新しい仲間は清楚な演奏家?
ハウリング=Q
16歳のミュージシャンを夢見る少女。見かけによらず、控え目な性格。
周囲には気も留めず、どんどん前に進む男三人。後からつけられている形になっているにも関わらず、気づいていないようだ。
「…にしても、昔に比べたらこの街もシケたもんだなぁ。そうは思わねぇか? あ?」
真ん中のずんぐりした男は、隣の男二人に問いかける。男たちは黙って頷いていた。
「だよな。ったく、下の奴らにゃもっと頑張ってもらわねえと、上の俺たちが楽できねえよ。な? ガハハハ」
ずんぐり男は大声で笑った。近くを歩く人が何事かと振り返るほどの大きさだった。
「あいつ、どっかの社長か何かか?」
「さぁね。何にしろ、あんまり関わり合いになりたくないのは確かだね」
小声で会話を交わすアニキとバレッタ。シャチョウという言葉には聞き覚えがないが、身分が高い人間なんだという意味はなんとなく取れた。
そして、関わり合いになりたくないというのも、共感することができた。本当に、この人が新しい仲間なのか…?
その時、前方から音が聞こえてきた。ジャカジャカとリズムを刻み、空気を震わせる音。僕の世界では聞いたことのない音だった。
その音の出る方向を見ると、一人の少女が地べたに座り込み、何本もの糸が張られた物体を抱えて、音を鳴らしていた。この世界の弦楽器なんだろうか。
ひたすらに音を鳴らしていた少女だったが、近づいてくる人間に気づくと、顔を上げた。
上は袖無しの薄い布地の服、下は丈の短いパンツに縞模様の長いソックスという、派手な服装をしている。だが一番目を引くのは、短めの黒髪の毛先が水色で、頬や肩に傷のような模様が描かれていることだ。
「よぅ。精が出るねぇ、お嬢ちゃん」
ずんぐり男は少女に話しかけた。少女は突然、大柄の男たちに話しかけられたからなのか、しどろもどろになりながらも答えた。
「あっあの、はい。その…ありがとうございます」
「いつもここで弾いてるみたいだけど、何か目指してんのかい?」
「いえ、まだ駆け出しなので…。でも、ゆくゆくは、みんなが笑顔になるようなミュージシャンになりたいな、なんて」
少女は弱々しい笑顔で話す。なんだか今にも消えてしまいそうな儚さが感じ取れたので、少し心配になった。
「そうかい。いいねぇ、夢があって。おじさん、そういうの応援してやりたいんだ。気持ち、受け取ってもらえるかい」
そう言って、ずんぐり男は自らの懐に手を入れた。
「そんな、まだそこまでしていただけるほどの者では…」
「いいのいいの、気持ちだって言っただろう。ほれ、受け取りな…」
男はおずおずと差し出された手のひらの上に、紙くずを一枚、落とした。
まじまじと紙くずを見る少女に、ずんぐり男は言い放つ。
「気持ち。金を払うほどでもないっていう、な。まぁ頑張ってくれや。何十年かしたら、実るかもしれねえからな、お嬢ちゃんの夢。ガハハハハ…!」
男たちは来た道を戻り始めた。鉢合わせる形になったアニキたち二人は慌ててゴミを拾う素振りを見せた。見えていないことを忘れて、僕も道を譲った。
ずんぐり男は二人を見、フンと鼻を鳴らすと再び歩を進めた。ちょうど僕の前を通る際に呟いた言葉が、はっきりと聞こえた。
「ああいうのはストレス解消にうってつけだな。俺みたいな上の身分の人間の役に立てて、光栄だろうよ」
底意地の悪い笑みを覗かせたまま立ち去る男たち。その背に、一発拳をお見舞いしてやった。何も影響がないとは思っても、そうしてやらなきゃ気が済まなかった。きっと、アニキたちも同じ気持ちだっただろう。
取り残されたアニキとバレッタ、そして少女の三人。未だに手のひらを見つめる少女にアニキは近寄り、そっと紙くずを拾い上げた。
「…ゴミ拾いしてるから。いただいてくよ」
きょとんとした表情で自分を見上げる少女に、アニキは照れくさそうに言った。バレッタはかがみ込み、少女を気遣って話しかけた。
「あんまり気にするモンじゃないよ。あんな奴の言葉。アイツの方が、よっぽどゴミだよ」
「お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫です、もう、慣れ、てます、から…」
少女は苦笑いしながら答えた。言葉のところどころが途切れてしまっているが、本当に大丈夫なんだろうか。
その時、僕とバレッタは気がついた。ずんぐり男たちが立ち去ったのに、輪の宝石が光り続けていることを。
「マズル、これさ…」
「宝石が光ってる。あいつらが仲間じゃなかったってことか。それに、今ここで光ってるってことは…」
二人は少女のいる場所を見た。一瞬、姿がなくなっていると錯覚したが、彼女はその場に倒れてしまっていた。
「お、おい、どうした!?」
「ちょっとアンタ、しっかりしな…」
呼びかける二人の側で、少女は固く瞳を閉じたまま、微動だにしなかった。
「えーと、ハウリング=Qさん。16歳。夢はミュージシャン、と」
あれから数時間後、少女ことハウリング=Qはアニキたちの事務所にいた。このままにはしておけないと思った二人は、彼女を連れ帰ったのだ。本来なら病院に連れて行くところだったが、今回は状況が状況だけに、側に置いておきたかったのだ。
ハウリングの目の前にはたくさんの食べ物。彼女はそれらを一心不乱に口に運んでいた。
「は、はぅ…ゴホッ、ゴホッ…」
「飯は逃げないからゆっくり食べな。ほら、水」
アニキはハウリングに水を差し出す。彼女は受け取ると一気に飲み干した。
「すみません…。三日も何も食べてないもので…」
「三日も? アタシたちも食事に困ることはあったけど、そこまではなかったね…。そういや、何か言いかけなかった?」
「はい。その、ボクの名前ですが『ハウ』と呼んでいただけると嬉しいです。多分、ハウリングだと呼びにくいかと思いますので」
少女ことハウリングことハウは丁寧に頭を下げながら言った。ボク、と言っているが、紛れもなく女性だろう。しかし、僕は思わず彼女の薄い胸の辺りを見てしまった。こちらの姿は見えていないはずだが、条件反射ですぐに目を逸らした。
「特に呼びにくくはないけど。アンタがそうお望みならそうするよ。ところで、これからどうするんだい、ハウ?」
「そう…ですね。この食事のお礼はさせていただくのは当然として、それが終わったらまたあそこの生活に逆戻りですかね」
「別にお礼なんて気にしなくてもいいのに。…っていうか、あそこの生活って?」
「ええ。野宿です。住む家は少し前に追い出されてしまってまして。はは…」
ハウは平然と話す。僕らも生活に困ることはあり、野宿だって経験したことはある。でも、数日間続けて、という経験はなかった。ある意味、僕たちよりも逞しいかもしれない。
「案外、修羅場くぐり抜けてきてんのかもな。強い人だよ、ハウは」
「そんな、それほどの者では…」
「謙遜しない。さっきみたいなゴミに負けちゃいけないよ」
「恐縮です。そう言っていただけるだけでありがたいです」
ハウは再び頭を下げた。見かけによらず、とても礼儀正しく控え目な性格らしい。彼女の言動から、それが伝わってきた。
「ハウ。相談なんだけど、ここに住む気はない?」
唐突にバレッタは尋ねた。ハウと、アニキも驚いて彼女を見た。
「ここ…お二人の事務所にですか?」
「そう。なんだか放ってはおけないし、アタシらの仕事を手伝ってくれたら、少ないけどお給料も払うし。要は住み込みバイトってわけだね」
アニキはバレッタに詰め寄り、ハウに聞こえないように言った。
「お前、いいのか? 確かに部屋はひとつ空いてるけど…。人を雇ったことなんてねーぞ」
「なんとかなるさ。彼女がアタシたちの仲間だってはっきりしたんだから、こうした方がいいだろ?」
バレッタは腕の輪を見せた。ハウを事務所に運んでからも、光は消えていなかった。
「あの…お二人とも」
「あぁごめんなさい。アンタの気持ちが大事よね。どうする? 答えは急がないけど」
ハウはしばらく考え、やがて答えを出した。
「ボクは…お世話になりたいです。少なくとも今日のお礼だけはしたいんです。精一杯頑張りますので、何とぞよろしくお願いします!」
今日一番の深いお辞儀をして、ハウははっきりと言った。
「よし、決まり。いいね、マズル?」
「仕方ねぇ。あまり良い思いはさせてやれないかもしれないが、よろしく頼むぜ、ハウ」
「はい! 不束者ですがよろしくお願いします。バレッタさん! マズルさん!」
紆余曲折あったが、無事に新しい仲間を迎え入れたアニキたち。バレッタの腕輪の光が、静かに消えていくのが見えた。これで正式に仲間入りということなんだろう。
「ところで、ミュージシャンを目指してるんだろ? 一曲聴かせてもらえるかい?」
「はい。では、僭越ながら…」
ハウは楽器を持ち出し、二人の前で弦を弾き始めた。当然僕は聴いたことのない旋律で、どう反応すれば良いかわからなかったが、どうやら二人も同じだったらしい。
「い、いかがでしょうか…?」
曲を奏で終わったハウは、二人に尋ねた。アニキもバレッタも、回答に困っている様子だった。
「うん、その、気を悪くしないでほしいんだが、俺は音楽に疎くてな。正直なところ、よくわからないんだ」
「アタシもその方面には詳しくなくてね。ごめんね、聴かせてなんて言っておいて…」
最大級に気を遣って感想を述べる二人だったが、ハウは気にしていないようだった。
「いいんです。気になさらないでください。ボク、独学でやってますから」
「独学? じゃあオリジナルってことか。すげぇじゃん。自分で新しい音楽を創り出してるってことだろ?」
「いえ、そんな…。このファッションも、見よう見まねでやってまして」
ハウは恥ずかしそうに、身体をくるりと一回転させた。バレッタは、僕も気になっていたことを尋ねた。
「気になってたんだけどそのほっぺたと肩の模様、タトゥー?」
「ええ。シールのですが。身体に直接彫る人もいるみたいですが、ボクは怖くてとてもとても…」
「アンタ、見た目よりも良い娘だね。気に入ったよ。これからよろしくね」
それからアニキたちは、依頼されていたゴミ拾いの報告に行った後、新しい仲間と夕食を取り、就寝の時間になっていた。
「今日も一日お疲れさん。ゆっくり休んでく…あ、そうもいかないのか」
アニキは思い出したように言い直した。そうか。今までの流れだと『あの日』が来るはずだ。
「はい、お疲れ様です。あの、このあと何かあるんですか?」
「うーん、なんというか…。言ってみれば、夜中に仕事が入るんだよ。だから心の準備だけしといてもらえればいい」
「夜中にお仕事ですか…? だったら、寝る準備をしている場合ではないのでは?」
「いや、いいんだ。ハウは寝ていればいい。俺たちもな」
「そうなんですか…? わかりました。では、おやすみなさい」
怪訝な顔をしたまま、ハウは自室に入っていった。
「はぁ、説明が難しいな。あのセタの野郎、出てきて説明しろってんだ」
同じく自室に戻り、ベッドで横になるアニキ。こちらの姿が見えていると思い、僕は話しかけた。
「まぁでも、良かったですね。無事お仲間も見つかって」
「そうかもしれねえけどな。あの娘、どう見ても戦い向きじゃないように思うんだ。本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですよ。極めて順調に事は運んでおります」
会話を交わす僕らの前に、あの人が不意に姿を現した。アニキが会いたがっていた、セタだ。
「おまっ、突然現れやがって。今回はしばらく出てこなかった癖に…」
「申し訳ありません。こちらにも色々とありまして。…それでは、お二人も予想なさっていると思いますが、あの場所へと参ります」
有無を言わせず、セタは僕らの意識と身体を、どこかへと連れていった。




