ライオンに転生
私はライオンになってしまった。
私は、理論物理学の研究者だった。
新しく素粒子を観察するための理論が完成し、浮足だって共同研究者の元に駆けていったことは鮮明に記憶している。
理論に欠陥があったのかもしれない。
実験装置に不具合があったのかもしれない。
しかし、なぜこういう状況になったのか、全く見当がつかない。
唯一確実なのは、今、私はライオンとして、動物園の柵の中で生活をしていることだ。
もともと女性の少ない環境で長く研究を続けていたせいか、男性からの視線をあまり意識しないようになっていた。ざっくばらんな性格も相まって、私には女性としての恥じらいは残っていない。
けれど、さすがに裸で大勢の人々の前にいることに、恥じらいは覚えた。
しかし、何のことはない。恥じらう必要がどこにあろうか。
私はライオンであり。ライオンは本来、裸である。
さて、そうこうしているうちにライオンとしての生活にも慣れた。
かといって、私はライオンとして一日を、ぼーっと過ごしているわけではない。
せっかく手に入れた自由な時間を、理論の再構築に充てている。私が完成させた理論に欠陥があったのかもしれないからだ。
もちろん、観客からは、ぼーっと過ごしているように見える。
しかし、動物園にとって、私がぼーっとしていても問題はないはずだ。
なぜなら、隣のオスライオンの柵は終日賑わっているが、私の方にはそれほど人が来ないからだ。
私に言わせれば、たてがみのあるオスライオンが観客を満足させればいいのである。
私は、たてがみの無いメスライオンとして、猫の大きい版か何かのように、ただ、ぼーっと過ごしていれば良い。
そう、この環境は、理論の再構築のために最適な場所なのである。
私はライオンとして充実した生活を送っている。