勇者の決断
カミカゼの提案した勝負に乗り、ツルギとエールは狭魔獣を次から次へと斬り伏せ始めた。剣の腕前に関しては、二人とも互いに勝るとも劣らない力量であり、その二人が共に力を合わせるのだからかなりの実力になるはずだった。
だが、相手のカミカゼもまた、想像以上の剣の達人だった。流れるような剣捌きで、大量の魔獣をどんどん蹴散らしていく。その仕事の速さたるや、二人がかりでも追いつかないほどだった。
「あいつ、凄すぎない……? ツルさんとエーさんだけじゃ負けちゃうかも……」
「確かに凄まじい剣の使い手だ。奴の自信も、口だけではなかったということか」
ジェシカとカサンドラはカミカゼの剣技に目を見張った。
「あの、私もお手伝いすべきでしょうか? お二方ほどではないかもしれませんがそれなりに戦闘の心得もございます」
「お気持ちはありがたいですが、おそらく先生とツルギさんはお断りするかと思います。剣士二人で勝負するという約束ですし」
仲間に加入したばかりのハルケンはおずおずと尋ねる。クロマはそれを、やんわりと止めた。
「はぁ、左様ですか。では、お二方の勝利を祈るしかありませんな」
「ええ。応援しましょう、私たちで」
再び、全員の視線が魔獣の大群に注がれる。
魔獣ひしめく真っ只中にいるツルギとエールも、状況を飲み込み始めていた。開始から既に一時間経過し、疲労は増えたが魔獣の数は減っている様子はなかった。
「はぁ、はぁ、流石に数が多いですね……。カミカゼは、一人でどんどんやっつけているみたいですが」
「ああ。正直なところ、こちらは全然追いついていないと思われる。だが勝負は最後までわからない。今は全力を尽くすほかないだろう」
「ええ。僕もそのつもりです」
ツルギとエールは剣の柄を強く握りしめる。
その時、勝負を停止させる声が響いた。
「た、大変です、皆さん!!」
声の主はハルケンだった。血相を変えて、温泉街の方から駆けてくる。
「どうした? 何か街であったのか?」
「はい、それが街の方から悲鳴のような声が聴こえたので様子を見に行きましたところ、魔獣が現れたようなのです。数が多いので皆様にお知らせした方がよろしいかと判断しまして……」
息をきらし、ハルケンは報告する。話を聞いたマズルたちは、すぐに向かう準備を始めた。
「よしわかった。俺たちはそっちを片付ける。みんな行くぞ!」
「はいっ」
マズルたちは街へと舞い戻っていく。
「聞こえました? 街が大変らしいです。僕たちも向かうべきでは?」
ハルケンの報告と、マズルたちの行動から状況を理解したツルギは、エールに接近して尋ねた。
「そのようだね。できるなら、我々も向かいたいところだ。しかし、今は戦いの最中であるが……」
「でも街の人々に何かあったら、この先ずっと後悔すると思います。……無理を承知でお願いします、ここはエールさんにお任せしてもいいですか?」
「ふふっ、君ならそう言うと思っていた。今優先すべきはそっちだろうね。私も同行するよ」
「ありがとうございます!」
二人は戦闘を切り上げ、同じく街へと走った。
一方、魔獣を斬り伏せながら傍目でエールたちの様子を伺っていたカミカゼも、事の次第をある程度理解していた。
(ふん、勝負の最中に背中を向けて逃げるとは。所詮は勇者というのも名だけのものか)
そう考えたカミカゼだったが、一行が向かった先を見ると気に迷いが生まれた。
(奴らが向かったのは、温泉街か? まさか、何かあったのか。……否、私には関係のないことだ。今は勝負の、真っ只中なのだから……)
惑うカミカゼの、手は止まっていた。




