勇者は金欠の射撃手?
新作はまた異世界ファンタジーです。前作は多くの世界を出していきましたが今作は…?
よろしくお願いします。
―暗がりに立つ男。その背中に、幼い子供は話しかけた。男は振り返り子供を見下ろすと、ゆっくりと口を開いた。
「なんです、あの話を聴きたいと? …仕方ありませんね。あまり気は乗りませんが、お話ししてさしあげましょう。心して聴きなさい」
男の言葉に、子供は膝を抱えて座り、耳を傾けた。
ここがいずこかはわからない。そこに街は存在していた。スピルシティ。それが俺の住む街の名だ。
俺はマズル=B。この街で何でも屋『ソルブ・トリガー』を営む、しがない一般市民だ。不景気の中、入ってくる仕事といえば迷子探しや部屋の掃除など、小さな仕事ばかりだ。それなりに大きな仕事が入ってくることもあるにはあるが、危険を伴うことが多く、正直割に合わない。
それでも誰かの為になれれば…なんて考えたりはしない。結局は自分の為にならなきゃ意味がない。見合った報酬がなければ、俺は動かない。そんな人間だ。
今日も依頼が来るのを待ち、デスクを前に退屈な時間を過ごす。そんな中、事務所のドアが突然開いた。
「マズル、ちょっといいかい?」
現れたのはバレッタ=R。ただ一人の同僚にして腐れ縁だ。ウェーブのかかった金髪ロングヘアの女性で、何でも屋の事務をする傍ら、時には仕事の補佐もこなす、デキる奴だ。
口に出すことはないが、唯一と言ってもいいほど、俺は彼女を信頼していた。
「どうした? 仕事か? どうせ大したもんじゃないんだろう?」
「いや、それが違うみたいなんだよ。仕事ならいつも通信で連絡がくるはずだろ。だけどコレ、郵便受けに入ってた。読んでみなよ」
バレッタはデスクに、一通の封筒を差し出した。見たこともない印で封がしてある。俺はゆっくりとそれを開け、中を確認した。
「なになに、『東の街外れの廃墟に巣くう、凶暴な毒蜂を退治してください。御礼は相応のものを用意いたします』…か。何だよ、相応の御礼って。はっきりしねえな」
「本当だねぇ。まぁでも、仕事は仕事。やるだろ?」
デスクに腰かけ、文字通り上から目線で尋ねるバレッタ。確かに彼女の方が少し年上なのだが、俺はいつも対等に接していた。その方が彼女にとってもありがたいという理由もあった。
俺はバレッタにはっきりと告げた。
「パスで」
「…はい?」
「だから、パス。だいたい、こういう仕事はいつも割に合わねえんだよ。引き受けて危険冒して、その結果今までに支払われた金、お前にも想像できんだろ?」
バレッタはポカンと俺の話を聞いていたが、聞き終えるとため息をついて返した。
「あのねぇ…。アンタ、うちの経営状況わかってんの? 仕事選んでる場合じゃないの! ほら、明日からの生活が不安なら、さっさとする!」
「うおっ、わかったわかった! 行くから支度だけはさせろよ!!」
胸ぐらを掴んで強引に連れ出そうとするバレッタの手を振り切り、俺は自室へと駆け込んだ。
「ちょっと、逃げんじゃないわよ!? いつまでも出てこなかったら、扉ぶち破ってやるから!!」
物騒な物言いの声に肩をすくめ、逃げられるものならそうしたいと思いながら、俺はボサボサの黒髪を簡単にとかし、伸ばしきった前髪で片目を隠す。掛けてあったロングコートを纏い、口元までファスナーを閉めた。これが普段のスタイルだ。
格好が決まったところで、俺は視線を側のベッドに移した。今ここで横になり、夢の世界に飛び込めたら、どんな気分になるだろうか。さぞ幸せな心地だろうな…。
そこで脳内に、ひとつの記憶が呼び覚まされた。
夢。そう、俺はここ数ヶ月、おかしな夢を見る。あれはまるで、子供向けの伽話のような、とにかく突拍子もない夢だ。一度だけなら気にすることはないが、何度も繰り返し現れ、おぼろげにとはいえ覚えてると来たら忘れようがない。そんなわけで、俺はベッドを見る度、その夢を思い出すのだ。
「マズル! 本当に逃げたんじゃないだろうね!? 今から扉、蹴り破るからね…!」
「に、逃げてねーよ! 今から行く…」
バレッタが入って来る前に、俺は二つ目の仲間を手に、部屋をあとにした。
手紙に指定された廃墟までバイクを走らせ、俺とバレッタはその入り口に立った。崩れた壁や床は今にも崩壊が始まりそうで、建物の形を保っているのがやっとのようだった。
「気味わりぃところだな、ここは」
「ああ。心霊スポットとして遊び半分でやってくる連中もいるっていうからね。この手紙の話がマジなら、毒蜂がいるはずだ。幽霊を探してやって来たら、逆に自分が幽霊に…なんてことになってたら、皮肉だね」
「笑えないな。早いとこ片付けるぞ」
俺は肩に銃を担いだ。二つ目の仲間というのは、これのことだ。黒い直方体の一面に二つの銃口が空き、全長は俺の身の丈ほどもある。鈍器としても使えそうなほどに重量もあるが、その真骨頂はやはり射撃にあった。
「マズル、いたよ。ほらあそこ。気をつけて…」
バレッタの指す方向に、巨大な蜂が翅を忙しく羽ばたかせ、浮遊していた。遠くから見る限り、少なくとも人の頭くらいの大きさと推測できる。毒々しい黒と赤の縞模様から、いかにも凶悪で危険な臭いがした。
俺は獲物に気づかれぬよう、物陰から銃を構えると狙いを定め、引き金を引いた。…が、一発目は外れた。巨大蜂はこちらに気づき、尻の針を向けて飛びかかってきた。
「ヤバっ…! マズル、逃げ…いやもう一発…」
焦るバレッタをよそに、俺はもう一度引き金を引く。ビシッという破裂音の後、蜂は地に落ち、しばらくのたうち回ってから、動かなくなった。
「ふぅっ、いっちょ上がりだな」
「危なかった…。だけど流石はマズル。アタシもあそこで取り乱すなんて、まだまだだねぇ」
「いや、俺だって腕は落ちてるさ。一発目で仕留められねえとはな…。ま、こんな仕事は久々だから、仕方ないか」
会話をしつつ、俺たちは屈んで巨大蜂を眺めた。これほどまでに大きく、危険な生物は、自然界に元々いたものではない。
「コイツも、奴らの仕業かな」
そう言いながら、俺はやや離れた場所にある建物を見た。この街で布教活動をしている宗教団体『ヒュジオン』。
団体は何やら怪しげな思想の元、生態実験を繰り返しているという。あまつさえ、そうした活動の産物を野に放っているとくれば、迷惑極まりない。以前から街の住民も困り果てていた。
「まったく、困った連中だよね。好き勝手に命を弄んだ挙げ句、放し飼いにするなんて一体何が目的なんだか」
「ああ。それに俺にとっちゃアイツらは…」
「…マズル後ろっ! 危な…!!」
バレッタの言葉が終わらないうちに、俺は背中に鋭い痛みを覚えた。直後、身体中に痺れが回り、手から銃を落とした感覚を最後に、意識は無くなっていった。
それからどのくらいの時間が経ったのか。目覚めた俺の前には、見知らぬ二人の男がいた。