双子の行方
勇者一行が次の地へと移動していた頃、アンチ・ピースの居城ではエクリプスが日課の祈りをネビュラの像に捧げていた。
彼の元へ足を運ぶ二つの影。サナとレンの物だった。
「お父さん、私たちを呼び出してどうするつもりなんだろう?」
サナは少し不安げな顔をして、レンに尋ねた。
「知らないよ。でも怒られるようなことはないだろ? 今までもそんなことなかったし」
レンは楽観的な返事をした。しかし、弟と対照的な性格の姉は、不安を拭い去ることはできていない様子だった。
「……お父さん? 言われた通りに来ましたよ。何か用ですか?」
一心不乱に祈りを捧げるエクリプスに、サナはそっと声をかけた。エクリプスは彼女らに気づくと、祈りを止めて振り返る。
「二人ともご苦労様です。あなたたちに来ていただいたのは他でもありません。大事な話があるのです」
「大事な話?」
レンは聴き返した。わざわざ呼び出してまでする話というのは何なのか。幼い少年には見当もつかない様子だった。
「ええ。とても大事な話です。あなたたちに関わることなんですから。実はですね……」
そこまで話して、エクリプスは突然黙りこくった。まるで、激しい何かが身体の内側から飛び出してくるかのように、エクリプスは胸を押さえてふらついてしまった。
サナとレンは不安げに、彼の様子を見守っていた。
「お、お父さん?」
「大丈夫……?」
「ええ……大丈夫です。心配はいりません。話の続きですが……、二人にはこれから外に出て、また『工作』をしてきてもらいたいのです」
エクリプスは普段の調子に戻り、そう二人に告げた。『工作』とはサナとレンが行うことのできる、狭魔獣を創り出す作業である。
「それだけ? いつもやってることじゃない」
「楽勝だよ。それじゃ、さっそく行ってくる」
サナとレンは踵を返し、城の外へと駆けていった。
「いってらっしゃい。二人とも、勇者には気をつけるんですよ……」
声は届かなかっただろうが、エクリプスは遠ざかる二人の背中に呟いた。
二人が去った直後、エクリプスの元に現れる別の影があった。それはマズルの元親友のフリント―――こちらではロッシュと名乗る男だった。
「大丈夫かいエクリプス? 体調、悪そうだけど?」
「ロッシュですか。心配には及びません。少し、疲れているだけでしょう。しばらく休めば問題ありません」
「ならいいけど。ところで、あの子たちを外に出したみたいだけど、オレも行った方がいいんじゃないの?」
サナとレンについては、ロッシュはいつも気にかけているようだった。しかし、エクリプスは首を縦には振らなかった。
「その必要はありません。なぜなら……、あの子たちはもう、ここに帰ってくることはないからです」
エクリプスの言葉にロッシュは驚き、静かに尋ねた。
「……それはどういう意味?」
「言葉通りの意味です。つい最近、ネビュラ様の啓示があったのです。あの子どもたちの力は最早必要ない、と。早々に城から追い出せと仰せです」
ロッシュは何も言えずにいた。冷酷なことを平然と言ってのけ、実行に移すエクリプスにただ驚愕していた。
「仮にネビュラ様のお告げだとして、君は本当にそれでいいのか? あの子たちが大切じゃないのかい?」
エクリプスは少し考えた後、口を開く。
「大切といえば大切です。ですが私にとってネビュラ様は絶対。あのお方以外の言葉は何の意味もありません。ネビュラ様は私の全てなのですから」
ロッシュはまた言葉を失っていたが、やがてサナたちと同じように踵を返した。
「どちらへ?」
「二人のところさ。連れ戻しはしない。見守ってあげるだけだ」
「……いいでしょう。勝手にしなさい。しかし、ご自分の仕事も忘れないように」
「わかってるさ。……あの子たちに直接追い出すことを言わなかったのは、君の最後の優しさだと信じてるからね」
ロッシュはそれだけ言い残し、城の外へ走り去った。
「……へぇ、また面白くなってきたねぇ」
二人のやり取りを、ライサは柱の影からずっと見ていた。




