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新しい仲間はナルシスト?

エール=N

マズルたちの世界の競技『ケンシング』の選手。自他共に"褒める"好青年。

 目が醒めると、そこはアニキたちの世界。どうやらセタの言った通り、今回は逆の順番で追体験が始まるらしい。

 ベッドに寝ていたアニキは身体を起こすと、こちらを見て瞬きを数回。状況を理解すると頭を振った。


「…どうやら、あいつの言った通りらしいな。今回はお前の追体験からってことか。はぁ、まだお前たちの後を追っかけてた方が楽かもしれなかったんだが」

「まぁ、お互い様じゃないですか。頑張ってくださいよ」

「はいはい。さて、一日の始まりだ」


 アニキはベッドから降りると、ドアノブに手をかけた。



 仕事場にはバレッタとハウの姿。二人で何やら話をしていたが、アニキが入って来るとそちらを見た。


「おはようさん。ゆうべもお疲れ様だったな」

「おはようございます。本当に、今でも夢みたいな出来事でした」

「ハウったら起きてからそればっかなのよ。まぁアタシも、最初は信じられなかったけどさ」


 あんな出来事が突然身にふりかかったというのに、ハウの表情はどこか満足げだった。アニキもそう感じたのか、彼女に尋ねた。


「いきなり変な場所に連れてかれて、危うく死ぬかもしれなかったのに、ずいぶん楽しそうだな、ハウ」

「ええ。だってボクの音楽を好きになってくれるファンが出来たんですから。しかもそれが異世界の魔物の一種だなんて…。色々と複雑な気持ちもあるけど、すごく嬉しいんです」


 ハウは楽器を担ぎ、ワカバに聴かせた曲をもう一度奏でる。彼女は夢心地になっていた。


「また会う時までに、練習しとかないとね。あのワカバって子も楽しみにしてるよ、きっと」

「はい! 仲間探し、頑張りましょう。もちろん、お仕事も」


 和気あいあいと意気込むハウとバレッタだったが、アニキはそうではなかった。


「やれやれ、ハウもその口か。楽しそうで何よりだが」

「マズルさんは嬉しそう…ではないんですね」

「だってあのセタの勝手な目的のために、俺たちゃ命懸けさせられてんだぞ。その目的ってのもわからねえし。胡散臭いって思わねえのか?」

「それは…そうですけど…」


 少しだけ、空気が悪くなった。バレッタは手を叩いて、二人の気を逸らした。


「はいはい、その話はそこまで。マズルもセタから報酬もらってんだから、あんまり文句言わない」

「わかったよ。そんじゃ、今日も仕事の受注に向かうか」




 三人はその後、センターへと出発する。人数が増えたからとバイクには乗らず、徒歩で向かった。こちらとしても、その方が追いつきやすくていい。


「こんちは。仕事、何か入ってないか?」


 前回と同じく、受付嬢に尋ねるアニキ。女性は顔を上げて全員を一瞥し、一瞬僕のいる場所を通り過ぎると、ハウに目を留めた。


「こんにちは、ソルブ・トリガーの皆さん。新しいお顔が増えていらっしゃるようですが」

「ああ、一応新入社員というか。ハウっていう。よろしく頼む」

「はじめまして。ハウリング=Qと申します。よろしくお願いします」


 ハウはぺこりと頭を下げた。受付嬢は簡単に答え、本題に入る。


「よろしくお願いします。ではお仕事の件ですが…」




 その日の午後、アニキたちは別の施設の中にいた。依頼された仕事は、とある人物のボディーガード。いわゆる護衛ということらしい。


「ボディーガードって、危険な仕事なんでしょうか?」


 狭い通路を歩きながら、ハウはやや心配そうにこぼした。


「大丈夫さ。万が一って時のためのものなんだから。今日一日だけの仕事だし、大きな事件に巻き込まれるなんてないだろうよ」

「そうだといいんですが。ところで、護衛の相手の方ですが…」


 エール=N。それが護衛対象の名前だった。アニキたちの世界では、名の知れた存在らしい。


「まさかエール=Nを間近で見られるなんてね。色紙でも持ってくりゃ良かったかね」

「ケンシングの有名人だからな。ファンに囲まれてそれどこじゃねーと思うが。それに、仕事が第一なの忘れんなよ?」

「わかってるよ。ちょっと期待しただけだから」


 会話を交わすアニキとバレッタだが、ハウはその話についていけていない様子だった。


「あのーすみません。ボク、エールさんという方を存じ上げてなくて。それと、ケンシングというのは?」

「知らなかったんだね。ごめん、そうとは知らず話を進めちゃった」

「ケンシングってのは割りと新しくできたスポーツだ。お互いに防具を身に着けて、細身の剣を武器に一対一で闘う。相手の防具に剣を当てれば一点。制限時間までに得点の高い方が勝ち。簡単に説明するとそんなとこか」


 競技とはいえ、こっちの世界にも剣士はいるのか。その人と話ができるなら、一度話してみたい。話を聞きつつ、僕はそう考えていた。


「なるほど。エールさんはそのケンシングの選手、ということですね」

「その通り。競技が発足した頃からの選手らしいからね。ケンシングといえばエール、そう考えてる人も多いみたいだよ」

「そのエールさんともうすぐご対面らしいぞ。ほら」


 アニキが指差す先には扉があり、壁には『エール=N様』と書いてある。待合室ということなんだろうか。


「なんか緊張してきたね…。もし上手く話せなかったらあとはお願いね、ハウ」

「ええっ、いきなり大役ですよ…。ボクだってドキドキしてるんですから」

「時間に遅れる、入るぞ」


 ソワソワする女性陣を後に、アニキは扉を開けた。

 部屋の中には男が一人、小さな本のような物に何かを書いていた。アニキたちに気がつくと顔を上げ、睨むように見た。


「失礼する。エール選手のボディーガードに来た者だが」

「…ああ、本日の護衛の方々ですか。私、エールのマネジャーを務めさせていただいている者です。わざわざ来ていただいて恐縮ですが、エールは今、競技場の方にいまして」

「競技場? まだ試合時間前だと思ったけど。もしかしてアタシたち、時間に遅れた?」

「いえ、あの人のポリシーといいますか、試合開始の一時間前には現場に入っていないと落ち着かないというのです。ご案内いたしますので、こちらに」


 男は部屋を出た。その時、バレッタはふと自分の腕を見、アニキの肩を叩いた。


「いでっ、急になんだ?」

「ごめん、つい力が入っちまって。これ見てよ…」


 件のリングが、ぼんやりとだが光を放っていた。少なくともさっきの通路を歩いていた時には、光っていなかった。


「これって、探している仲間が側にいるということですよね? ひょっとしてあのマネジャーさんが?」

「それなら今近くにいないから、光が消えているはずだよ。それに、こんなぼんやりした光じゃなかったし…」


 その時、男が部屋を覗き込んだ。リングは変わらず光っている。


「どうかなさいましたか?」

「いやぁ、なんでもない。今行くよ。…とりあえず様子を見ようよ」


 三人は男の後を追い、競技場へと向かった。




 競技場には白服の男が一人、椅子に腰かけ細剣の手入れをしていた。アニキやバレッタよりも歳上と見られ、かなり整った顔立ちをしている。長い金髪にも手入れが入っており、身だしなみに気を使っているのだろうと予想できた。


 男はアニキたちが近づくと、細剣を鞘に納めて挨拶をした。


「やぁこんにちは。今日のボディーガードの方々かな?」

「そうですエールさん。…皆さん、申し訳ありません。私、この後打ち合わせが入っていまして。少しこちらでお待ちいただいてよろしいですか?」

「構わないよ。どうぞどうぞ」


 バレッタはしめた、と言わんばかりに言った。リングの光がどうなるか確かめたかったのだろう。

 男が去った後も、光は放たれ続けている。試合開始前ということで、周りにはエールとアニキたち以外には誰もいない。ということは、答えはひとつ。


「やっぱり、あの人が仲間じゃなかったんですね。エールさんが仲間ということになるんでしょうか?」

「そのようだね。どうやって切り出そうか…。いきなり異世界の〜なんて言っても、怪しまれるだろうし。だけどよりによってあのエールが新しい仲間だなんて…」


 ひそひそと相談する二人をよそに、エールは今度は手鏡を取り出して髪型のチェックを始めていた。


「よし、今日もキマってる。ファンタスティックだよ、私」


 近くに初対面の人間が三人いるというのにも関わらず、自己陶酔の独り言を呟く。

 唖然とする三人に気づき、エールは我に返った。


「いや失礼。これが私の日課のようなものでね。一日に数回、鏡に映る自分を褒めなければ調子が出ないのだよ」


 つまりはナルシストというものか。バレッタは神妙な面持ちをしていた。想像していた人物像と乖離したのかもしれない。


「ところで、何か話していなかったかな? 仲間がどうとか」

「聞こえてたのか。その、なんでもない。…わけじゃないんだけど…」

「話してみたらどうかな。麗しき女性の方の話なら、いくらでも聞くよ、私は」


 エールは恥ずかしげもなくそんな言葉を使う。バレッタは咳払いをひとつして、例の話を始めた。



「異世界人に、魔獣、それと謎の男か。確かににわかには信じがたい話だ。だが、信じるよ」

「信じる? 本当に?」

「本当だとも。そもそも初対面の私に対して、そんな突拍子もない嘘をつく必要性はないはずだ。それにさっきも言った通り、美しい女性の話を疑うなど、私の信念に反するのでね」


 バレッタとハウは苦笑いしながら顔を見合わせた。個性的な人物だが、とにかく目的は達成だ。


「話が早くて助かるよ。それじゃ、今日の試合が終わったらまた詳しく話すからさ」

「申し訳ない。今夜は用事があってね。私の所属する教団の…」


 その言葉が出た時、アニキの目の色が変わった。話を遮り、問いただした。


「教団って…まさかとは思うが…」

「『ヒュジオン』さ。私は昔からの信者でね。その素晴らしい教えに共感したもので…」


 アニキは拳をぎゅっと握りしめていた。

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