セタの秘密
サン村。不の種をばら撒くプラントと呼ばれる物体があるという場所へ、一行は足と口を動かしながら向かっている。
これから大きな戦いが始まるかもしれないという状況の中でも、各々が会話に花を咲かせる光景にはある種の平穏さを感じさせていた。
そんな中、突然の敵襲。
「おいでなすったか」
銃を構えるマズル。眼前には以前も相見えた、岩のような頭部に異様に細長い身体の姿があった。
「こいつはダスト、でしたっけ?」
ツルギも剣を抜いて敵に突きつけながら、セタに尋ねた。
「左様です。奴らの使役する、命と意思なき兵士。故に情けは無用です」
ダストはどこからともなくわらわらと湧き出て、あっという間に集団を形成していた。
「よし、ちょうどいい準備運動だ。やってやろうじゃん!」
バレッタが先陣を切り、全員がそれに続いた。
「これはすごい……。想像以上に手に馴染む。ヒノコさんの目と腕は確かだったようだね」
軽やかにダストを切り伏せつつ、エールは感嘆の声をあげた。
「そのようだ。この槍も以前使っていた物と同等、いやそれ以上やもしれない。不思議なものだな……」
カサンドラもまた、ヒノコの腕に感心していた。
「ちゃんと音が出る。それでいて前のよりも威力が高いみたい。なんだかちょっと複雑な感じ……」
新しい弦楽器から発せられる音波でダストの動きを封じ、ハウは苦笑いした。
それぞれがダストを倒していく中、セタは状況を読み、思考を巡らせていた。
(順調に数は減っていますが、マジーナ様とジェシカ様の所にやや集中していますか。しかし、ジェシカ様はおそらくカサンドラ様が助力くださるでしょう。ここはマジーナ様を救助するのが第一ですか……)
セタは意を決してマジーナの元へ向かい、両手をかざして念じた。すると、光輝く半透明の板が現れた。
光の板はダストの行く手を阻み、マジーナを攻撃から守った。すかさずセタは、ダストの後方にもう一枚の板を作り出し、手前に移動させてダストたちを挟み込んだ。
ダストたちは光の板の間で無惨に潰され、粉微塵になって消え去った。
「ふうっ、これで戦闘終了ですかね」
「セタさん……。ありがとう。てか、すごっ」
「礼には及びません。助け合いませんと、今度も……」
セタは言葉を切った。その背後に、一体だけ討ち漏らしたダストがいた。
ダストの鋭い腕先は、セタの二の腕を切り裂いていた。
残る一体を退けた後、一行は足を止めて休息と、セタの怪我の手当てをしていた。
「ワカバ様、治癒をありがとうございます」
「僕の仕事だから。気にしないで」
ワカバの治療を受け、セタは頭を下げた。
「大丈夫かい? けっこう深い傷だったみたいだけど」
「お気遣いありがとうございます。もう痛みもないので、問題ありません。すぐに歩き出しましょう」
セタは腰掛けていた岩から立ち上がろうとした。
「セタっち、今までこんな風に怪我したことなかったよね?」
思い出したように、ジェシカは尋ねた。
「そういえば、確かに。狭魔獣と戦ってたのは基本的にあたしたちだけど、怪我したのを見たことなかったわね」
マジーナはこれまでの戦いを振り返った。全員の記憶にも、セタの怪我という事実は存在していなかった。
「それはそうで御座いましょう。ここへ来てから、私は主より"人に近しい存在"にされておりますゆえ」
さらりと述べたセタの言葉を、誰もすぐに理解ができなかった。
「人に近しい存在……とは?」
エールが始めに尋ねた。
「私は主に願いました。皆様と同じ、人の身体を授けていただきたいと。それまでの私は神の使いゆえに、人の世界にほとんど干渉できなかったのです」
「干渉できないって、例えば物を持ったり叩いたりとか?」
「ええ。私から触れることも、対象から触れられることもないので、怪我をすることもありません。あとは食べたり飲んだりもできませんでした。つまり、先日の会食が初めての食事ということになりますね」
信じがたい話に、沈黙が流れる。
「で、でもセタさん、私たちの世界で国の仕事をしていました。人の世界に干渉できなかったのなら、一体どうやって……?」
「そうだ、アタシらの世界でも役所で仕事してたね?」
クロマに続けて、バレッタも疑問をぶつけた。
「それは他の方々に代わりにやっていただいたのです。幸い簡単な術は使えますし、会話によるコミュニケーションはとれますから」
セタはまたしてもさらりと言ってのけた。
今の言い方からは、周囲の人を利用して仕事をしていた、ともとれる。
「……で、何で人に近い身体にしてもらったんだ? 前の方が都合が良かったんじゃないのか?」
呆れ顔のマズルは尋ねた。
「確かに、その方が戦いでは有利でしょう。しかし先ほども申したように、私から願ったのです。皆様と同じ痛みを感じるために」
「同じ痛み?」
「そうです。これまでも、たくさんのご苦労をおかけしてきたことは重々承知しております。これから皆様と戦っていくのに何かできないかと考えた時、せめて私も同じ痛みを感じなければと判断し、主に頼み込みました。二度と以前には戻れないと知った上で……」
場の全員が、その言葉に反応を示した。ハウやクロマは息を飲み、カサンドラは眉をひそめて腕組みをした。
「ということは、もうこっち側で生きるしかないってことですか? 女神様の力でもどうすることもできないと」
「はい。こればかりは後戻りはできません」
ツルギの問いに、セタは微笑みながら、言った。
「それがあんたの覚悟ってことか。どれだけ傷ついてでも、この世界を守りたいと」
「覚悟、という言葉で表せるのであれば、そうで御座いましょう。私の故郷とでもいうべき場所ですからね」
セタは空を見上げて答えた。
若干の間が空いた後にマズルは立ち上がり、セタに背を向けた状態で言った。
「だったら早く行こうぜ。さっさとこの世界、救ってやらねえと」
「そうです。フォーグ王国の人たちも、僕らに期待してるんだし」
「ああ。だけどちゃんと報酬、用意しとくんだよ?」
「それに、念のため言っとくけどあたしたちのことは利用しようとか思わないことね。自分たちの意思で助けてあげてんだから」
マズルたちはきょとんとするセタを置いて、ぞろぞろと先へ進んだ。
「お気遣い、感謝いたします……」
我に返ったセタは、勇者たちの後を急いで追いかけた。




