ダイヤの紋章
ソイス街から少し離れた道端の宿。そこに勇者一行は一泊していた。
全員が暗く、重苦しい表情をしていたのは、決して疲れだけが原因ではなかった。
「今ヒノちゃんと話してきたよ。やっぱ、ダイヤって貴族は王国にいたんだって。昔、お父さんが魔法の品を作った記録もあったって」
ジェシカは部屋に入ると、そう告げた。鍛冶師ヒノコからもらった魔法具を介し、彼女とやり取りをしていたのだ。
「そうかい。ありがとね。……あの人が言ってたことと合致したわけだね」
バレッタはため息をひとつつき、手を組んで額をつけ、考え込むように黙った。
「未だに信じられない。ハルケンさんが、まさか……、いなくなってしまったなんて……」
ツルギは言葉を探すようにゆっくりと口を開いたが、ハルケンの死という事実は疑いようのないことだった。
「ええ本当に……。あの時、ボクの響壁で守りきれていれば今頃は……。ごめんなさい」
ハウはもどかしさに拳を握りしめた。
「自分を責めない方がいいよ。ハウ君のおかげでここにいるみんなは無事なんだ。不幸中の幸い、と考えよう」
エールはそう言って慰め、ハウはうつむきながら小さく頷いた。
「謝んなきゃいけないのはあちしだよ」
ジェシカは唐突に言った。全員の視線が、彼女に注がれるが、気にせず彼女は続けた。
「この戦いが始まってから、心のどっかで楽しんでるところあった。あいつらをやっつけて、この世界を救えばヒーローになれるって軽く考えてた。……でも、本当の戦いは怪我もするし、最悪死ぬことなんてよく分かってなかった。だからその、甘い気持ちでいたことを、ハルさんに謝りたくて……」
ジェシカは声を詰まらせた。これまでほとんど見せなかった涙を、頬に伝わせながら。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「お前が気に病む必要はない。今まで戦いとは無縁の世界にいたのだから、仕方のないことだ……」
カサンドラはジェシカの頭を撫で、優しく慰めの言葉をかける。ジェシカは黙って頷くだけだった。
「それにしても、あの街の人たち冷たすぎない? あたしたちを白い目で見てさ。おかげで街には泊まりづらいからここにいるんだし。あれじゃ、あたしたちが疫病神みたいじゃない……」
マジーナはそこまで言うと突然黙った。よく考えてみると、いきなりやってきた部外者のせいで被害が自分たちに降りかかったのならば、そう思われても仕方ないと思わざるを得なかったのだ。
「これからどこに行く? 仇討ちの意味もあるけど、やっぱりあのダイヤって奴は倒さなきゃいけないわよね?」
マジーナは重い空気をさらに重くするとは考えつつも、話を変えた。だが、一同はすぐに答えられなかった。
「あの魔法、すごい力を放っているようでした。例えダイヤの居場所がわかっても、正直なところ今の私たちだけで勝てるかわかりませんよ……」
熟練の魔法使いのクロマでも、勝算はなかった。一同はさらに考え込んだ。
「居場所に関してですが、ひとつ手がかりが御座いますやもしれません」
セタが口を開いた。全員の視線は今度はセタに注がれる。
「ダイヤの腕に模様が描かれていましたが、あれはきっと一族の紋章です。彼女がフォーグの貴族だったならば、あの紋章が探す手がかりになるかと思われます」
「腕に模様? よく見てなかったが、どんな模様だったんだ?」
「確かこのようなものだったかと」
セタは紙とペンを用意し、自身の記憶を頼りにダイヤの紋章を描いた。それは、渦巻きのような模様だった。
「渦巻き模様……。どこにでもあるようなもんだがな。手がかりになるのか?」
「そうですね。でも、これをどこかで見たような気がするんですが……」
クロマは記憶を辿る。彼女が答えを出す前に、ツルギは思わず口を滑らせた。
「これ、バレッタさんの背中にあるのと同じじゃないですか?」
「あ、確かに。バレ姉の背中の模様と同じだ……って」
マジーナはきょとんとした表情でツルギを見た。ツルギはしまったという表情を浮かべた。
「何であんたがそれ知ってんの? あたしたちだってつい最近になって知ったのに。あのお風呂場で……」
「あ、いいいや違うんだ。これはその、偶然というか……」
「ちょ、ちょっと。話が脱線しちゃいそうだけど、一旦整理しようよ。この模様と同じのがアタシの背中にあるって、どういうことなの?」
思いもよらず、当事者になったバレッタは困惑していた。
「バレッタ様。可能性の話なのですが、私の主、コスモ様が三つの世界をお創りになったということはお話しいたしましたね?」
「う……うん。言ってたね」
「あくまで可能性ですが、私が案内した神殿を通って、この世界の人間があなた方の世界へ流れていったということも考えられます。そうなれば、あなたとダイヤが遠い親類という可能性も出てくるかと」
バレッタは、ますます困惑していた。




