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4.前門の虎後門の狼、再び

「バイトで、学園のアイドルの婚約者役やってます」の前半パートの加筆修正版です。

シャラーン♪


着信音がして、スマホにいつものようにとあるメッセージが届く。

今日はどうかと思ったが、やっぱり出動要請がきたか。雪子さんの予想大当たりだわ。

内容を確認し、すぐ傍に控えている助っ人である左京さんに移動の旨を伝える。

ちなみに、左京さんの相方である右京さんは本日は雪子さん本人の付き添いで不在である。

自分の中のスイッチを、一般生徒船越一香からご令嬢多智花雪子へと完全に切り替えるために、手にしている京扇子を握りしめ、深呼吸をする。



「さて、参りましょうか」



第二校舎の一階で、愛しの婚約者様が待ちわびている。






目的地に近づくと、女子生徒数人に囲まれている件の人物を発見する。

が、本日は将彦さんの傍に櫻野さんも控えているためか、女子生徒の輪がいつもよりスゴイことになっている。

護衛役として傍に控えているのに、その顔面偏差値の高さが仇となり、さらに女子の取り巻きを増やしているとか、本当にお疲れ様です。

櫻野さんだけなら、そのなんともいえない雰囲気で近寄り辛いのだけど、将彦さんとセットとなると話が変わってくるんだよね。


そうね、二人もゴージャスな御仁がいたら寄って行って、声なんかきいてみたいって思っちゃう気持ちは、ほんの少しは理解ができる。

この二人もだけど、琉聖学園Gクラスの男子生徒は全員が、女子生徒にとってはアイドルみたいなものだもんね。

女子である雪子さんも憎まれ役なんてやらずに、普通にしていたら絶対に同じように騒がれているはずなのに、どうしてこんな割にあわないことしてるんだろう。

雪子さんのことは頭の片隅に追いやり、目の前の集団に意識を向けなおす。


何度も思うが、程度というものが世の中にはあるのだ。

どこのバーゲンセールかというくらいの人だかりに、二人に興味のない男子生徒らは、廊下の真ん中で何やってやがると、迷惑気に集団を見ながら横を通り過ぎていく。

さて、どうやって蹴散らしてやろうかと算段していると、集団の中心にとあるご令嬢の顔を見つける。


「雪子様、鞍野坂永華嬢がいらっしゃいます。一旦様子を見ましょう」



鞍野坂永華。

私と同じ一年生で、雪子さんをライバル視している厄介なお嬢様である。

経歴なんかを色々ときかされたが、要約するとアレだ。向こうが勝手に盛り上がって、雪子さんに絡んでくる困ったちゃんらしい。

しかも、長い付き合いらしく、彼女がいる時は極力近寄らないようにと厳命されている。

お嬢様のクセに、野生の勘が素晴らしいらしく、私が代役であると初見で見破るから……とのこと。

野生の勘とか、昨今のご令嬢ってどういうスペックなんですかね。

私見ですが、鞍野坂さんは絶対に雪子さんのことが好きすぎて、色々とこじらせてる系だと思うのだけど。



こちらに気づかれる前に、そっと近くの空き教室に避難する。


「うーん。森ノ宮先輩からの救難信号、どうしようか」

「櫻野様もいらっしゃいます。なんとかしてくださるはず、です。私は様子を見て参りますので、こちらで身を潜めておいてくださいませ」


左京さんが教室を出ていくのを見送り、ため息をひとつ漏らす。

相手が悪いとはいえ、代役としてお役に立てないとは、少しだけ凹んでしまう。出来高制なんだよね、このバイト。



私の通う琉聖学園の女子生徒の大半が憧れる森ノ宮将彦の婚約者である、多智花雪子。

一般の方ではない、いわゆるお嬢様という存在の雪子嬢。

そんな雪子嬢と畏れ多くも、私はそっくりらしい。

だだし、顔以外。いや、顔は化粧で誤魔化せるから系統は同じなんだろうけど、あの人とは天と地の差があると自覚してますとも。

神様のどういった気まぐれなのかはしらないが、血縁関係が一切ないのに、声や身長、スリーサイズまでがほぼ一緒。後姿なら家族でも間違えてしまうくらいだった。


その、偶然を買われておさまっている私のポジションが、雪子嬢の代役である。


バイト禁止だけども、なんとかしてお金を貯めたい私の前に転がり込んできたチャンス。

厳しい研修期間を終え、合格ラインといわれて、私が日々挑む業務の主な内容はほぼひとつ。



ガラの悪い素を隠し、品性方正で好青年。皆のアイドル、もしくは憧れの王子様を演じている森ノ宮将彦先輩が、女子に絡まれているのを救出することである。



いや、真面目に考えるとなんて内容なんだろう、このバイト。

なぜに、自分でまとわりつく女子をあしらえないのに、王子キャラでいくんだろう?

一言、ウザいと言えば解決できそうなのに、将彦さんはそれをしないし、雪子さんも何も言わない。


「…………謎だ」


とんでもない額のバイト代の中には口止め料も入ってる。

だから、私は必要でないことは極力聞かないことにしている。

いい加減、お前本当にどうにかしてみせろよとか。そろそろ少しはあしらい方分かってきただろう?

なーんて、ひとつも思っていませんとも。






空き教室の片隅にまとめられている机と椅子の中から、比較的きれいそうな椅子をひとつ引っ張り出す。

ハンカチで軽く埃を払い、座ってため息をつく。


「こんな事になるなら、今日のバイトは断ればよかったかな」


これくらいならと誤魔化していたが、座ると一気に倦怠感が身体を襲う。

昼休みの一件で、体調不良も吹き飛んだかと思ったけど、そううまくはいかないかー。

顔色が悪いと気づいてる筈なのに、素知らぬ顔でいつも通り雪子さんになるためのメイクを施してくれた桃太くんや、体調がすぐれないのを心配してくれた左京さんを振り切ってきたのに、この様はちょっと情けないなとひとり哂う。



――――やばい、視界がまわり出した。



目を瞑って、この不快な波をやり過ごそうとした瞬間、



「なんだ、人がいたのか」



がらりとドアが開く音がした。

左京さんかと思って振り向くと、見慣れた男子生徒と目があった。


「……お前、顔色がひどくないか?」

「…………」


背中に冷や汗をかきながら、誰だという視線を送る。

多智花雪子にとっては、彼は初対面なはずだ。

船越一香としては、何度も何度も、嫌になるくらい会ってますけどね!

つかつかとこちらに近寄ってくるのを黙って見つめる。

このままではまずいと椅子から立ち上がり、逃げ出そうとする前に、目の前に立たれて退路を断たれる。


「ばか。そんな顔色で立ち上がるな。転んで頭でも打ちたいのか?」


肩を軽く抑えられ、顔を覘きこまれる。

うわ、そんな近くで見られたら、コイツにはばれる。


「近いです。離れてください」


手にしていた扇子で、顔を寄せようとするのを留める。

寄るなー。そして、こっち見んなー。


「はあ? 本当に大丈夫か? しかも、その恰好、なんの真似だ?」

「…………」


ばれてる、ばれてるよ。うん、ばれちゃうよね、分かってましたとも。

やっぱりコイツには誤魔化しはきかないか。

あまりの窮地に眩暈もどこかにいったのはいいんだけど、どうしてくれよう。


「船越だろう? 朝から顔色が悪かったのに、早退しなかったのはこのお遊びが一因か?」

「えーと、どちらさ」

「お前さ、俺と何年の付き合いだと思ってるわけ? 多少化粧してても、お前が船越なのは分かる。ついでに体調悪いのもな」


ですよねー!?

大介にはかなわないけど、あなた様とも長いお付き合いですものねー。

幼馴染とは別枠の、腐れ縁ですもの。


保健室行くぞと、抱えようとするのを阻止する。

この格好で、コイツに抱えられて廊下歩くとかやらかしたら、バイトをクビになるどころの騒ぎじゃない。

将彦さんはどうでもいいが、雪子さんに迷惑をかけるのだけは本当に嫌だ。

Gクラスとまではいかなくとも、コイツも有名人なんだから、本気で勘弁してください。


「いや、本当に、何も言わずにほっといて、お願いだから」


必死に抵抗する私を、呆れたように見つめ、ため息をつかれる。

抱えようとするのをやめて、椅子に座る私の目の前にしゃがみ、顔をじっと見つめられる。


「本当に、大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと休んだら、回復するし。そのうち迎えもくるから、」

だから、早くここから去ってくれと言おうとした、その時、



「雪?」



音もなく開いた扉から聞こえた麗しい声に、なぜか、寒気を感じた。

ぎぎぎと首を動かし、怖くて本当は確認したくないが入り口を見ると、先ほどまで女子に囲まれていた婚約者様が、きらきらの笑顔で佇んでいた。


やだ。

笑顔が怖いとか、どういうことよ。

いつの間にそんな必殺技を会得してやがったんですか。

それに、そんな冷気出せるんなら、普段から放出してお嬢さん方を追っ払いましょうよ。


「森ノ宮将彦、か。……ふうん、そういうことね」


前門の虎後門の狼。

そっかー、あの言葉ってこういうことを示すのねー。

つか、昼休みも含めると本日二回目だぞっ☆て現実逃避した私は悪くないと思う。






一香・森ノ宮先輩・腐れ縁の彼。

これで三角関係を担うキャラ全て登場です。

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