禁忌
温泉に入り、ここに来るまでの疲れを癒やしていた僕たち。そうだったはずなのに、僕の頭はもやがかかったようにぼんやりとしていた。
意識がはっきりとしてきた頃、目の前にはマズルとエール、ワカバ、セタ、そしてハルケン。全員が屈んで、何かに対して声をかけていることに気づいた。
その何かとは、裸(腰にタオルは巻いてあるが)で床に横たわる僕、ツルギの姿だった。
一体この状況は何なんだ? 僕は死んでしまったのか? そんな考えが頭をよぎるが、冷静になってみると、この状況が初めてではないことに気づく。
「おーい、大丈夫か? やべ、のぼせたのか……? ツルギ、しっかりしろ!」
マズルは僕の頬を軽く叩きながら呼びかける。もちろん、寝ている僕の身体に対して。
「あまり刺激を与えてはいけない気がする。ワカバ君の力で癒やしてみてはどうだろう?」
「はい、やってみます」
エールの提案で、ワカバの回復が行われる。しかし、倒れた僕は目を醒まさない。それはそうだ。魂はここにいるんだから。
理由はわからないが、今僕は魂が身体を離れ、マズル以外には見えない状態で立っている。久しぶりの"追体験"だ。
そのマズルも、僕の蘇生に必死で傍に立つ僕には気づかないらしい。あるいは、温泉の湯気によるものか。
「申し訳ありません、私がここに連れてきたばかりに……」
ハルケンは申し訳なさそうにうなだれた。まさか、疲れを癒やすために紹介した温泉で、こんなことになるとは思いもしなかっただろう。いや、実際は何事もないのだが。
「あんたのせいじゃないさ。とりあえず、こいつを涼しい所に運んだ方が良さそうだな」
そう言ってマズルは僕の両腕を掴み、エールは両脚を持って外へと向かおうとする。
まずいな、大事にならないうちにマズルに知らせよう。僕は声をかけようとした。
「あれ? なんですかバレッタさん、それ」
その時、女湯の方から声が聞こえ、思わずそちらに意識が向いた。
「何って?」
「背中です。何か描いてあるみたいな……」
「背中? って言っても自分じゃ見られないけど……」
会話を聞いていた僕は迷った。気になる。一体何がバレッタの背中にあるのか。しかし、そこは女湯だ。どこの世界でも、覗きが違法なのは同じである。そんな馬鹿をやらかしてまで、好奇心を満たそうとするのは愚かだ。
……だけど、知っておくべきではないか。一応、マジーナたちのリーダーを務めている僕に変な責任感が湧いてきた。
ちょっとだけ見てみよう。別に女性陣の裸を見たいわけではない。確認したら、すぐに引っ込めればいい話だ。
勝手に結論づけた僕は、意を決して男湯と女湯を隔てる壁に頭を突っ込んだ。
頭だけ出したのは重くのしかかる背徳感からであるが、とにかく女湯側は覗くことができた。しかし、男湯と同様にたちこめる湯気で視界は悪い。更に、幸か不幸か女性陣は同じくタオルで胸から下を隠していたため、少しホッとした。
だが、バレッタの背中ははっきりと見えた。彼女の背中には、渦巻きのような模様があった。しかも、うっすらと光っても見える。あんな模様、僕たちの世界でも見たことはなかった。
「なんだか、渦巻き模様みたいです。それにちょっと光ってるような……。昔からあったんですか?」
「さぁ……。小さい頃はともかく人と風呂に入るなんてそうそうなかったし、気づかなかったね。昔からあったとしても、光ってたら誰か気づくだろうし」
「誰かに付けられたということもないですよね。それじゃ一体、これは……」
静まり返る女湯。マズルたちが心配していることもあり、僕は自分の身体へと戻った。
「いや~しかし、いい湯だったな」
外の風を浴び、マズルは気持ちよさそうに言った。
あれから急いで身体の元に向かうと、魂は吸い込まれるように身体へと入り、意識を取り戻すことができた。一時は心配していたマズルたちも一安心し、今に至る。
「本当に大丈夫なのかい? 割と長い時間、気を失っていたけれども」
エールは心配そうに声をかけてきた。予想外の"追体験"が発生して、ましてやそれで女湯側を見てきたなどとは言えなかった。
「大丈夫です。ちょっとのぼせただけでしたから」
「そうか。無理は禁物だよ。これからも戦い続いていくだろうから」
「お気遣いありがとうございます。ところで、セタさんはどこにいるかご存知ですか?」
「セタ君なら、町の外を見てくると言っていたよ。確か向こうの方角に行ったかな」
「わかりました。ちょっと聞きたいことがあるので、行ってきます」
エールにそう告げて、僕はセタの元へ向かった。
間もなくして、セタは見つかった。好都合にも、一人でいる。
「セタさん、ちょっとよろしいですか?」
「これはツルギ様。もう御体は大丈夫ですか? 私に何か御用で?」
「ええ、実は"追体験"についてなんですが……」
僕はセタに、追体験についての詳細を尋ねた。一応、さっきの予期せぬ事態については伏せたままで。
「"追体験"につきましては、実のところ私にもわからないことが多いのです。我が主の力によるものが大きいもので。ただ、主が認める縁の深い方同士の間で、起こるべくして起こる現象だと認識しております」
「そうでしたか……」
「ですが、何故今になってそれを?」
「ええと、実はさっき……」
その時、町の中からざわめきが聞こえ、人々が慌ただしく動き始めた。僕は会話を切り上げてセタと目配せし、町の中へと戻っていった。




