マジーナの機嫌は最高潮?
気がつくとそこはツルギの世界、ハルトダム王国。もう慣れ始めていた追体験だが、どうにも気分は晴れなかった。記憶を思い起こすと、その原因がわかってきた。
「あの、おはようございます。アニキ」
ツルギはベッドに横たわったまま、挨拶した。どこか気を遣ったような言い方だが、俺にはだいたいの予想がついていた。
「お前、ゆうべは俺の寝床に現れなかったな。さしずめ、バレッタんとこにいたんだろ? んで、俺の友人のことでも聞いたか?」
「ええまぁ…。すみません、聞くべきじゃなかったかな」
「別に責めるつもりはねえさ。あいつなら話しただろうからな」
「バレッタさんは話そうか迷ってましたよ。あまり咎めないでください」
「わかってるよ。話すことについてはあれこれ言うつもりはない。ただ、俺自身思い出したくないだけなんだ。…さてと、俺のことは気にせず、また頑張ってくれや」
話を交わす最中、ちょうど良いタイミングでマジーナの声が近づいてきたので、俺は会話を断ち切った。
「はい。それじゃ、今日もお互いに頑張りましょう」
ツルギはベッドから起きると、扉を開けた。
「ツルギ、おはよ。ふふ、合わせて丸二日も眠ってたわね」
マジーナは部屋から出てきたツルギを確認すると声をかけた。なんだか妙に嬉しそうだった。
「おはようマジーナ。そうだ、二日も眠ってたんだった。道理で身体が鈍ってるわけだ」
ツルギは腕を回し、首を左右に振った。丸二日も身動きできず、眠ったままというのはどんな状態なんだろうか。
「大丈夫なの? そんな具合で。もう次のクエスト、受注してるのよ?」
「少し慣れさせれば問題ないさ。ちゃんと歩けてるんだから。ところで、ワカバは?」
合流した時にはいたはずのワカバ。その姿はどこにも見えなかった。
「ああ、彼ね。実はちょっと頼んでてね。お留守番を、ね」
「留守番? それは一体どういう…」
もったいぶって話すマジーナ。わけがわからない様子のツルギに、よくぞ聞いてくれましたとばかりにマジーナは続けた。
「見せてあげる。なんたって二日も時間ができたんだから、何かしないともったいないでしょ? 早く、こっちこっち!」
マジーナはツルギの手を引き、慌ただしく外に出ていく。俺も急いで後を追った。
やって来たのは一軒の木造家屋。さほど大きくはないが、建ててからあまり経過していない、やや新しい建物のようだった。
「ここは?」
「私たちの新しい拠点よ。ずっとその日暮らしの宿屋生活だったでしょ? それじゃ毎日安心できないし、ここらで思い切った方がいいと思ってね」
「ま、まさか買ったの…!?」
「まさかまさか。借り家に決まってるでしょ。そこまでのお金ないし。とにかく中に入って」
ツルギの背中を強引に押し、マジーナは扉をくぐらせた。
「うふふふ…私たちのお家。今日からここで暮らすんだぁ…」
借り家の内部は、台所と居間がひとつになっており、あとは個室の扉が三つほどの、シンプルな造りだった。だが年端もいかない少年少女が借りるならば、充分過ぎる拠点だろう。
マジーナの言っていた通り、ワカバは家の中にいた。窓際に座り込み、日の光を浴びている。ツルギに気がつくと、トコトコと歩み寄ってきた。
「おかえり。おにいちゃんたち。ハウおねえちゃんは?」
「お留守番、ご苦労様。ハウお姉ちゃんは向こうの世界だから、会えるのはまた今度なのよ。昨日も言ったでしょう?」
「そうだった。またあのおんがく、ききたいな」
「良い子にしてましょうね。そしたら、必ず会えるから」
「うん、そうするー」
ワカバは至極嬉しそうにしていた。セタの思惑通り、ハウとは縁の仲間同士だったということなのか。
「さて、クエストも大事だけど、新しい仲間も見つけないと。アニキたちは一人、探し出していたからね」
ツルギとマジーナ、ワカバも椅子に座り、これからのことについて切り出す。マジーナはまた嬉しそうに返した。
「そうなんだ。私たちも頑張らないと。ちなみに、どんな人が仲間になったの?」
「えーと、向こうの世界の剣士みたいな人なんだけど。ちょっと癖があるというか」
「癖がある?」
「うん。それがね…」
ツルギは背後にいる俺を気遣ってなのか、マジーナの耳元で囁いた。おそらく、俺とエールの間にある確執について説明しているのだろう。
「なるほどね。マズルさんにとっては仲間にしたくない人だったってわけね。誰にも、仲良くできない人間の一人や二人、いるわよね。うん」
「そうだね…。簡単には解決できそうもない話みたいだった。僕らがどうこうできる問題じゃなさそうだったよ」
「ふぅん。それなら、私たちは私たちにできることをやるしかないようね。実は一昨日、ギルドの掲示板にね、ここの住所付きで『新しい仲間求む』って張り紙を掲示してきたの。これなら、待ってても応募が来るでしょ?」
「それはいいね。ならもう一人か二人くらい、来たんじゃないの?」
ここまで嬉々として話していたマジーナだったが、突然表情を変えて続けた。
「あはは…。それがね、まだ一人も来てないんだ。このリングも、一向に光る気配ないし」
「そう上手くはいかないってことか。僕らのパーティランクも、まだ低いままだしな」
「そうなのよね。今回のクエストで、ひとつだけでもランクアップすればいいんだけど…? あっ、リングが光り始めたわよ。ひょっとしてここに近づいているんじゃ…!?」
マジーナの腕のリングの光は、徐々に強くなっている。それに比例して、外から足音が聞こえてきた。その直後、扉を叩く音が聞こえた。
「はい。どうぞ入ってください」
ツルギが扉に声をかけると、ゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、目を引く姿の一人の女性だった。




