プラント捜索
ダストの襲撃を切り抜け、先を急ぐ勇者たちは、最初の目的地であるサン村へと到着した。
村は柵で囲まれており、入り口を探すと木製の門を見つけた。そこをくぐり抜けようとした時、不意にジェシカは足を止めた。
「ん? 誰か、今なんか言った?」
全員が同じように足を止め、ジェシカの方を振り返る。しかし、彼女に話しかけた者は誰もいなかった。
「誰も言ってないと思うぞ。空耳じゃないのか?」
「うーん、確かに呼び止められた気がするんだけど……。あ、ほらまた、下の方から……?」
ジェシカはまさかという表情で、自身の胸元を探った。
服の中から引っ張り出したのは、鍛冶師ヒノコ作の首飾りだった。
「それって、ヒノコさんからもらったやつ?」
「そうそう。確かにここから声が聴こえるの。も、もしもし?」
その声は、ジェシカにしか聴こえない様子だった。ジェシカは首飾りを、耳にかざして呼びかけた。
「お、やっと通じたね。ジェシカさん、だったよね。あたし、わかる? ヒノコだよ」
「お〜、やっぱヒノちゃんか。何で声聴こえんの?」
「それは魔法の込められたアクセサリーなんだ。この世界の中なら、あたしと声のやり取りができるの。それを身に着けてる人だけしか声は届かないんだけど、困ったことがあったらいつでも聞けた方がいいでしょ?」
「すごっ。うちらの世界のケータイみたい。ありがとね、色々と」
「ケータイってのはよくわからないけど、似たようなのがあるってことね。それじゃ、皆さんにもよろしく。頑張って!」
そこで、ヒノコの声は途切れた。
「話を聞くに、ヒノコさんと連絡が取れるってことだね?」
話を終えたジェシカに、バレッタは尋ねる。
「そうみたいっす。困ったことがあったらいつでも連絡してって。あとみんな頑張ってって」
「我々の武具を作ってもらっただけでなく、情報も提供していただけるとは、頭が下がるね」
エールは剣を撫でてしみじみと言った。
「ヒノコ様の応援も無駄には出来ませんね。早く、プラントを停止させましょう」
「そうだね。それじゃ、中入ろうよ」
一行は、村の門をくぐり抜けた。
サン村の内部は門と同じく木製の質素な家々が並び、乾燥した空気が漂っていた。そして、フォーグ王国と同じように、外には人気がなかった。
「ここも王国と同じか……。まずは何処に向かえばいいんです?」
ツルギはセタに尋ねた。
「村の状況を知る方に話を聞ければいいのですが。何処かに村長や長老様のような方がいらっしゃると思います」
「ちょっと待って。こんな時こそアレを……」
ジェシカは再び、首飾りを取り出した。
「ヒノちゃん? 早速だけど聞いていい? ……うん、うん、なるほど、わかった。ありがとね。村の東に、知り合いの村長の家があるって」
「よし、んじゃそこに行ってみるか」
ヒノコから得た情報を元に、全員村の東方面へと向かった。
村長の家はやはり木造だったが、他の家よりもいくらか大きかった。
扉は固く閉められており、ノックをすると中から男性の声が聞こえた。それはとても弱々しい声だった。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
「……はい。何用ですかな? 水ならあまり用意できません。肥料も残り少ないので……。何とぞご容赦いただきたく……」
「申し訳ありません。名乗るのが先でしたね。私はフォーグ王国から参りました、セタと申します。本日はこの村のプラントの件について伺ったのですが」
すると、扉が僅かに開いた。隙間から、口髭を蓄えた男の顔が見えた。
「王国からの……? ということは、救援に来てくださったと?」
「はい。詳しいことは後ほどお話しします。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。どうぞ、何もない所で申し訳ありませんが」
男は一行を家の中へ招き入れた。
「なるほど……。こちらの方々が勇者様なのですね。いやはや、突然のことなので驚くばかりで。いえ、疑っているわけではありませんよ」
大方の予想通り、男は村の長だった。ときおりオドオドした様子を見せるが、物腰柔らかな態度で受け答えしていた。
「村長様、恐縮ですが本題に入らせていただきます。こちらに伺ったのはこの世界を脅かす不の種についてのことでして」
「やはりそうでしたか。お察しの通り、この村には種を作り出すプラントがあります。いつの時か、ここにやってきた男たちにより設置されました。今はスコールと名乗る者がそれを管理しております」
話し終えると、村長は大きなため息をついた。それが、これまでの苦労を語っているかのようだった。
「先ほど水や肥料が、と仰っていましたが、プラントに必要な物なのですか?」
「はい。この村は農業が盛んでして、水も肥料も豊富にありました。しかし、奴らが来てからはほとんどがプラントに使われる始末で……。今やかつての賑わいは見る影もなくなってしまいました」
村の乾燥した空気や地面が、村長の話を裏付けていた。
村長の話を聞いたセタは、ポンと手を叩き、言った。
「承知いたしました。我々は奴らを討伐し、この世界全てを救うのが目的。もちろんこのサン村にも、以前の活気を取り戻しましょう」
「それは本当ですか? もう罪悪感や恐怖に震えるのは嫌なのです。どうか、お願いいたします……」
頭を何度も下げる村長に見送られながら、一行は家を後にした。
「ああまで期待されると、なんかプレッシャー感じるな」
村長の家からだいぶ離れた時、マズルはこぼした。
「本当に。この村の有り様を見ると、悲しくなってくるね。とにかく、そのプラントってのを探さないと。スコールって奴が管理してるって言ってたよね」
「これはヒノちゃんに聞いてもわかんないか。それじゃ、誰かに聞いてみる?」
とはいえ、外には人影がほとんど見られない。どうするかと思ったその時、視線の先に一人だけ、動くものが見えた。
一行がそれに近づいて見ると、恰幅の良い男だということがわかった。村の住人なのか農具を手にし、一心不乱に土を耕している。
ジェシカは一足先に駆け寄ると、声をかけた。
「こんちゃっす。すいません、この辺にプラントってのがあるって聞いたんすけど」
「こら、初対面の方にそんな口を……。申し訳ない。うちの者が失礼した」
カサンドラはジェシカを咎めるが、男は向こうを向いたまま、答える。
「気にすんな。それより、プラントを探してるって?」
「ええ。この村にあると聞いたのですが……」
「知ってるよ。だって、オレが管理してっからな」
男は振り向いた。顔には派手な装飾のついた、どこかの民族を思わせる仮面を着けている。
「スコールっていうんだ。はじめましてだな、勇者さん方?」




