帰還、始まりの兆し
ソラトニアに朝日が昇り、フォーグ王国の家々にも日の光が燦々と注がれた。
勇者一行の停泊する宿にも朝が訪れ、一人また一人と目覚めていく。
「おはよう、ハウさん」
ワカバの声がかかる。呼びかけられた本人は僅かに身体をびくつかせ、振り返って声の主を確かめると微笑んだ。
だが、その微笑みには少し覇気がなかった。
「……やぁワカバ君。おはよう」
「大丈夫? ゆうべのアレで疲れてるんじゃないの?」
「あはは……。こんなんで疲れてるなんて言ったら、カサンドラさんに顔向けできないよ。ただちょっと、堪えたなぁってだけ」
命からがら、王国内に逃げ帰った三人は、宿まで直行した。その後運悪く、目を覚ましたバレッタと廊下で遭遇。マズル陣営のハウだけは、事情聴取と厳重な注意を受けたのだった。
「なんだか悪いね、僕も怒られても仕方ないのに」
「ううん。言い出しっぺはボクなんだから。気にしないでよ。カサンドラさんにも、ちゃんと謝らないと……」
カサンドラを探すハウだが、宿の中ではその姿は見当たらなかった。
そんな中、セタがひょっこりと姿を現した。
「ハウ様、ワカバ様。準備はよろしいですか? これからまずはヒノコ様の作業場へと向かい、それからフォーグ城へと参ります。恐縮ですが、お急ぎいただけると有り難いので」
「ああごめんなさい。すぐに行きます!」
これ以上迷惑はかけられないと、ハウはワカバの手を引いて外へ向かった。二人を最後に、一行は宿を後にした。
「あー、なんか腹減ったな。食事らしい食事はしてなかったなそういや」
作業場までの道すがら、マズルは欠伸混じりに呟いた。
「あの、マズルさん。確かあちらのお店で食べ物を売ってますよ」
昨夜の経験が功を奏したのか、ハウの指差す先の建物では、確かに煙と共に香ばしい匂いが漂って来ていた。
「そうなのか? 詳しいなハウ」
「いえ、それほどでも……」
決まりが悪そうに頭を掻くハウ。隣のワカバと目配せして、少しだけ嬉しそうな笑顔を見せた。
「お食事でしたらお城でもご馳走が振る舞われるかと。もうしばらく辛抱いただけませんか?」
「ちぇっ。わかったよ」
不満を顕にするマズルだったが、大人しくセタの言葉に従った。
やがて作業場へ到着し、中へ入るとヒノコは台車を押して現れた。そこには注文した武器などが乗せられている。
「や、皆さん……。お早いですね……」
ヒノコの目の下にはクマができ、体をもたれかかるように台車を押していた。見るからに疲労の色を見せていた。
「お疲れ様です。もしや、徹夜されましたか?」
「えへへ、まぁね。久々に大仕事ってなったら、張り切っちゃって。でも、仕上がりは完璧、な、はずだから、安心、して……」
ヒノコは途切れ途切れに言うと、その場に倒れてしまった。
「だ、大丈夫なのかい?」
エールを始め、全員が彼女の身を案じた。だが、セタは冷静に説明する。
「問題ありません。時々頑張り過ぎてしまうのがあの方の癖なのです。ゆっくり休ませて差し上げましょう」
「でもせめて、もうちょい寝心地良さそうなトコにしないかい……?」
「それがいい。皆で運ぶとしよう」
ヒノコを自室のベッドにまで移動させた後、全員が頼んでいた武器をそれぞれ手に取り、出来を確かめた。作られた武器は全て青みがかった色合いをしていた。
「これは素晴らしい。ちょうど使いやすい重量だ。それに、籠手もセットとは嬉しいね」
エールは細身の剣を持ち上げて振るい、使い心地を確かめた。
「うむ、私のもいい出来だ。流石は王国随一の鍛冶師ということか」
カサンドラも大槍を持ち上げ、重さとバランスを確かめた。
「コレ、なんだろ。こんなの頼んだ人、いないよね?」
ジェシカが取り上げたのは、同じく青い色をした首飾りだった。
「それ、あんたにじゃないの、ジェシカ。自分にもなんか作ってって、無理言ってたじゃん」
マジーナは言った。
ジェシカは首飾りに頭を通し、サイズがピッタリであることを確認。そして、ヒノコの眠る部屋の方を向いて、呟いた。
「ありがとね、ヒノちゃん……」
「そういえば、ハウさんのは?」
同じく作ってもらったハウの楽器。以前使っていた物と同じく弦が張られ、大きさもほとんど変わらない仕上がりになっていた。
「うん、使いやすそう。でも、ちょっとだけ重い、かも」
小柄なハウの体格では、少々重量が気になるらしい。両手で抱えるように楽器を持ち上げていた。
「作り直してもらう?」
「そ、それはできない。ボクのわがままでこれ以上迷惑は……」
そこでハウは思い出したように、カサンドラへと歩み寄った。
「あの、カサンドラさん」
「何用か? ハウ殿」
ハウは深呼吸し、続きを話した。
「こ、この度は、ぼ……私の勝手な行動によりご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。今後はこのようなことが無いよう、自らを律して、えーと……」
使い慣れない言葉でたどたどしく謝罪をしようとするハウに、カサンドラは笑い混じりに返す。
「ふっ、そんなことか。過ぎたことをあれこれ言っても仕方ない。もう気にするな。私も、貴殿のおかげで助かったとも言える」
「ボクのおかげで?」
「そうだ。ワカバを起こして、私を治療してくれたのだからな。おあいこ、というわけだ」
「はぁ……」
「もしも、何か力になりたいと思うなら、私が稽古をつけてやろうか? 素振りくらいならば教えられるだろう」
「はい、ぜひ!! よろしくお願いします!!」
ハウの顔に輝きが戻り、ワカバと顔を見合わせて笑い合った。