裁判
ダイヤとの激闘の後、勇者一行は鍛冶師ヒノコと別れ、近くの宿屋に立ち寄り休息を取っていた。
強敵との戦いを乗り越え、安堵のひと時を過ごしているーーーかに思われた。だが、その空気は安堵からは遠く離れていた。
「えー、それではこれより、被告人ツルギ=ユウキの裁判を執り行います」
そう仰々しく声をあげたのはマジーナ。彼女から見て、左側にバレッタたち女性陣、正面にツルギ、その後ろにマズルたち男性陣が座っていた。
女性陣しか知らないはずであるバレッタの背中の紋章についてツルギは偶然ながら見てしまったため、マジーナは問いただした。そしてツルギは白状し、落とし前をつける意味での裁判を始めた、ということであった。
「えーでは、原告のバレッタさん。何があったのか話してください」
マジーナに促され、バレッタは話し始める。
「はい。アタシたちは以前、温泉街に立ち寄りました。その時は気付かなかったんですが、どうやら被告人に見られたようなんです。アタシの、裸を……」
重い空気が部屋に漂った。ジェシカ、カサンドラの二人は軽蔑の込められた視線をツルギに注ぎ、クロマとハウの二人は逆にツルギから視線を逸らしていた。
「それは……お辛かったでしょう。もはや被告にかける情けはありません。よって、被告人ツルギは……」
「あのー」
おもむろに声をかけるツルギ。マジーナは一度口を閉じたが、苛立った口調ですぐに話を続けた。
「なんですか被告人。発言は許可していません」
「いや、これは一応裁判なんだから、こっちにも弁護人がいないと不公平というか……」
マジーナは少し考えた。そして、再び口を開く。
「いいでしょう。では弁護人。……えー、マズル氏、こっちへ」
「やっぱ俺か。しゃーないな」
マズルは腰を上げると、バレッタ達とは反対側へ来て座った。
「では弁護人。何か話すことは?」
「えーと、まぁこいつも、悪気があってやったことじゃないわけで。魂が身体から抜けるのは不可抗力だったし、多目に見てやってもらいたい」
「マズル……」
ツルギは尊敬と感謝の念を込めてマズルを見た。マズルはいいってことよ、と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべて目を伏せていた。
「よろしい。では、判決を言い渡します」
「えっ、早くない……?」
「判決、被告人ツルギを有罪とする」
マジーナはどこで用意したのか、カンカンと槌を鳴らした。
「ちょ、ちょっと待って……」
「なんですか被告人。有罪ったら有罪です」
「弁護人まで用意したのに、判決が早すぎる。最初から無罪にするつもりはなかったんだろ?」
「なに寝ぼけたことを。あなたの発言はもう許しません。おとなしく刑に処されなさい。以上」
マジーナは強引に話を遮り、本心を誤魔化した。ツルギは絶望に打ちひしがれ、固まっていた。
「えーそれでは、罪人ツルギを……どうしようかな。……よし、くすぐりの刑に処す。執行人、前へ」
マジーナが女性陣の方に視線を移して言うと、ジェシカとカサンドラは黙って立ち上がり、ツルギの方へと向かってきた。
クロマとハウはまごついていたが、マジーナに睨まれると慌てて立ち上がり、同じくツルギの元へと歩いた。
「あ、あの……」
「罰は受けないとね、ツルさん」
「悪気がなかったとはいえ、罪は罪だな。悪く思うな」
ジェシカとカサンドラの冷徹な声がツルギの脳内に響く。
「ご、ごめんなさい。逆らえないんです。許してください」
「ボクも女ですから……。恨まないでくださいよ」
クロマとハウの声も、今のツルギには悪魔の声に聴こえていた。
そこにマジーナとバレッタも加わると、彼女の一声で刑が執行される。
「それじゃくすぐりの刑、執行!!」
女性陣の手が、一斉にツルギへと伸びる。身体の至るところを攻められたツルギは悲鳴にも似た叫びをあげた。
その様子を、男性陣は黙って見ていることしかできなかった。
「お助けしなくて、よろしいのですか?」
セタは困惑した様子で尋ねた。
「俺たちにはどうしようもないよ。できるだけのことはやったんだ」
「まぁ、やるだけやらせてあげた方がいいのかもね……」
マズルとエールは諦めの姿勢で、悶え苦しむツルギを見ていた。一方のワカバは、難しい話についていけなかったのか、眠ってしまっていた。
それから一時間ほど、ツルギの悲鳴は響き続けた。
勇者一行が宿屋で裁判ごっこをしている頃、敵の双子、サナとレンはエクリプスに言われた通り、魔獣を生み出す"工作"と呼ばれる作業をしていた。
彼女らの周囲には造られた魔獣が闊歩しているが、生みの親は攻撃できないのか、双子を護る壁のようになっていた。
「ふぅ、だいぶ造ったな。もうそろそろ帰るか、サナ」
「そうねレン。お父さんも、これだけ造れば喜んでくれるわよね」
双子が自分たちの城へと帰還しようとしたその時、宙から何者かの影が降り立った。
「よう、頑張ってるな」
それはライサだった。相も変わらず飄々とした雰囲気を漂わせている。
魔獣たちはライサの味方のはずだが、なぜか彼に対しても威嚇の姿勢を見せていた。だが、手を出すまではしなかった。
「ライサ。こんなところでどうしたの?」
「お前らの様子を見に来たのさ。たくさん魔獣を造ったみてえだから、褒めてやろうと思ってな。父ちゃんに代わってよ」
ライサは褒めてやる、と言ったが、言葉には賞賛の意は感じられず、どこか馬鹿にした言い方だった。
「どうもありがとう。でも大丈夫よ。これから帰って、お父さんに報告するんだから」
「帰る? 本気で言ってんのか? くくっ、健気だねぇ」
自分たちを嘲笑うライサに、双子も苛立ちを覚え始めていた。
「どういう意味だよ。何がおかしいんだ?」
「わかんねえのか? お前ら、エクリプスに捨てられてんだよ」
ライサの言葉を、双子はすぐに理解できなかった。もしくは、理解したくなかったのかもしれない。互いの顔を見合わせ、困惑していた。
「な、何言ってんだよ。そんなわけねえじゃん……」
「そ、そうよ。変なこと言わないでよ……」
双子は必死に否定するが、言葉には明らかに不安が感じ取れた。
しかしライサは容赦なく、たたみかけた。
「嘘じゃないぜ? 疑うなら行ってみりゃいいさ。城にな。どうせ入れねえけどな!」
それだけ言うと、ライサは消えた。悪魔のような、邪悪な笑い声を残して。




