7.船越一香の日常
午前中の授業が終わり、友人と教室でお弁当をつついていると、幼馴染の大介がのっそりと近づいてきた。
「そこのお嬢さん方、食後のデザートはいりませんかね?」
大介の手元の紙袋からは、ほのかに甘い匂いが漂ってくる。
「おっ。末本くん、中身は何か聞いてもいい?」
「お母さんがまた、ストレス発散に作っちゃったの?」
から揚げを頬張って返事をし損ねた私の代わりに、友人らがキラキラした目で大介をお出迎えする。
「……すっげー、ムカつく客がきたらしい」
げっそりした表情で大介が返事をする。
大介のお母さんは、ストレスが一定のラインを超えると、発散の為に料理を大量に作る。しかも、同じものを。
それは、餃子だったり、おにぎりだったり、シチューだったり、その場にある素材を見極めて一番大量に作成できるものチョイスするのだ。
そして、無心で同じものを作り続ける。怒りが収まるまで。
袋を受け取り、中身を確認する。
「お。揚げドーナツだね。ありがとう。そして、お疲れ様」
「……おう。朝起きたら、食堂の調理場にドーナツの山ができててビックリよ」
夜中の何時までおばさんは頑張ったのだろうか。
無表情で揚物をし続ける様が目に浮かぶ。
今日、学校終わったらご機嫌伺いに顔を出しに行こう。
「ドーナツのお礼言いに、帰りにお店に顔出すね」
「あ。私も、今度家族で食べに行くね~」
「さんきゅー。お袋に伝えとく」
私たちの会話が聞こえたのか、そこかしこでドーナツを手にするクラスメイトからも俺も私もと、大介のとこに今度食べに行くからと声をあげていく。
大介が乾いた笑いで、その声に応える。
末本くんちのお母さんのストレス発散おすそわけは、大介のクラスメイトの特権と小学校の時から続く有名な話だ。
ストレスレベルが高い時は、その量も半端ないものとなり、クラス以外へとおすそわけが行き渡ることもある。
いつぞやは大介と一緒に職員室で饅頭を配ったりもした。
おじさんは空っぽになった冷蔵庫に涙し、積まれた料理をどうやって捌こうかと頭を痛めるのが大介の仕事である。
お弁当を食べ終え、ドーナツを頂いていると、窓から見える渡り廊下に見慣れた姿を見つけてしまった。
ドーナツを持ったまま、固まる私の視線を大介が追っかける。
「……あぁ。例の、」
いつもより一段低い声が横から聞こえてくる。
隠し事をしてる後ろめたさで、まっすぐに大介の方が見れない。
やめて、そんな視線よこしても話せないものは話せないんだから。
「お。櫻野先輩と森ノ宮先輩じゃん」
「わあ、本当だぁ。眼福眼福~」
学園の誇るイケメン二人を目撃し、素直にはしゃぐ二人がうらやましい。
私も一緒に何も考えずにはしゃぎたい。無邪気に黄色い悲鳴とかあげてみたい。
「ほらほら、来たよ~。いつもの取り巻きの方々」
「いっつも思うけど、彼女たちはどこから湧いてでてるんだろうね」
「…………本当にね」
そこは素直に同意する。
さっきまで櫻野さんと将彦さん二人だけだったのに、五分もしないうちにどんどん女子生徒は集まってくる。
そうか。こんな感じにあの集団は形成されていくのか。
いつもはできあがった状態しか見てなかったから、新鮮だわ。
将彦さんが輪の中心でにこにこと微笑んでいる。……あれは、絶対に無理してる笑いだな。
っとに、なんでそんな無理して王子様やってんだろ、あの人。
お。見かねた櫻野さんが何か声をかけてるような?
「あ。多智花先輩の登場だよ!!」
後ろに左京さんと右京さんを従えて、雪子さんが颯爽と渡り廊下にやってきた。
「すっごーい。一瞬で蹴散らしたよ。あの人数を」
「なんて言って撃退してるのかなぁ」
……本当だ。瞬殺だし。すごーい。
やっぱ、本家本元には適わないなー。
叶うならば、今後の参考にしたいので近くで見たかった。
鞍野坂さんもいるけど、わわ、扇子でいなしてる。格好いい。
視線すら寄こさずに撃退するとか、雪子さん、どのような技ですか、それ。
「うっわ、見てよ、あの森ノ宮先輩の甘い顔。さっき女子生徒の相手してたのと全く違うじゃん」
「さすが婚約者様。誰かが多智花先輩の一方通行で片思いに違いないとかいってたけど、嘘でしょ」
「ねー? 顔見たら分かるよ。森ノ宮先輩もデレデレじゃん」
腕を組んで雪子さんと何か会話し、傍に控える櫻野さん達にも指示を出す姿をぼんやりと眺める。
「面白くなさそうな顔してるぞ」
「……別に」
櫻野さん達と別れ、将彦さんと雪子さんは二人で管理棟の方へと歩いて行った。
この時間なら、きっと中庭に向かうはず。
中庭には誰にも邪魔されない二人だけでゆっくりできる所があるから、そこで昼休みを過ごすんだろうな。
ため息をついて、自分の中のよく分からないもやもやしたものを吐き出す。
船越一香はしがない一年生。
Gクラスの方々の姿なんて、こんな風に遠目に見るのが当たり前なんだから。
「で、大介はいつまでそこにいるの?」
まだ横にいる幼馴染にそろそろどっかいけと声をかける。
もらうものはもらったので、こいつに用はないもんね。
「まだ、配りきってないんでしょう? さすがに私もそんなに食べれないよ」
「もっと食っていいんだぞ。しっかり横に大きくなるように」
いらないことをいう大介を睨み付ける。
失礼な。まだ、縦にも伸びる可能性を捨ててないのですよ。
「あと、渡してない奴は、」
と、大介がおすそわけのお届け先はないか、教室を見渡しある一点で視線をとめる。
昼食を食べ終わり、席で読書をしている斎郷くんのところで。
「斎郷って、甘い物食うと思うか?」
「……なんで、私にきくのかな」
「さて、ね」
この幼馴染は基本的に優しいのだけど、過保護なとこがあって、ツッコんでほしくないところをたまに思い出したかのようにつついてくる。
斎郷くんと私の間で、昔から何かがあるというのは知っているだろうけども、今まで気にしたことなかったのにどんな心境の変化だ。
「最近、やけにかまってくるじゃない、お兄ちゃん?」
過保護っぷりを揶揄して、大介に嫌味をいってみる。
「信じて放置してたら、なんか面倒くさいことになってそうだなって思いまして」
「……面倒くさい?」
何いってんの?
確かに、高校に入学しておかしなバイトが増えたけども自分なりに楽しんでやってるし、大介がそこまで心配してくるようなことなんてあったっけ。
「お前、」
大介が何かを言いかけ、大きなため息をつく。
「大介お兄ちゃん、よく分からないけど頑張って」
「妹さんはお兄様の愛に気づいてないだけよ!」
友人らが大介の何かを察し、私ではなく大介の応援にまわる。
しかも、無駄に兄妹設定を持ち出すんじゃない。
「こらこら、よく分かってないのに、なぜに大介の方を応援するかな」
解せぬ。
あなた方は私のお友達じゃないですか。
「だって、絶対に一香の方が悪いと思うの」
「末本くんが悪いわけないじゃない」
二人してひどくない? 一人くらいは私の味方になってよ!
と、彼女たちの両手にあるドーナツに目を向ける。
「……いや、ちょっと」
はむはむと美味しそうにドーナツを食べる友人。
君たち、それは何個目のドーナツかな?
大介が手にしていた袋のボリュームがかなり減ってる気がするのですけど。
「お嬢様、おかわりはまだいりますか?」
どこの執事かっていうくらいかいがいしくドーナツを手渡す大介。
これ以上渡すんじゃない、大きくなるでしょう、横に。
「大丈夫。お前と違って、後藤さんも武田さんも太ったりしないから。お前と違って」
「何を根拠に言いやがるか――っ!!」
きりっと二回も余計なことを言い放つ大介の腹に、渾身の一撃を入れる。
とっさの攻撃に防御が間に合わなくて崩れ落ちる大介に、さらなる追撃を入れる。
またはじまったと、兄妹喧嘩を見守るクラスメイトたち。
こうして、賑やかに昼休みは過ぎていく。
日常回という大介お兄さんのターンでした。
次は斎郷くんのターン。