自室に閉じこもってしまった。

 残されたツルギたちは、気まずそうにしていた。クロマは申し訳なさそうに沈黙を破った。


「すみません…。全部私のせいですね。ご迷惑だったら、今すぐ出ていきます」

「そんなことありませんよ。マジーナはいつもこうなんです。きっと明日になったら、機嫌直ってますよ」

「本当ですか? そうだといいんですが…」


 クロマは心配そうに、マジーナの自室を見る。ツルギは引き止めたにも関わらず、クロマを気遣って言った。


「とは言っても無理は言いません。もし辛ければ、別のパーティに入ってもらっても…」

「…いえ、やっぱりツルギさんたちのパーティに入れていただきたいです。皆さんいい人たちばかりみたいですので、来たときからここしかないと決めていたんです」


 クロマは僅かに考えて言った。その態度を見る限り、言葉に嘘はないだろう。ツルギもそう感じたのか、快く了承した。


「わかりました。マジーナのことはなんとかしますから、少しだけ辛抱してください」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします、ツルギさん、ワカバさん」


 晴れて仲間入りしたクロマ。改めて挨拶をした後、寝室に向かおうとする彼女だったが、ふと思い出したように振り返り、尋ねた。


「そういえば、今夜はクエストがあるとおっしゃってましたね。これから行くんですか?」

「そうだった。実はですね…」


 ツルギはクロマに、件の話を事細かに説明した。エールと同じく最初は半信半疑だったが、冗談ではないと理解していた。


「異世界の方と魔獣退治ですか…。夢みたいな話ですね。私は心の準備だけしていればいいんですね?」

「そうです。迎えが来ますから」

「わかりました。では、おやすみなさい」


 クロマは一礼し、マジーナとは別の部屋に入った。

 ツルギも自室に入ると、ベッドに飛び乗って横になる。そのタイミングを見計らって、俺は声をかけた。


「お疲れさんだな。心中お察しするよ」

「お気遣い痛み入ります。マジーナの性格にも困ったもんです。もう慣れてますがね」

「大方、嫉妬だろうな。あの様子だと、打ち解けるまでには時間かかりそうだ。大丈夫なのか?」

「僕もそう思いますけどね。でも、そんなこと言ったらクロマさんを不安にさせるだけじゃないですか。ああ言うしかなかったんで…」


 ツルギの言葉が終わる前に、意識が薄れていくのを感じた。セタに連れて行かれるのだ。合流の場所に―――。

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