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8.はじまりの土曜日

本日二話目の更新。

斎郷くんのターン。

森ノ宮先輩とは違う、しっとりとした甘さを目指しました。

第三土曜日。

月に一度の特別な日。


その約束がはじまったのは、父が病死して半年経ったぐらいからだろうか。


私が中学一年生の時。

父親が病死し、生まれた時から住んでいた家を手放すことになった。

母いわく、お父さんとの思い出がいっぱいある家に住みたくないとの事だったが、実際は金銭的なものが理由だったのではと思う。

だって、引っ越しの準備をしていた時、食器棚から出てきた母が書いたと思われるメモには、


『この家にずっと住んでいたい』


と書かれていた。

中学生の私は、母の為に何もできない自分が歯がゆくて、ただそのメモ書きを握りしめることしかできなかった。


家を手放し、以前から家族ぐるみの付き合いのある大介の家の隣の平屋に住むことになり、破格の値段で家を貸し出してくれた末本家に少しでも報いたくて、大介の両親の経営する食堂でちょっとした手伝いをするようになった。


母と弟。

三人での暮らしに少しだけ慣れたある日、私はふいに前に住んでいた家がみたくなった。

父がいないことへの淋しさや違和感を、自分なりにどうにかしたかったのか、その当時の自分の気持ちが今となってはよく思い出せない。


自転車に乗り、以前はよく通っていた道を抜け、見慣れた建物の前に辿り着く。


「変わってない」


船越という表札が表にかかっていないだけで、家は私達家族が出ていったままの状態でその場にあった。

少し前までは、ここが私の住む家だった。

今となっては、誰かの手に渡ってしまった懐かしの我が家。


不法侵入と分かっていたのに、我慢しきれず門の中へと侵入する。

恐るおそる玄関の扉へ手をかけ、ドアノブを回してみる。



「そこで何をしてる?」



ふいに声をかけられて、後ろを振り向くと、顔だけはよく知っている同級生がなぜか佇んでいた。


「斎郷、くん?」

「……船越、か」


斎郷海人。

私と同じ学年で、斎郷財閥の次男坊。

すんごいお金持ちなのに、家から一番近いからと公立校に通ってるおかしな男の子。


お互い小学一年生の時からずっとクラスだけは同じになっているので、名前は知っていた。

いわゆる腐れ縁にあたるのだが、挨拶や、ちょっとした連絡事項くらいしかことばをかわしたことがない。


「中、入るか?」

「え?」

「入りたいんだろ」


鍵を取り出し、私の横に来てカチリと開錠し玄関の扉を開ける。

ほらと、斎郷くんは優しく私の肩を押して、家の中へと誘導してくれた。


「邪魔はしないから。ゆっくり家の中を見ておいで」


斎郷くんがなぜそんなことを言ってくれているのか理解できなくて、ぽかんとその顔を凝視してしまう。

動けない私を再度促すように、背中を優しく押してくれる。


「一時間後に迎えにくるから。ほら、行ってこい」


背中にほんのり感じた掌のあたたかさに後押しされ、靴を脱ぎ家にあがる。


ただいまなのか、お邪魔しますなのか、なんて言っていいのか分からなくて、無言で廊下を通り過ぎ、リビングへとたどり着く。

新しい住まいには持っていけなくて、母が泣く泣くあきらめた家具が殆どそのままの状態で残っているのを視界に捉えた瞬間、


この家で、

父と、母と、

弟と過ごした懐かしい記憶が

一斉に押し寄せてきて、



――――私の意識は途切れた。






ふわりと、自分の沈んでいた意識が浮上するのがわかった。

何かに包まれている温もりと、優しく背中や頭を撫でてくれる手のひら。

なんだろう? ぽかぽかする。

それが何かを確認したくて、なぜかやけに重たい瞼を開き、顔を上げてみる。


「気付いた?」


視界には、先ほど玄関で別れた斎郷くんのドアップが飛び込んできた。

どういうことだこれと、固まりつつも視線を巡らし、自身の状況を確認する。


「え、と。なんで、私、斎郷くんに抱きこまれているのでしょうか?」


そう。

私の身体は、リビングのソファーに座る斎郷くんに、ものの見事に抱きかかえられている。

慌てて身を起こそうとした瞬間、手の甲にぱたぱたと水が落ちてくる。


「……まだ、とまってないじゃないか」


斎郷くんはため息をつき、私の顔にタオルを押し付け、再び私を抱きしめてくる。

その間にも、自分の瞳から、とめどなく涙が溢れてくる。


「なんで、泣いてるんだろう」


自分のことなのに、この涙がどうして止まらないか分からない。

瞬きしても、目を瞑っても次から次に溢れて、どうしたんだろう。


「悲しいことがあったからだろう。いいから、止まるまでこうしとけ」


小さい子供をあやすように、斎郷くんはとんとんと私の背中を優しくたたいてくる。


「玄関で別れた後、心配だからこっそり後をつけたらお前はリビングで声もあげずに静かに泣いていた。俺が声をかけても一切反応しなかった。明らかに普通の状態じゃないから、困って思わずこうしてなぐさめてる」


以上が、俺からの説明。

と、斎郷くんがぽつりぽつりと教えてくれる。


「質問事項は?」


涙が止まらないけども、受け答えはできると踏んだのか、私に問いかけてきた。


「なんで、斎郷くんがここにいるの?」

「……そこなのか。一番はじめにきくのはそこなのかよ。普通もっと他にあるだろうが」


斎郷くんから、何か不穏な空気が流れてくる。

しばらく考え込んだ後で、まあ、いいけどねと、呟くのがきこえてくる。


「船越は自分の父親が、そこそこ有名な建築家だったのはきいてるか?」

「うん。大学の時のお友達と建築事務所を設立してたのも、きいてるよ」

「俺は、そのチームHANAの建築物のファンなんだよ。で、売りに出されてたこの物件を出世払いで買わせてもらったわけ」


そっか。

なら、今は、この家は斎郷くんのものなのか。


「ここは、斎郷くんの家」

「そうだな。でも、元は船越の家でもあるんだろう?」


ここが他人の家だなんてやだなという感情で心がいっぱいになる前に、斎郷くんが優しく言葉をかけてくれる。


「お前が納得するまで、ここに通うといい。俺もメンテナンスやらで月に一度はここに来るから」

「月に、一回」

「そうだな。毎月第三土曜日にここで会おう」

「一人でも大丈夫だよ?」


だから、鍵だけ預けてくれたらいい。

私の心の声がダダ洩れていたのか、斎郷くんが苦笑する。


「嫌だね。一人にしたら、船越はひっそり泣くんだろう? それを俺は許せない」


涙を流し過ぎてぼんやりしてきた頭に、彼の声が優しく響く。

今までろくに会話したことなかったのに、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。


「余計なことを考えなくていいから、頼むからその涙を早くどうにかしてくれ」

「でも、とまらないの」


壊れちゃったのだろうか、私の涙腺。

斎郷くんは本当に困った表情で、未だにぽろぽろと零れる涙をみてくる。



「…………でも……たら、……どろいて止まるか? いや、でも、……クが高すぎるか」



ぶつぶつと何かを呟き、やがて斎郷くんはぬあぁ~と面白いうめき声をあげた。

その見たことない様に、思わずくすくすと笑ってしまう。


「なんだよ」

「斎郷くんの百面相が面白くて、つい」


クラスでは大人しく、そんなに表情の変わらなかった彼が、どういうわけが目の前で表情をころころと変えたのだ。

うっかり笑ってしまっても可笑しくないと思う。変なうめき声も聞いてしまったし。


「しかも、泣き止んでるし。なんなんだよ、本当に……」

「あ。本当だ。止まってる」


意味分からないんだけど……と、ひとりごちる斎郷くんを放置して目元に手をあてて涙が止まってるのを確認する。


「もう、大丈夫だな」


と、斎郷くんの膝の上から、ソファーへと身体を移動させられる。

ちょっと待っとけと、ひとり放置され、さっきまで感じていた温もりがないことに少しだけ淋しさを感じた。

ぼんやりとリビングを見渡たし、私が住んでいた時との違いを一個ずつ見つけていく。


テレビはあんなに大きくなかった。

時計は掛け時計でなくて、置き時計だった。

カーテンの色も違う。


「ほら、これで目元冷やして」


てしっと冷たいタオルをあてられて、視界を隠される。

泣き過ぎてヒリヒリする目元にはその冷たさが心地いい。

タオルを押し付けるついでに、斎郷くんは私をソファーに寝かしにかかる。


「え、ちょっと」


ふわりとタオルケットがかけられる。

寝かされたソファーの近くに斎郷くんが座り、


「で、土曜日はどうする?」


とこちらの戸惑いを無視して、先ほどの提案を再確認してくる。


「……通いたい」

「ただ来てもらってもいいんだけど、こっちにも体裁がいるから、部屋の掃除とかを頼んでもいいか?」

「アルバイトってこと?」

「そんなもん、かな」


優しく、私がここに通える口実を提案してくれる斎郷くんに、ダメ元できいてみる。



「ねえ、斎郷くんがこの家を買ったのと同じ金額を私が用意したら、この家を売ってくれる?」



斎郷くんがふっと、笑う。

笑われているのに、その笑いは嫌な感じは一切しなくて、ただただ優しい空気だけが流れる。


「いいよ。お前が……万円貯めて、俺の前に叩き付けたら考えてやるよ」


掲示された金額は、今の私ではとうてい用意できる金額ではないけど、明らかに良心的な値段で、どこまで本気で考えてくれてるのか分からない。

でも、彼が優しい人だというのは分かる。


しなくてもいい提案をわざわざして、優しい約束をしてくれる。

斎郷くんがなんでそんなことをしてくれたのか、今の私には考えるゆとりがなくて、ただその優しさを受け取った。



「理由? この家にきて、船越が泣かなくなったら教えるよ」



何度目かの約束の土曜日、斎郷くんに質問したら静かに微笑みながら答えてくれた。




――そして、彼との腐れ縁や不思議な約束は、高校生になっても続き、約束の土曜日に私は彼の元を訪れる。






語られなかった斎郷くんの心は、彼視点で語る予定。

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