勝利、そして次なる地へ
夜が明け、スコールが姿を現した。
自作の花を運んで来たスコールは、ワカバたちが育てた花の隣にそれを植え、二つを見比べられるようにした。
そして、しばらく二つの花を交互に見た後、口を開いた。
「……オレの負けだな。文句なし。お前らの勝ちだ」
ワカバが一晩かけて力を注いだ花は、立派なものに育っていた。スコールの育てた花も素晴らしい出来だったが、大きさや色鮮やかさにおいても、敵わなかった。
「ずいぶんあっさり負けを認めるのね。てっきり変な難癖つけてオレの勝ち〜、とか言うのかと思った」
スコールに疑心の目を向けるマジーナは、少し拍子抜けした様子で言った。
「意地の悪い娘だなぁお前。素直に喜べや。プラントの止め方も教えてやんだからよ」
スコールは話した。プラントには人間でいうツボのようなものがあり、そこを突けば活動を停止する、と。その位置まで、彼は教えたのだった。
「よっと。……これで本当に、不の種は撒かれないんだね?」
ツルギはプラントのツボを袈裟切りにすると、振り返ってスコールに尋ねた。
「ああ。見てみればよくわかっぞ。ほれ」
スコールの言う通り、プラントはゆっくりと萎んでいた。軟体生物のように不気味に蠢きながら縮んでいき、最終的には子供の膝丈ほどの大きさまでになり、しなびて動かなくなった。
「これで、不の種の問題は解決ですね。ご協力、感謝しますよ。スコール殿」
セタはプラントの活動停止を確認し、スコールに対して深々と頭を下げた。
それを見たスコールは不思議そうに言う。
「感謝? お前もおかしな奴だな。オレは敵だってのに」
「ええ。わかっておりますとも。しかし、我々にフェアな勝負を持ちかけ、更にご自身の負けをきちんと認めた。当然の行いではありますが、感謝に値すると存じましたゆえ」
セタの言葉を、スコールは黙って聞いていた。
しばらくして、被った仮面の縁を擦りながら、呟いた。
「敵ながら天晴ってか。なるほど。お前さんらが勇者って呼ばれるのが、少しわかった気がする。ありがとよ、楽しい勝負だったぜ」
スコールからも出た感謝の言葉。勇者たちはそれぞれ違う驚きを感じていた。
「さ、もう行け。さしずめ、他の場所にも向かうんだろ。オレもこの村には用がなくなったから、ここでお別れだな。せいぜい、達者でな」
スコールに促される形で、一行はその場を後にした。
その夜、村を救ったことにより、一行は村人たちからささやかなもてなしを受けていた。
「なんか、調子狂ったなぁ。あいつ、あんなに簡単に負けを認めるんだもん」
村長の家にて粗末なパンを頬張りながら、マジーナは呟いた。未だに納得がいかない様子だ。
「ま、まぁ、無事に勝つことができて、プラントも止めることができましたし、良かったですよ。ね?」
マジーナの機嫌を直そうと、クロマは水をコップに注いで彼女の前に差し出した。
「そうだよ。とりあえず結果オーライ。今は勝利を喜ぼうじゃないのさ」
バレッタは豪快に肉を頬張り、水で一気に流し込んだ。
「まぁバレ姉が言うならそういうことにして……ああっ!!」
突然、マジーナは叫んだ。バレッタは驚いてむせた。部屋のほぼ全員が、彼女に視線を注ぐ。
「ど、どうした、マジーナ?」
ツルギはおずおずと尋ねる。
「すっかり忘れてた。夜中にダストたちを仕向けたのは絶対あいつよ。とっちめておくんだった……。ああ悔しい〜!!」
マジーナは地団駄を踏みながら悔しがった。
「こらマジーナ。静かにしないか。ワカバが起きてしまう……」
そう言ったカサンドラの腕の中で、ワカバはすやすやと寝息を立てていた。マジーナは咳払いをして口をつぐんだ。
「よく寝てる。今日一日ずっとだよね。よっぽど疲れたんだ」
ワカバの気持ちよさそうな寝顔を覗き込んで、ジェシカは微笑んだ。
「そうですよ。一人だけ夜通し頑張ってたんですもん」
ハウは傍で座り、静かにその様子を見守っていた。
「ううん……。お兄ちゃん……。大丈夫、僕、役に立ててるから……」
ワカバは寝言をこぼした。はっきりと聞き取れる言葉だった。
「うん、友達も一緒に、頑張るから……」
更に続けるワカバの寝言。ハウは少し、顔を赤らめて俯いた。
一方、エールは何かを考えるように黙り込んでいた。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
マズルは横から尋ねた。その一言でエールははっと我に返った。
「ああ、大したことじゃないさ。ちょっと、思うところがあってね」
「思うところ?」
「敵のことさ。あのスコールという男、どうにもそこまで悪い者には思えなくてね。もしかしたら、彼らともわかり合える道もあるんじゃないかとね……」
エールは顔を上げ、窓の外の景色に視線を移し、それ以上は何も言わなかった。
「……例えいい奴だったにしても、他の奴らはどうかわかんないだろ? 現に俺たちを襲ったエクリプスって奴は完全に悪だ。その仲間なんだから、やっぱ倒さねえといけないと思うが」
「そうだね。すまない、今の話は気にしないでくれ」
エールは自らの気持ちを誤魔化すように笑って言った。
その頃、村から離れた山中にて、獣道を歩く人影があった。
仮面をつけたその影、スコールは自分で言った通りに、村を後にして何処かへと歩を進めていたのであった。
そこに、突然の来訪者。
「よう、スコール。こんなトコで出会うなんざ、奇遇じゃねえか」
その者も仮面をつけた、異様に細い身体の男。ライサと呼ばれた男だった。
「ライサ。何の用だ? 大事な用でなければ、オレは行く」
「つれねえなァ。せっかくお前を勝たせてやろうと、色々やってやったのに。その態度かい」
スコールは歩みを止めた。鋭い眼光が、仮面の隙間から覗き、ライサに突き刺さっているかのようだった。
「お前か? あいつらの花をめちゃくちゃにしたのは?」
「御名答。正確には俺様じゃなくて、ダストどもにやらせたんだがな。ケケ」
ライサは面白そうに説明したが、スコールは真逆だった。
「余計な真似しやがって。オレは正々堂々とやりたかったんだ。手を貸せなんて言った覚えはねえ」
「正々堂々だ? そんで負けたら何になる。言っとくがプラントが停止したと聞いたエクリプスは機嫌が悪いんだぞ? お前、これからどうするつもりだ?」
「しばらく身を隠すつもりだ。ネビュラ様が目覚めたら、きっと無事じゃいられねえ。少しでも、命を繋ぐ準備をしねえとな。お前も良く考えてみろ。自分が今すべきことをな……」
「フン、勝手にしろ。俺様は俺様のやりたいようにやらせてもらうからなァ」
スコールとライサは、それぞれ反対方向へ向かい、姿をくらませた。




