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異常人×普通人=

作者: いずもん

「私は君が大好きだぁぁ!!!」

「私はアンタが大っ嫌いよっ」


 早朝の校門前で突如響いたのは、制服姿の少年が発した大声と、同じく制服姿の少女が発した冷めた声だ。

 そんな二人を、孤を描くようにして避けている登校中の生徒達は、またこいつらか、などと呟きながら遠ざかって行く。

 だが、問題の二人は一歩も動かずに立ち尽くしていた。

 いや、少年が少女の行く手を阻んでいる為、正確に言えば動けないのである。

 そして、次に言葉を発したのは少年だ。


「何故だ、姫! 私はこれほどまでに君を求めているのだぞ!? なのに何故、私を拒絶するのだ!?」

「そういうのが迷惑だって言ってんのよ! 大体、何度も私にコクってるけど、好きになった理由は何!?」


 姫と呼ばれた少女は吹く風に茶色い長髪を靡かせ腕を組ながら、正面に立っている少年に問い掛けた。

 すると少年は目を瞑り、右手を顎に当てながら、うむ、と頷いて考える。


「理由、か。良い質問だ。私、榊 護(さかき まもる)春原 姫香(すのはら ひめか)を愛する理由は――っと、何故に話を聞こうとせずに走るのだ!? ま、待ちたまえ姫!!」


 手を伸ばして制そうとしている少年の視線の先、少女は振り向く事なく登校する生徒の海に入り、正面玄関を潜って校内に入って行った。

 ……彼女は何を照れているのだろうか?

 そう自問した護は、焦げ茶色をしたオールバックを掻き揚げた後、やれやれと言いたげな表情を左右に振りながら肩を竦めた。

 そして、何やらぶつぶつと呟きながら、正面玄関へと足を進める。

 校門前はいつの間にか、普通の流れを取り戻していた。










 騒がしいとも言える賑やかな昼の教室。

 入口の上部にCと彫られているこの教室には、昼食を取っている生徒達が集まりつつあり、それぞれがグループで会話と食事を楽しんでいる姿が見られる。

 そんな中、外側の列の中央あたりの席には、顎に右手を当てながら考え事をしている護の姿があった。

 ……姫が私を受け入れてくれるにはどうすればよいのだろうか。

 そう内心で何度も繰り返し呟き、思考を走らせている彼の前の席に、黒人の少年が両手に焼きそばパンを持って笑いながら座った。


「よう、護。毎度の事、朝はご苦労さん」

「ん? 誰かと思えばリックではないか。突然で悪いが、ご苦労さんという言葉は撤回してもらいたい。私は私個人の意志で行動しているため、他人から同情されるつもりはないのだ」

「あ〜……へいへい、わかったよ」


 気の抜けた返事を返したリックという名の少年は、だがな、と半目で護を見る。


「なんでそんなに春原に執着しているんだよ? お前はモテるんだから、彼女なんてすぐに出来るだろ?」


 言ってリックが焼きそばパンを一口食ってから視線を移す方向、教室の入口は少し開いており、数人の女子生徒が中を覗いていた。彼女らの視線は、護一直線である。

 その光景を見たリックは軽くため息をつき、護に視線を戻した。


「お前は羨ましいよ。成績優秀、スポーツ万能、生徒会役員一年代表、おまけに美男子ときた。人間として、究極完全体じゃないか」

「ははは、当然ではないか。だが、足りんのだ……」


 言葉を止め、右斜め後ろに振り向く。その方向、廊下側の列の隅では、三人でグループを作って食事をしている姫香の姿があった。

 護は彼女に、焼きそばパンを開けようとしていた右手を伸ばし、言い放つ。


「私には彼女、姫が必要なのだ。美男、美女のカップルほど美しいものは無く、完璧な人間は引かれあうべきだと思っているからだ。――もっともそれは只の建て前であり、私は彼女の優しさに胸を打たれたのが本音なのだがな!!」


 誇らしげな表情をして言い終えた後、教室中に向けて軽く会釈をし、リックの方へと向き直した。


「まぁ、こういう理由だ」

「お前なぁ、そういうのを大声で言うか? 普通……」


 平然と焼きそばパンを食べ始める護を見て呆れた表情のリックは、いつもより深いため息をついた。






「――ほらほら、愛しの彼氏がまた何か言ってるよ!?」

「誰が愛しの彼氏よ! あんなの、迷惑極まりないわよ」


 言い切った姫香は弁当のウィンナーを口に含む。その反応が面白くなかったのか、彼女を茶化した黒い短髪の少女は、頬を膨らまして姫香を人差し指でつつき始めた。そんな彼女に姫香は、無言で目潰し。


「にぎゃあぁぁ!!!」


 かん高い声の断末魔を上げた少女は、制服を気にする事無く、両目を抑えて床を転げ回った。


「惨めですねぇ、千尋ちゃんは」

「う、うるさいなぁっ! すんでで仰け反って避けたよ!」

「にしては、大分痛がってるように見えましたけど?」


 小首を傾げて問い続ける黒い長髪の少女に、松本 千尋(まつもと ちひろ)は少しうろたえた。


「はいはい桜、千尋を苛めるのはそれくらいにしときなさいよ〜?」


 いかにも意地の悪そうな笑みを浮かべている藤林 桜(ふじばやし さくら)に言った姫香は、弁当の底を軽くつつきながら、微笑した。


「でも、面白いからもう少し野放しにしてもいいかな……」

「ひどっ! 姫に裏切られた!?」


 千尋は頭を両手で抑えて、その場にしゃがみ込んだ。

 だが、何かを思いついたのか、突然立ち上がる。その表情には笑みが、企みのある笑みがあった。

 ……何をするつもり?

 内心で姫香が呟いたのとほぼ同時。千尋は両手を筒上にして口元に当て、メガホン代わりにして叫んだ。

 護が居る方向に、だ。


「榊くーん! 姫香が呼んでいるよー」


 刹那、護は勢いよく立ち上がった。それに反応するかのように、姫香は千尋に喝を飛ばす。


「何て事してくれるのよ!! ……あぁ、面倒なのが近付いてくる……」







 姫に、呼ばれた……!

 例え間接的方法での呼び出しであっても、その事に感動している護は立ち上がり、真っ直ぐに姫香の下へと歩き出した。


「さて、観客である俺もついてくかな」


 言って席を立つリックを無視し、護は歩み続ける。

 チャンスチャンスチャンス、と内心で連呼しつつ、彼は辿り着いた。

 数秒の間に脳内でセリフをマニュアルとしてまとめてある為、どんな返事にも対応出来る、と自分に自信を持ち、まず言う。


「どうしたのかね?姫」


「いや、別に呼んでないから帰っていいわよ」


 脳内マニュアルが崩壊した。

 ……マニュアルの再設計は必須だな。

 と、その時だ。脳内に一つの言葉が浮かび上がった。

 "照れ隠し"

 それと同時に、護の脳内マニュアルは再構成されていく。

 そして発した言葉は、

「……恋人同士は、よく無意味に相手の名を呼ぶ事があるそうだ。そしてそれは、共に居られる事に対して嬉しいから。だが、それを上手く表に出せないがために照れ隠しとして相手の名を呼ぶ。つまりは、姫! 照れる必須など無いのだぞ!?」


 刹那、護以外の男女四人が、コケて周辺の机に頭を打ちつけた。

 何重もの鈍い音が、教室内に拡散する。







 この時、姫香は思った。コイツには何を言っても無駄だ、と。


「……無敵ですね、榊くんは……」


 額をさすりながら言った桜の言葉に姫香は頷いて同意した。

 だが彼女は、性格上ここで引き下がるわけにはいかないのだった。


「……榊、私はあんたを一度も呼んだ覚えは無いの。この馬鹿が勝手に呼んだだけっ」


 言って姫香はビシッと千尋を人差し指でさした。


「別に人のせいにして照れを隠さなくてもいいでは――」

「それに、よ? そもそもあんたは居なくてもいいのっ! あんたが居てもいい事なんて全く無いからね」


 姫香は目を鋭くして言い放つ。

 すると護は、驚いた表情で一歩下がった。

 よし、いける……!


「だからあんたは、人様の迷惑にならないように、山か海で一生を過ごしなさい!」


 言い切った。

 その言葉が、最初に脳内で響いた。そして同時に、勝った、とも。

 対する護は、唖然としていた表情を左手で覆い、ふらつきを見せた。

 彼はおぼつかない足で何とか自分を支えながら、ため息をつく。


「……そうか……私は姫の迷惑になっていたのか………」

「自覚の遅い人ですね」

「姫の願いなら、仕方がないな。その願いを叶える事は、私にとって幸いな事だ……――だが、やはり一人は寂しいものだ……」


 呟き、軽く会釈をした護は、ふらつきながら教室の外側にある掃除用具のロッカーの前まで行った。


「榊くん、何するつもりなのかな……?」


 千尋の問いを無視した姫香は、護に問い掛けようとした。

 だが、それよりも早く彼はロッカーを開ける。そして同時に、中から雪崩のように大量の何かが出て来た。

 その何かとは、姫香の写真が多数プリントされた寝袋、サバイバル用具一式、等身大抱き枕などだった。


「――!!!」


 姫香はそれを見た瞬間、きゃぁ、と甲高い声で叫んだ。

 対する護は、姫は本当に元気だなぁ、と喜びながらそれらをロッカーの中にあったボストンバッグ二つに詰め込み始める。

 そんな彼に、姫香は全速力で近寄り、両肩を掴んで思い切り揺らした。


「やっぱり行かなくていいからぁ! 作業を止めてついでにそれを全部焼却炉に投げ入れて燃やしてついでにあんたも焼却炉に入って燃えて!!」

「ははは、やはり姫は照れを隠していたのだな!――と、その前に落ち着きたまえ姫。これ全部を焼却炉で燃やすと、地球の大気が汚れるよ?」


 揺れながらも護は両手を広げ、満面の笑みを作った。


「私達二人が幸せに過ごすために大切な星だ。やはり清潔な大気でなくては!」


 自信満々に言い放った護に、もはや反論する気力を無くした姫香は、深いため息と共に彼の肩から手を離した。

 ……本当、疲れる……


「ねぇねぇ桜。あの二人の周りにあるのは、大気じゃなくて非常し気だよね? お、私ウマい事いっぎぃぃああ!!!」

「貴女は黙っていた方が地球のためになるのですよ?」


 千尋が煩いために目潰しでもしようかと姫香は思ったが、桜が代わりに何かやった為、姫香はホッとして桜に感謝しておいた。

 その後しばらくは、教室内には護の不適な笑い声と千尋の断末魔が響き渡った。










「――じゃ、また後でねー!」


 言って大きく手を振りながら教室を出て行った千尋に、軽く手を振り返した姫香は微笑し、席を立った。


「後でね、なんて言われても、同じ陸上部なんだからすぐに会うのに」


 千尋らしいよねぇ、と付け足した姫香は、机の横に掛けてあるナップザックを手に取って肩に掛け、教室を後にした。

 時刻は三時二十分を回っており、放課後だ。

 そのため、校内には帰宅か部活への途につく生徒の姿が多く見られる。

 そして姫香は、所属している陸上部の部室へと向かう為、東棟を目指して歩いていた。


「……にしても、教室棟と部活棟を分けるなんて、面倒な学校ねぇ」


 呟き、ため息をついた姫香は、不意に辺りを見渡す。

 その視界には会話を楽しんだり急いで走っている生徒達の姿が見えるが、いつもつきまとってくる護の姿は見えなかった。

 彼は放課後になった際、所要がある為に早めに帰宅する、と告げて早々と教室を出て行った。

 その際に、私だと思って持っていてくれたまえ、と言い残して置いていった鼠のぬいぐるみを、姫香はさりげなくナップザックから取り出していた。

 そして更にさりげなく、いつの間にか着いていた渡り廊下の入口にあるゴミ箱にぬいぐるみを投げ捨てた。

 ……私、鼠嫌いなのよね。

 苦笑。

 その動作と同時に、彼女の後方から声が響いた。


「春原さん。貴女、何様のつもりですの?」


 少し怒りの混じった声に振り返った姫香は、視界に三人の女子生徒を確認した。

 その内の中央の少女は、ゴミ箱から拾い上げたであろう鼠のぬいぐるみを撫でながら、姫香を睨んでいた。


「何様? なんで私があんたなんかに言われなきゃいけないの?」

「それは簡単な事ですわ。貴女は榊さんが好意でプレゼントしたぬいぐるみを捨てた。そして私はそれが許せないの。それだけですわ」


 赤みの掛かった黒い短髪の少女は言って、姫香を睨む瞳を鋭くする。

 対する姫香は、鼻で笑い睨み返した。


「それはすみませんでしたね?――ってか、ストーカーってのは、気に食わない奴がいると何かと文句をふっかけてくるの? 木下(きのした)

「な!?――え、えぇ、そうよ。気に食わないの。私達が……いいえ、私だけじゃないわ。多くの人達がどんなにアピールしても、求めても、好意を見せても、榊さんは振り向かない隣に居させてくれない! なのに」


 木下は言葉を貯めながら、ビシッと人差し指を姫香に向けた。


「どうして貴女は榊さんを嫌っているのに一緒にいられるんですの!? そして、それがどれだけ私達にとって羨ましく、憎い事かおわかり!?」

「な〜にが、おわかり!? よ。私だって、なんであの馬鹿がつきまとう理由がわからないのっ。正直、迷惑なのよ」


 言い放ち、前へと向き直した姫香は、後方から聞こえる抗議の声を無視し、渡り廊下を進み始めた。

 ……私だって、わからないわよ……

 深いため息をつき、わずかにうつむく。

 実際、護が姫香につきまとうようになったのは、この学校に入学して間もない頃だった。

 見ず知らずの男子生徒が、突然告白してきた、そんな感じだ。

 初めは恥ずかしかった。だけど、段々慣れてきて……

 そこで思考は止まった。突然、正面から声を掛けられたからだ。


「あれ? 春原、さっきので落ち込んだのか?」


 その声の主は、いつも護と一緒に居るリックだった。

 彼は先ほどの姫香と木下達のやり取りを見ていたらしく、その後にうつむいて歩いていた姫香が心配だったようだ。

 その事に気付いた彼女は、うつむくのを止めて笑みを作る。


「私が落ち込んでた? 幻覚よ、幻覚。本物はこんなに元気なんだから!……榊の執事に心配されるなんて、私も落ちたものね」

「し、執事って……俺はただの友達だぜ? と・も・だ・ち?」


 友達という言葉を強調して言ったリックは吐息し、微笑した。


「それじゃ、俺はこれから帰りだから、またな」


 片手を一振りし、リックは姫香の横を通って歩いて行った。その後ろ姿を見送った彼女は、走って東棟へと向かう。

 時刻は三時三十分。部活開始ギリギリの時間だった。










 傾き始めた太陽の直日を浴びる車両の波がある。

 日を遮るような高層ビルなど全く無い道路には、わずかに多くの車内が走っていた。

 その中の一台、赤と白、他数色で彩られている大型車であるバスの窓際には、一人の少年が座っていた。

 護だ。

 彼は窓から差す日の光に目を細めながら、外の景色を見ていた。

 景色は都会と言えるほどではなく、既に田畑や住宅だけとなっている。

 そしてしばらくすると、護は視線を車内に戻し、おもむろにポケットから携帯を取り出し開いた。

 その携帯の液晶ディスプレイには、笑顔でガッツポーズをしている姫香の写真が待ち受けとなっていた。


「……美しい」


 不適な笑みと共に呟いた護は、一度頷いて携帯を閉じる。

 するとその動作を待っていたかのように、渋めの男声による車内アナウンスが流れた。


『ご利用ありがとうございます。次は所沢聖地霊園前、所沢聖地霊園前です。お降りの際は、お忘れ物の無いようにご注意下さい』

「私の姫に対する思いを忘れる訳が無いだろう……!」


 返事がある訳の無いアナウンスに、胸を張って言った護は、バスが停まったのを確認して席を立ち、小銭を精算機に入れた。


「心地よい運転だった事に感謝する。後で君がよい運転手だったと本社に連絡しておくよ」

「………」


 運転手に無視された護は、肩をすくめてバスを降りた。

 そして扉が閉まったバスの方へと振り向き、

「……無愛想な運転手だったね」


 駄目な運転手だったと連絡しておこう、と内心で付け足し、バスが走って行くのを見送った。

 そして、道路をまたいだ先にある入口へと足を進めた。

 所沢聖地霊園とかたどられた石を門に設置してあるこの場所は、入口からで見ても果てが分からない程の広大さを持った墓地だ。

 時たま西の空から響き聴こえる鐘の音は、敷地内に有する東福寺によるもので、その方向を見ながら歩む護は、入ってすぐ右手に見える管理事務所へと向かった。

 視線は既に、敷地内に広がる墓石の群へと向けられていた。






「――久しいな、ここにくるのも……」


 苦笑しながら呟く護の正面には、榊家と文字を彫られた墓石があった。

 その手前、台の中央には線香が立てられており、左右には綺麗な花が添えられている。

 そして墓石の隣には石盤があり、榊 (まもる)と榊 見影(みかげ)という名前とその下には二〇三三年と彫られていた。

 それに視線を移した護は、懐かしそうな悲しいような表情を作る。


「父母よ、貴方達が亡くなってから早三年になるのだな……未だに、貴方達を巻き込んだHEAVEN事件の余波は残ったままだよ」


 護が言ったHEAVEN事件。

 それは今から三年前、当時東京都のネットワークの中枢を担っていた世界最高のAIコンピューター"HEAVEN"の暴走によって起きた大惨事だ。

 暴走の理由は解明されていないが、その暴走は管理下にあった防犯用の無人機や数多くの電化システムを巻き込み、東京都の大半が事実上壊滅状態へと追いやられた。

 同時に死傷者をも多く出したこの事件は、三年経った今でもわずかながら影響が残っている。

 その事件で、護の両親は巻き込まれ、亡くなったのだった。


「……それにしても、こうやって並んでいる墓石を見ると、またまた懐かしく感じるものだ」


 言って見渡す左側には、二つの墓石が置かれている。

 その合計三つの墓石は他の墓石とは隔離されており、正面から見て中央には霧島家、左側には高柳家、そして右側には榊家となっている。

 大昔から裏社会の頭を担っていると言われる三貴家という家系であるために、他の墓石とは隔離されているのだ。


「昔は良く、霧島家と共に祭り騒ぎをやっていたのを覚えているよ……――さて、本題といこう。父よ、実は前に報告した私の愛する姫についてなのだが、どうも私を拒絶するのだ……」


 護は片手で顔を覆い、ため息をつく。


「父がよく私に言っていた、愛した女を命に代えて守る事は死んだ後に女を悲しませる事になるため、命と同等に守るのだ、っというのを今でも心得ているのだが」


 肩をすくめ、目を伏せた。そして半目まで開けて、口を開く。


「私の接し方は、何か間違っているのだろうか……。父は瓦礫に巻き込まれた最、母を守るように覆い被さって亡くなったと聞いた。私にとっては誇りだよ? だが、その時父は、何を思って覆い被さったのだ?」


 問う護にしかし、答えは返ってこない。ただ、風で線香の煙が揺らぐだけだ。

 その事に彼は、ふむっ、と頷く。


「何はともあれ、愛する者を守る事に理由はいらぬ、と言うのが父の言葉だと受け取っておく。……理由はいらぬ、か……私は――」


 護が言いかけたその時だ。彼の携帯が、シンプルな着信音を奏で出した。

 それに気付いた護は、すぐさま携帯をポケットから取り出して開く。

 着信相手は、愛する姫と表示されていた。

 ……姫が私に電話?

 疑問を抱きつつ、彼は電話に出る。


「どうしたのかね? 姫。私の気持ちを――」

『あ、榊くん!?よかったぁ、出てくれて!!』


 声の主は、姫香ではなかった。


「その声は、いつも共にいる千尋か。何故に姫の携帯を使っている?」

『細かい事は後々! そんな事より、姫が大変なんだよ!』

「大変? スケジュールによると、今の時間は部活中のはずだ。つまりは、大怪我でもしたのかね!?」

『スケジュールって……――っと、今日の部活は、緊急の職員会議があったから、監督不在でミーティングだけで終わったんだよ』


 電話の向こうで呆れているだろう千尋は、軽くため息をついて、すぐに焦りの声に変わった。

 ……忙しい子だね。


「わかった。それでは、何があったか教えてもらえるかね?」

『あ、そうそう! とりあえずミーティングが終わって部室を出て、いつも通りに玄関まで向かってたんだけど、途中で知らない男子四人が道を遮って、姫を捕まえようとしたの! で、姫は携帯を私に投げ渡して、あいつに連絡してって』

「それで、君は大丈夫なのかね?」

『うん、私は大丈夫だよ。でも、姫はまだ走ってる。体力が持てばいいけど……』


 声のトーンが落ちた事に、護は眉をひそめた。

 ……姫は、私が来ると信じているのだな……


「わかった。今から急いでそちらに向かう。待っていてくれたまえ」

『わかった! 出来るだけ早くね!!』


最後の言葉に護は無言で頷き、通話を切った。

そしてすぐさまアドレス帳を開き、自宅の番号へとコールする。


「……私だ。至急、父の愛車を――そうだ、いつも君が勝手に乗り回しているディアボロスだ。――知らないと思っていたかね?――あぁ、それを急ぎで所沢聖地霊園まで持ってくるのだ。――もちろん、全速力でだ」


 頼んだぞ、と最後に告げ、通話を切る。

 その後、墓石に視線を移した。


「……父よ、私は迷う必要などなかったようだな。姫は私を信用しているのだ、私も彼女を信用せねばなるまい。守るとは、愛するという事はそういう事なのかもしれないな……」


 微笑し、向きを変えた護は、目を伏せる。


「また来るその時は、姫を連れてこよう」


 言って、目を開けた時は既に、護は走り出していた。

 線香の煙はいつの間にか揺らぐのを止め、ただただ小さな火でその身を焼いている。










 外で部活動をする学生の声が、開いた窓から響き聞こえる校内、東棟三階を走る人影がある。

 数にして五つ。

 その前方を走るのは、茶色い長髪を靡かせている女生徒、姫香だ。

 そして、少し離れた所から必死に彼女を追うのは、男生徒四人。彼らは息を切らす事なく、姫香を追っていた。

 そんな彼らの方を振り向いた姫香は、いかにも嫌そうな表情をして苦笑した。


「うわっ、まだ追って来てるよ……さすが体操部! 無駄に体力がある……!」


 余裕そうに言う姫香はしかし、いくら陸上部であっても、準備運動も何も無しで長時間走るとなると足にこたえてきているようだった。

 ……職員会議中だから教師は会議室にしかいない。

 かと言って、会議室に飛び込んで大事にするつもりもない姫香は、ひたすら走っていた。

 と、その時。校舎のスピーカーからチャイムが流れ始めた。

 それは、四時十五分を知らせる合図だ。


「うっそ! もうそんな時間!?……そろそろ決着つけないと、体力が持たないかも……!」


 呟き、姫香は視界に入った階段を下に駆け下りた。

 一気に飛び降りるという、脚に負担を掛ける方法は取らず、正確に一段飛ばしで降りる。

 彼女が目指すのは東棟とその隣にある第一体育館の間。

 そこは一本道だが、狭いが故に彼女にとっては戦い易い場所だった。彼女はその場所へと、一直線に走った。






 一階の非常口を飛び出し、一気に東棟と第一体育館の間へと向かった彼女は、狭いその場所を走りながら振り向く。

 男生徒達がついてきているかどうか、確かめる為にだ。

 だが、彼女の目に映ったのは、

「三人……!?――しまった!!」


 人数が少ない事に気付いたのと同時、姫香の足に、突然他の足が絡み付いた。


「――!?」


 それは、別ルートを通って先回りしていた四人目の男生徒だった。

 その足により、姫香はバランスを大きく崩して、コンクリートの地面に転倒する。

 痛い。

 それが第一印象だったうつ伏せになっている彼女は、思考が止まっている事に気付く。

 準備運動も無しに過度な運動と急な速度停止。

 その上、全身をコンクリートに叩き付けたが為に、彼女の疲労は一気に身体を支配した。


「……あ……くぅ………」


 ……動けない………

 辛うじて腕は動くが、それだけだ。

 その間にも、靴がアスファルトを擦る音が近付く。

 そして聞こえたのは、呆れたようすの声。


「全く、手こずらせやがってよぉ……ま、コレで終わりだな」

「部長、あいつの話によれば、何をやってもいいんでしたよね!?」


 穏やかだが興奮気味の声を放つ痩せた男生徒は、部長と呼んだ体格のいい男生徒に問い掛ける。

 すると部長は、鼻で笑い、口元に笑みを作った。


「もちろんだ。学校に来れないようにするなら、何をやってもいいってな。――おい、石倉(いしくら)! 誰も来ねえか、もう少し前出て見張ってろ!!」

「はいはい」


 部長が大声で言い放った先、先ほど姫香に足を掛けた男生徒は、仕方なさそうな返事をして出口側へと歩いて行った。

 そんな中、姫香の脳裏では一つの言葉だけが浮かんでいた。

 怖い。

 その感情が、彼女を支配する。

 自分が、今から何をされるのか分からないこの状況で、逃げ出す事は愚か、立ち上がる事も出来ない。

 唯一動く腕は、這って動く事しか出来ない。だから彼女は、必死に這った。

 それがどれだけ無様な光景だったとしても、だ。

 案の定、部長は声を高々と上げて笑った。


「あっはっはっはっ、高貴な女のような振る舞いをしている春原が、なんともまぁ無様な事を! 無駄な抵抗だってのにな」


 散々笑った部長は、手を姫香に伸ばした。

 だが、次に聞こえた声は、姫香の声では無く男の声だった。


「――!!!」


 うわぁ、という声が響いたのは、先ほど見張りに行った石倉という男生徒の声だった。

 その声に驚いた部長と他の二人、そして顔を僅かに上げた彼女は、その光景を見た。

 石倉が居ると思われる場所には、飛ばされたかのように宙を舞う石倉と、その原因であろう、スピンをして綺麗に止まった黒い車だ。

 エンジン音が切れたその車のドアは上に開き、中からは携帯を耳に当てている男生徒が出て来た。


「ん? 大事な車体に何か当たった気が……何だ、ゴミか。――いや、こちらの話だ。――あぁ無事に着いたぞ。位置特定、ご苦労だ。礼は後日、粗品でさせていただく。――大丈夫だ。では、そちらは任せるよ」


 言って携帯の通話を切り、ポケットに仕舞った彼は、鋭い目を部長達に向けた。

 その姿を、姫香は知っている。


「………榊……護………」


 呟く姫香は内心でさらに呟く。

 何故、と。

 だが、その声が聞こえない護は、ゆっくりと、しかし確実に部長の下へと歩み寄った。

 対する部長達は、唖然としており動かない。

 だが、護が目前に来た時、やっと動き出した。


「な、何なんだおま――」

「問うのは君では無い、私だ」


 無表情で、されど鋭い目を部長に向け続ける護は、問うた。


「……さて、私の愛する姫が、何故このような状況になっており、尚且つ美しい顔に擦り傷が付いているのか、簡潔に三十字以内で答えたまえ」

「ふ、ふざけるな!! 突然現れて、一体何なんだよ、お前は!? 俺達――」


 瞬間、護は部長の顔を殴り飛ばした。腹部に一撃を加えて、だ。


「三十字をオーバーした上に全く理由が伝わらない。失格だ。――さて」

「ひっ!?」


 部長の隣にいた痩せた男生徒は、護と目が合い、一歩後ずさった。


「次は君に問おう。私の愛する姫が、何故に――」

「た、助けてくれー!!」

「待ちたまえ」

「がっ!!」


 逃げようとした男生徒に素早く近付き、足を掛けて転倒させた護は、彼を見下ろす。


「そう焦るな。別に逃げなくても、問いに答えさえすれば助けてやる。……では、問うぞ? 私の愛する姫が、何故このような状況になっており、尚且つ美しい顔に擦り傷が付いているのか、簡潔に三十字以内で答えたまえ」


 問われ、男生徒は混乱しつつも言葉を選んで答えた。


「木下って女子に頼まれた! 春原をボロボロにすれば部費増やすって」

「ふむ、丁度三十字だな。その上、分かりやすかった。行け、そして二度と近寄るな!」


 護がそう言い放つと、男生徒はもう一人の者と共に部長を担ぎ、一目散に逃げていった。

 それを尻目で追いつつ護は、うつ伏せに倒れている姫香を抱き起こした。

 すると彼女は、はっきりと目を開けて、護を見た。


「……どうして、あんたは来たのよ……私があんなにも、拒絶してたのに………」


 問いに、護は即答を返した。


「理由は簡単だ。君を愛しているから、だ。そしてそれだけでは無く、君は私を信用して電話を千尋に掛けさせた。それが、私が君と共に居ようと、君を守ろうと決心した理由だ」


 その言葉に、姫香は一言呟いた。

 馬鹿、と。

 すると護は、微笑を作り、そして顔を彼女に近付けた。


「――!!??」


 一瞬ではあるが重なった唇に、姫香は目を見開いて赤面する。

 だが、そんな事などお構い無しに、護は携帯を取り出した。


「さて、足を怪我しているようだからな。今から救急車を呼ぶ。病院は私の知人が院長を勤めている葛城総合病院をがっ!!」

「こんの馬鹿!!私のファーストキスに何してくれてんのよ!!!」

「ははは、痛いではないか、姫。私が君の初めての男だと不満かね?」

「あったり前よっ!!!!」


 叫ぶ姫香は、笑い続ける護の顔を何度も殴った。


「までぐっ、ひべっ、かおはやぐぅ!!」


 その後しばらく、その場所では叫び声と打撃音が響き続けた。










 東棟の四階。

 その廊下を急いで走っている三人の女生徒がいた。


「――全く、体操部の方々、簡単に失敗するなんて、全然使えないですの!!」


 愚痴を漏らしながら先頭を走るのは、木下だ。

 彼女達は四階の窓から部長達の様子を見ており、そして護によって失敗に終わったのを見て、一目散に逃げ出していたのだった。

 そして、彼女達が渡り廊下へと入った時、不意に立ち止まった。

 肩を揺らし息を切らしている彼女達の視線の先には、黒い長髪の女生徒とその左右に、黒いスーツ姿の男二人が立って居た。

 その姿を見た木下は、声を上げる。


「な、何なんですの、貴方達!?そこをどいて下さいませんか!?」


 問われた女生徒は、口元に笑みを作った。


「あらまぁ、随分と偉そうな言い方ですね。普通なら、言うとおりにして退いてあげられるのですが、残念ながら若様の命令ですので」


 言い終えるのと同時、長髪の女生徒は指を鳴らした。

 すると、木下達の後方に、逃げ場を無くすかの如く、数名の黒いスーツ姿の男が現れ、迫って来た。

 それと同時に、彼女達の前方、長髪の女生徒の後方からも数名の黒いスーツ姿の男が迫って来る。

 その光景に驚いた木下は、焦りながら長髪の女生徒に問う。


「何をするつもりなんですの!?」

「何を、ですか? それは、貴方達が二度と若様の想い人に手を出せないようにするんですよ」


 答えた女生徒の姿は、既に木下達の視界には無かった。

 そして聞こえるのは一瞬の悲鳴。その後は静寂が、その場を支配した。


「……若様からの粗品は、何でしょうか……」


 その呟き声は、静かな廊下にひっそりと響いた。










「私は君が、大好きだぁぁ!!」

「あんたもいい加減しつこいわね!!」


 早朝の校門では突如、男女二人の声が響き渡った。

 一つは自信満々な表情の護。もう一つは姫香だ。

 そしてその二人の周りを、登校中の生徒達は弧を描いて避けて行く。


「む!? 言葉が変わったようだな!? 私を僅かだが受け入れてくれたのか!!」

「うるっさいわね!! こんな所で叫ぶ暇があったら、さっさと校内に入るわよ、護!!」


 少し怒り気味の姫香は、無理矢理護を引っ張り、正面玄関へと向かった。

 そんな中、何かに気付いた護は声を上げた。


「はっ! 姫が私を下の名で呼んがぁ!?」

「細かい事は気にしないで、さっさと歩きなさい!!」


 大声と共に、打撃音が再度響いた。

 その音を掻き消すかのように、チャイムが鳴る。

 そして、また騒がしい一日が始まった。 

どもーIzumoです

今作品をご覧いただき、ありがとうございます!

えーっと、今回の作品は、またもや唐突に思いついた物でして

連載中の他、二作の更新を差し置いて、執筆に踏み切りました。

さて、この作品は独立しているようであり、さりげなくいつもの空+時々雨と連動してたりします。

まぁ、両方見た人はすぐにわかると思いますが。

で、最後に、今作品を執筆するにあたって、連載できるんじゃね?などという馬鹿な発想にいきたったため

もしかしたら、連載させるかもしれません;


それでは、長々と失礼しました〜

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったですね。 これ単体しか読んでないので、謎が多く残ってますけど…。 あと、個人的にはいきなり超展開で着いて行けない所が多々あったかと。 あと最後に、いつもの空って何ですか? あなた…
[一言] 早速お邪魔します♪♪ ページ数多いのに、すらっと抵抗なく読める作品て、とても好きです。 私は作家志望ではないので、あくまで読み手としての感想になることを許してね♪♪ まず、タイトルに異…
[一言]  唐突は大切だと思います。  三人称の物語の運び方を参考にしてみたくなる、 勢いのある作品だと思います。連載しても、あるとおもいます。  ずうずうしいですが自分の作品も興味を持って頂けた…
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