傷つかない戦い
「い、育成……」
「対決?」
ツルギとマズルは順番に、スコールの言葉を繰り返した。
これから戦いが始まり、血を流すことになるかもしれない。そんな状況での相手からの提案。拍子抜けしても不思議はなかった。他の全員も然りである。
「そだ。何度も言ったろ? オレは荒っぽいことが嫌いなんだ。本当はな……」
スコールは足元の土を、スコップで掘り返して見せる。乾いた土が、小さな山になった。
「こうやって耕して、作物を育てんのが好きなんだ。できるもんなら、おめえらとやり合いたくねえ。だけども、戦わねーとオレの面目ってモンがな……。つうことで、傷つけ合わずに戦う方法を考えたってわけだ。どーだ?」
各々が互いを見合わせ、回答に困った。スコールの言い分は嘘かもしれない。得体の知れない敵の言葉であるためその疑念がますます深まった。
「スコール殿。貴方の言葉、信じてもよろしいのですね?」
セタはそう切り出した。スコールは大きく頷いて答える。
「おうよ。男に二言はねぇ」
「わかりました。ではその勝負、受けて立ちましょう」
セタは軽く頭を下げて言った。マズルたちはざわめくが、スコールは満足げだった。
「ようし、良い返事だ。そうと決まりゃ、準備に取りかかっぞ」
スコールはどこかへ向かい、姿をくらました。
すぐさま、マズルはセタに詰め寄る。
「おい、あんなに簡単に受けちまってよかったのか?」
「そうよ。あいつ、敵の一人なんでしょ? 何企んでるかわかんないわよ」
マジーナも同調した。しかし、セタは涼しい顔で返す。
「私は問題ないと存じます。もしも相手が手段を選ばない非情な者であれば、我々を騙してプラントとは別の場所へ誘導し、そこで始末することもできたはずです。あの者の言葉は信用するに値すると感じました。それに、傷つかず決着がつくのであれば、それが一番ではありませんか?」
「そりゃまぁ、そうだけど……」
マジーナは口ごもった。幸いにも、勇者たちの中に血を好むような体質を持つ者はいなかったため、全員それ以上反論しなかった。
「それに、私たちには心強い味方がいらっしゃいます。私は勝利を確信していますよ」
セタの指す手の先には、視線を注がれて戸惑いを見せるワカバがいた。
「ぼ、僕ですか?」
「ええ。植物と意思疎通ができるドラシル族の貴方がいれば、彼の言う育成対決には有利だと思われます」
「そうかなぁ、他の植物を育てたことないし……」
自信なさげに首を傾げるワカバ。そこに、スコールは帰ってきた。両腕いっぱいに、袋やら道具やらを抱えている。
「これが種と肥料だ。耕作道具もひと通り揃ってる。この種は半日もすりゃ花を咲かせるから、明日の朝までに立派なやつを作った方が勝ちだ。それでいいか?」
「了解です。正々堂々、ズルはなしで」
ツルギはまっすぐスコールを見据え、はっきりと言った。
「もちろんだ。オレは向こうの畑でやるから、おめえらはそっちの畑でやれ。それじゃ、お手並み拝見だな」
スコールと勇者一行、それぞれの畑につき、少々奇妙な勝負が始まった。
畑の土を掘り返して耕し、そこに種をまいて軽く土を被せる。その上から水をまき、あとは芽が出るのを待つだけだった。
「おっ、すごいすごい。本当にもう芽が出てきた。半日で花が咲くって本当だったんだ」
一連の作業を終え、地面に腰を下ろしていたマジーナは、出てきた芽を見て驚きの声を上げた。
「ふむ、確かにあのスコールの話は真実だった。ということは、卑怯なことが嫌いという言葉も真実か……?」
エールも芽が次々と出てきた畑を見渡しながら、考えを巡らせる。
「ワカバさん、次は何をすればいいですか?」
「えーと、あの辺りの芽に水分が足りなさそうだから、お水をお願いします」
「はい、わかりました」
クロマはワカバの言った場所に水をまきに行った。
流石ドラシル族というべきか、ワカバの指示通りにしたおかげですくすくと芽は育っていき、夕方には大人の背丈ほどにまで成長していた。
「これなら、朝を迎える前に花が咲きそうだな」
「本当だね。ワカちゃんさまさまだ。今回の戦い、楽勝じゃん」
月明かりに照らされる植物を眺め、マズルとジェシカは言った。
「本日はもう遅いですので、村長様の家まで戻って休みましょう。皆様お疲れ様でした」
「やった、あたしもうクタクタ。早く横になりたい」
セタの先導で、一行は村長宅まで向かった。農作業の疲れから、畑を見張ろうと考える者は一人もいなかった。
翌朝、自分たちの畑に戻った一行は目を丸くし、言葉を失っていた。
畑が何者かに荒らされ、一生懸命育てたはずの植物が無惨な姿となっていた。




