エールの葛藤
カミカゼが正体を明かすと、勇者たちは即座に距離を取り警戒した。各々、得物に手をかけて臨戦態勢をとるが、相手はその素振りすら見せていなかった。
「まさかこんな形で出会うことになるとはな……。一体ここで何を企んでいる?」
マズルは銃を構え、引き金に指をかけた。
しかし、それでもカミカゼは自分のペースを乱すことなく答える。
「待て、今ここでやり合うつもりはない。今はただ、汗を流すためにここへ来ただけだ」
カミカゼは目前の温泉施設を指さして言った。すぐさま、マズルは言い返した。
「汗を流すだと? ふざけんな、俺たちはお前と戦うためにここに……」
「ま、まぁまぁ。とりあえず彼は戦う気はないようだし、ここは待ってもいいんじゃないかな?」
エールはマズルの前に立ち、制止させた。マズルは納得がいかない様子で反発する。
「待つだって? 逃げられたらどうする? どうせそうするための口実に決まってる」
「それならこの周りを囲って見張ればいい。姿を消すことなどしなければ、逃げられないだろう」
エールは毅然とした態度で言った。
その会話を聞いていたのか、カミカゼはエールの背後から声をかけた。
「ふん、勝手にするがいい。私は逃げも隠れもするつもりはないがな。では、失礼する」
そう言い残し、カミカゼは施設へと足を踏み入れた。
その後、一行は複数に分かれて施設の周りをぐるりと囲み、カミカゼが出てくるのを待った。
偶然か意図してか、マズルはエールと同じ場所に佇み、腰を降ろしてその時を待っていた。
「いいのかよ? あんな悠長なこと言って。逃げられたらどう責任取る?」
「その恐れはないと判断したからだよ。彼の言葉には嘘がないように感じたからね」
厳しく嗜めるマズルに、またしてもエールは毅然として答えた。
「本当かよ。そういやお前、あいつらとはわかり合えるかもしれない、なんて言ってたよな。まだそう考えてるのか?」
「そうかもしれない。自分でもわからないが、あのカミカゼと言う男には、先に出会ったスコールとも違う何かを感じたんだ。彼は刀を使うみたいだし、戦いになったら私が行こうと思う」
「それで責任を取るつもりか? だったら俺は止めねえが……。でもそりゃ逃げられなかったらの話で……」
と、その時、カミカゼは堂々と入り口から出てきた。即座に立ち上がった二人を見下ろし、静かに口を開く。
「私を見張っていたのか。ご苦労なことだ。逃げるつもりはなかったというのに」
「初対面の敵の言葉を鵜呑みになんてできねえだろ。とにかく、もうどこにも行かせないからな」
他の場所に散らばったマジーナたちを呼び戻し、再び両者は対峙した。
「それで、お前はここで何をするつもりだったんだ? まさかただ温泉に入りに来たわけじゃないだろ?」
「そんなわけがなかろう。ここに来たのは、私の刀の手入れのためでもある」
「手入れ?」
「そうだ。私の刀は少々特殊でな。定期的に物を切らなければ切れ味が落ちるのだ。ゆえに、度々ここに足を運んでは湯にも浸かる、というわけだ」
自らの刀のために物を切るということをさも当然のように語ったカミカゼに、一同は言葉が出なかった。
「やっぱりこいつは危険だ。ここで止めねえと、被害が出続けるぞ」
マズルは指を突きつけて言い放つ。カミカゼはわかっていたかのようにため息混じりに呟いた。
「貴殿らと戦いは避けられぬか。良かろう、相手になる。勝負は、剣でつけるのがいいかと思うが、いかがかな?」
「望むところよ。こっちには腕のたつ剣士が二人もいるんだからね!」
なぜか、剣を使わないマジーナが答え、ツルギとエールの背中を後押しした。
「ふむ、相手にとって不足なし。そちらは二人で来るが良かろう。対決内容だが、より多くの物を切った方が勝ちでどうだ?」
「物を切る? まさか、私たちに人を切らせるつもりか?」
エールはそれはできない、とばかりに口を挟んだ。
「それは私も御免被る。しかし、この近くにおあつらえ向きの場所がある。ついて参れ」
そう言うとカミカゼは、一人町の外へと歩いていった。




