新しい仲間は寝ぼすけ?
ワカバ:植物と人間の混合種、ドラシル族の少年。常にマイペース、寝ていることが多い。
「あーもう何よこのトゲトゲ。ローブがいくつあっても足りないじゃない…。また買い替えなきゃ」
愚痴をこぼしながら進むマジーナと、口答えはせずに黙々と歩くツルギ。二人の足元には茨がそこかしこに生えており、進行を妨げていた。
「…それにしても、人探しってこんな山奥に本当にいるのかね。しかも、情報が少なすぎると思わない?」
確かにマジーナの言葉通りだった。二人がクエストを受けた際にもらった情報は、『少年で緑色の髪』という、たったそれだけだった。それに当てはまる人間ならあまりにも多すぎるが、この山にいる人間とくれば、話は変わってくるだろう。
ツルギも同意見だったのか、俺の考えを代弁してくれた。
「この山にいる緑髪の少年、なら絞られるよ。ここ、滅多に人が寄りつかないって聞くし」
「そうかしらね。ま、早く見つかってほしいけど。こういう髪色の少年がね」
マジーナは自分の翠色の髪をいじりながら言った。
「ねぇツルギ。私、考えてたんだけどさ」
余計な体力を使わないようにと、会話もせずにしばらく歩く最中、マジーナは唐突に口を開いた。
「何? このクエストの話? 今言わなきゃならないこと?」
ここまで歩いてきて疲労が蓄積しているのか、ツルギは珍しく苛立ったように返した。
「ううん。大事な話じゃないんだけどね、私らのパーティに必要なのって、癒し手なんじゃないかなって思ったの」
癒し手。初めてツルギの追体験をした日に言っていた。その名の通り、他人の傷を治す職業なんだろう。
「癒し手かぁ。確かに今一番欲しい人だな…」
「でしょ? この前のバレ姉たちとの戦いでも、危ない場面があったし。これから必要になってくるはずよ」
ツルギは少し考えた後、再び口を開く。
「だけど、今癒し手さんは貴重な職業だって聞いたことある。そう都合よく見つかるかな」
「まぁそれも事実ね…。回復魔法ってね、魔力を大量に消費するから、扱いが難しいのよ。当然、使い手も少ない。私たちのパーティランクじゃ、加入してくれる人がいるかどうかよね」
こちらの世界でも思うようにいかないことはあるらしい。結局は成果が物をいうということなのか。
「それにはクエストをクリアして、パーティランクを上げなきゃ。仲間を見つけようにも見つか」
前方不注意で歩いていたツルギは、突然俺とマジーナの目の前から姿を消した。
「ツルギ! あんたちょっと…どこに…!?」
マジーナと俺は辺りを捜索したが、どこにもツルギの姿は見当たらない。その時、あいつの声が聞こえてきた。
「マジーナ〜。僕はここだよ……」
「ツルギ? ここってどこよ!?」
その声は今いる場所よりも下の方から聞こえていた。
ツルギが消えた辺りをよく見ると、そこから先は地面がなく、崖になっていた。おそらく足を踏み外して落ちたのだろう。マジーナもそれを理解したのか、大きく迂回して崖の下へと向かった。
ツルギの元へと駆けつけると、あいつは足を押さえて座っていた。さっきの落下で、痛めたのだろうか。
「大丈夫? 足、怪我したの?」
「うん。けっこう高さあったし。でも地面は柔らかかったから、大事には至らなかったかな…いててっ」
「それでも怪我には変わらないわよ。どうしよう…。一旦町に帰る? とりあえず、私に掴まって」
「ありがとう。でもここまで来たら、目的を達成していきたいよ。僕のために、クエスト失敗なんて嫌だから」
ツルギはマジーナの肩を借りて立ち上がった。
お人好しのガキ、という印象を持っていたが、意外と根性のある奴だな。俺は一瞬、そう思った。
「んー…だれ? ひと? それとも…」
その時、近くから知らない声が聞こえた。子供のように高めの、どこかぼんやりした声だった。
「ツルギ、今何か言った?」
「いや? マジーナこそ」
「私も言ってない。てことは、誰か近くに…。まさかマズルさん?」
「アニキの声は聞こえないはずだよ。それに、あの声は絶対に違うものだった」
その通りだ。あんな声は俺には出せない。二人に混じって俺も周囲を見渡すと、茨で作られた繭のような物を見つけた。人一人が余裕で入れるほどの大きさだ。
その繭には、大きな裂け目が空いていた。ツルギとマジーナの後ろから覗き込むと、中には小さな子供が一人、ボロボロの衣服を纏って横たわっていた。
「ちょっと、あなた、大丈夫?」
「こんなところでどうしたの? こっち来る?」
「………」
二人は子供に声をかけるが、子供は横になったままで動かない。痺れを切らしたツルギたちは、繭の中に押し入った。
近くに寄ってみて、俺は初めて気がついた。子供の髪色が、深い緑色だったことを。二人もそれに気づき、顔を見合わせた。
「ツルギ、この子、緑色の髪の毛よ…。もしかしてクエストの探し人じゃ…」
「髪の毛、じゃないね。よく見てみてよ」
ツルギの言っていることが理解できなかったのはマジーナも同じだったらしい。彼女と共に間近で見てみると、その真意を理解することができた。
「…! これって、草?」
「そうみたい。あと、この辺もよーく見ると毛の代わりに、芽が生えてるよ」
子供の腕には、本来なら産毛が生えているであろう部分に小さな芽があった。ただ、腕の芽も頭の草も、かなり細かく深緑色なので、遠目に見ると普通の人間にしか見えなかった。
「すごーい。本当に芽だ。この髪の毛…いや髪の草? 本当に毛にしか見えない…」
「んー、あんまりさわらないでほしい…」
興味津々で子供の身体を観察し、触れていたマジーナは慌てて手を引いた。
「ああごめんね。嫌だった? ていうか、起きてたのね」
子供は目を擦りながら起き上がった。見た目は十歳に満たないほどで、女の子と言われても疑われない容姿をしている。だが、クエストの探し人なのだとしたら、少年で間違いないのだろう。
「君、ずっとここにいるの? お父さんやお母さんは?」
「いない。ずっとまえに、いなくなっちゃったから」
子供の話から、だいたいのことを察したツルギは話題を逸らした。
「…そっか。ごめんね、こんな話させて。僕たち、君に会いに来たんだ。君を探してるっていう人がいるから」
「ボクを? さがしてたの?」
「そうよ。良かったら、私たちと一緒に来てくれな…」
その時、繭の外から物音が聞こえた。マジーナが外を確認すると、鳥の姿をした奇怪な生物が宙を舞っていた。
「こんな時に魔物!? もう、こっちは取り込み中だってのに。行くわよツルギ…って、足が…」
ツルギは未だに一人では歩けそうになかった。できるものなら俺が肩を貸してやりたかったが、何もできない状況がもどかしかった。
「ごめん、追っ払うだけでもいいから、お願いできる?」
「難しい注文ね。いいわ、できるだけやってみるから」
マジーナはツルギと子供を巻き込まないようにと外に出て、魔物と戦闘を始めた。
魔物はすばしっこく空を飛び、マジーナを翻弄する。彼女のお得意の魔法も、ほとんどが避けられていた。
「もう、手こずらせるんじゃないわよ…! "レール"! このっ、この!!」
苛立ち、魔法を連発するマジーナ。だがその気合いも虚しく、全て当たらなかった。
一方、ツルギと子供の様子はというと。
「マジーナ…。大丈夫かな。あんなに魔法を連発したら、魔力がなくなっちゃう」
マジーナの戦いを見守りながら、ツルギは自分の足をぐっと押さえた。
それを見ていた子供は、心配そうに尋ねてきた。
「おにいさん、あし、いたいの?」
「うん、さっき上から落っこちてね。でも、大したことないし…」
「いま、なおしてあげるね」
「…え?」
子供が目を閉じ、胸の前で手を組むと、周りの空気が澄んだ気がした。そして、腫れていたツルギの足が、みるみるうちに治っていくのが目に見えた。
「これは…。君の力なの?」
「うん。ボクたちのチカラ。もうだいじょうぶでしょ? おねえさんをたすけてあげて」
「よし、ありがとう」
ツルギは繭の外に出て、マジーナに加勢を始めた。
「ツルギ? あんた足は? 大丈夫なの?」
「あの子のおかげみたい。もうすっかりさ。早く、あいつをやっつけよう…と言いたいけど、僕の剣じゃ届かないしな。君の魔力だってもうほとんどないだろう?」
「…ええ。だから防戦一方よ。どうしたもんかしらね」
考えあぐねる二人の元に、いつからそこにいたのか、あの子供が側にいた。
「おにいさんたち、こまってるの?」
「あ、あなたいつの間に? まぁ、困ってるのは本当だけど。危ないから下がってて」
「ボク、おてつだいするね」
子供は再び目を閉じると、周囲の木々が揺れ始めた気がした。それは気のせいではなく、魔物の側にあった木の枝が動き出していた。
ひとりでに動き出した枝は、魔物の身体に絡みつく。予想外のことに焦った魔物は、もがきながらもあっという間に枝の鎖に縛られていた。
「一体どういう…。考えてる暇はないか。くらいなさい、全力の…"レール"!!」
マジーナの一声で発せられた大きな雷が、身動きの取れない魔物にクリーンヒット。魔物は黒焦げになって、地面に落ちた。
「んー、つかれちゃった。おやすみなさい…」
子供は、説明が欲しいと言いたげな二人をよそに、その場で眠り始めた。
その後、無事に下山したツルギとマジーナ。そして傍らには、不思議な植物少年。三人はギルドの受付嬢、リベラの元にいた。
「…はい、確かに依頼の対象で間違いありませんね。では、クエスト達成です。それでは報酬のゴールドをお受け取りください」
リベラは金の入った袋を手渡した。マジーナはそれを受け取ると、あまり人には見せたくないような表情で呟いた。
「ありがとう。…ぐふふ、これでまた一週間は安心して暮らせる。あっでもその前に、ローブを買い替えなきゃ…」
彼女の年頃からして、金に汚くなるのはあまり好ましいことではないと思うが、そこがまたバレッタと気が合う要因なのかもしれない。
ツルギも苦笑いしていたが、思い出したように少年の方を見、リベラに問いかけた。
「あの、この子はこれからどうしたらいいんでしょう?」
「そうですね。私どもはただ、その子が見つかったら報告してくれとだけ言われています。その後のことについては何も言われておりませんので」
「その依頼って、この子の家族や知り合いじゃないんですか?」
「わかりません。匿名の依頼だったものですから。とにかく、その後については我々の管轄外ですので、ご自由に」
リベラは冷淡に言い切った。マジーナは少年に、前から決めていたかのように語りかけた。
「だったらさ、私たちと一緒に来ない?」
「いっしょに…?」
「そう。あなたの癒やしの力とか草木を操る力、すごかったもん。絶対に必要になるって…!?」
マジーナは突如、言葉を切った。自分の左腕を見つめて動かない。
「どうしたの、マジーナ?」
「ツルギ、今まで気づかなかったけど、このリング光ってる。これってやっぱり…」
セタからの贈り物のリングに付けられた宝石が、ピカピカと光っていた。山を登っている時は、全くといっていいほど光っていなかった。
「もしかして、この子に反応してる?」
「きっとそうよ。仲間を探すのに役立ててって言われてるし。よーし、決まりよ。私たちの仲間になって。…えーっと?」
「ワカバ。ボクのなまえ。いっしょにいてくれるの? おねえさんたち」
ワカバと名乗る少年は、はっきりと聞かれていないにも関わらず答えた。見た目に反して、意外と賢い奴なのかもしれない。
「うん。君の力が必要なんだ。でも、いいのかい? 僕らの都合で、あの山から出してしまったのに」
「いいよ。こまってるひとは、たすけてあげなさいっていわれてたから」
「やった、本当に決まりね。じゃ、ここで正式にパーティ加入ってことで」
マジーナはカウンター越しにリベラに言った。パーティに加入するには、受付に申請する必要があるのだろうか。
「ふむ、人ならざる者がパーティ加入というのは珍しいことではありませんが、"ドラシル族"とは珍しいですね」
「ドラシル族…?」
「この子のように植物と人間の混合種族です。既にご存知とは思いますが、癒やしの力と植物を動かす力があります。本来なら、集団で生活しているはずなのですが」
ツルギとマジーナ、そしてリベラは、またウトウトと眠りそうなワカバを見つめていた。
それから時は過ぎ、夜になった。ワカバの服はボロボロだったため、マジーナは奮発して新調させ、自分と同じ部屋で眠らせることになった。
ベッドに潜ったツルギに、俺は話しかける。
「お疲れさん、なかなか大変なクエストだったな」
「お疲れ様です、アニキ。怪我もしましたしね。でも、新しい仲間が見つかって言うことなしですよ」
「あのワカバって子、ちっちゃいけど大丈夫なのか? そのドラシル族って奴ら、どんな種族なんだ?」
「僕も初めて聞きました。だけど、あの癒やしの力だけでもすごいじゃないですか。頼もしい味方になってくれますよ」
「だといいけどな。…うっ、またこの感じか…」
今日はあいつ、セタは現れないのか。そう思いながら、俺は意識が薄れていった。




