ハウの無鉄砲
王国への道なき道を、三人は一言も発さずに一心不乱に歩く。道中に聞こえる音といえば、聞いたことのないような虫か獣の鳴き声くらいだった。
「し、静かですね」
静寂を破る、ハウの声。しかし、カサンドラもワカバも答えはしなかった。
「こ、この世界にも虫はいるんですかね。ボクらの世界には大きな怪虫がいて、それはもう気持ち悪くて……」
カサンドラは沈黙を貫いていた。ハウは空気を読まない発言を後悔し、口を閉ざそうと思った。
だが、次に口を開いたのはカサンドラだった。
「意外だった」
「……はい?」
「貴殿のことだ、ハウ殿。最初に見た時は控えめで大人しい少女かと思っていた。だが実際には無鉄砲なところがあるのだなと、そう感じたのだ」
まさか自分のことを唐突に話されるとは思わなかったハウはきょとんとした表情を浮かべていたが、照れくさそうに頭を掻いた。
「そう思われますか。確かに、家を出たのも無鉄砲といえるかもしれませんね」
「家を出た? 初めて聞く話だな」
「ええ。両親、特に父親と反りが合わなくて。思い切って家出して色々ありましたけど、今はこれで良かったと思ってます」
「そうか。家族が……な」
少しだけ悲しげな表情を見せるカサンドラ。ハウはハッとして慌てて付け加えた。
「ああごめんなさい! 貴方の前で家族の話をしてしまって……」
「気にするな。私から切り出した話だ。それに、人の数だけ家族のあり方はあるのだろう。貴殿の話も聞けて良かったぞ」
「はぁ……」
「間もなく王国へ着く。なるべく誰にも気づかれぬように、静かに入ろう」
カサンドラは会話を切り上げ、先を急いだ。
しかし、その足はすぐに止まった。目の前に、大きな影が見えたためだった。
「あれは、前に戦った魔獣?」
ワカバの言葉の通り、そこにいたのは以前戦った、牛の姿をした狭魔獣だった。
魔獣は三人とは逆方向を向き、巨体をゆっくりと動かしていた。
「そのようだな。幸いこちらには気づいていない様子だ。無用な戦いは避け、先に進もう」
三人は物音を立てないように、魔獣から離れてその横を通った。
だが、再びその歩みは止められることになる。今度は目の前に、魔獣ではない影が二つ確認されたのだ。
「む、あれは何だ? こんな夜更けに人……それも子供か?」
カサンドラの言う通り、その人影の正体は男女の子供だった。
二人は周囲には目もくれず、何かに目を落としていた。故に、カサンドラたちにも気がついていなかった。
「よし、この辺でいいかな。始めようぜ」
「レン、いいの本当に? お父さんにも許しをもらってないのに」
「いいんだよサナ。ロッシュ兄ちゃんが言ってたろ? お父さんに話しておくって」
「そうだけど。……いいわ。やるならあたしも混ぜてよ」
「もちろん。それじゃ始めるぞ、”工作”を」
サナとレンが会話を止めると、二人のいた辺りから何かが現れた。
それは、またしても以前戦った狭魔獣。それも牛とは別の、耳がハサミの兎の姿をした魔獣だった。
「うーん、よくできたな。ここのハサミとか、いい出来だ」
「ちゃんと可愛さもあっていいわね。あたしの好みも入れてくれてありがと」
「いつものことだろう? いいってことさ」
サナとレンは息を合わせたやり取りを交わし、ニコッと笑い合った。
その様子を眺めていたハウたちは、驚きに目を丸くしていた。
「い、今の見ました? あの子供たちのいたところから魔獣が……」
「ああ、確かに見た。まさかとは思うが、あの子たちが作ったのか……それとも喚び出したのか?」
「ちょっと捕まえて、聞いてみましょうか……っていない!?」
ハウが身を乗り出すと、二人の子供は既に姿を消していた。
「ハウ殿! また勝手に……!」
時既に遅し、子供たちの残した兎の魔獣に、三人は見つかっていた。
「あっ、しまっ……」
「二人は下がっていろ。ここは私しか戦える者はいない」
「え、ワカバ君は……?」
ワカバはうとうとと眠そうにしていた。時差ボケのような影響が、今現れたらしかった。
「まさか、今になって眠気が? そういえば、なんだか静かだったし……」
「そのようだ。言いたくはないが足手まといにならないように、後ろへ」
「はい、すみません……」
ハウはワカバを連れて後方に下がり、カサンドラは槍を構え、敵に対峙した。