3.幼馴染と仔猫の皮を被った猛獣
琉聖学園に入学して、早一ヶ月。
ゴールデンウィークも終わって、高校生活になんとなく慣れた頃。
「顔色悪くね?」
昼休みに自分の席でぼうっとしていたら、幼馴染の末本大介に声をかけられる。
さりげなく首筋に手をあてられ、熱はないなと確認される。
「貧血と寝不足」
その手をやんわりと外し、不調の原因を素直に教える。
小学校に上がる前からの付き合いなので、これくらいの接触はお互い当たり前なのだけど、教室はまずいからやめろと目で制す。
「悪い。気をつける」
「自分がモテているという事実を、もう少し自覚して」
「うるせー。お前は俺にとって血は繋がってなくても身内なの。心配させるような様子見せてる一香の方が悪い」
知ってます。
家族みたいに大事にされてるのは自覚してます。
でも、雪子さんでなく、一香の時にも女子生徒から妬みの視線を頂くのは疲れるんですー。
しかし、貧血という言葉で色々と察してくれて下手に追求しないとこも感謝してる。
「今日は授業終わったら、さっさと帰って寝とけよ」
いつもなら素直に頷くのに、固まる私に大介は胡乱な目を向けてくる。
今日は例のバイトが入っている。
しかも、雪子さん直々のオファーだ。
多少の無理をしてでも頑張りたい。
「言ってくるのを待っていたけど、お前、変な事に巻き込まれてるよな」
やだ。
やっぱり感づいてた?
何も言われないから、気付いてないのかなって思って黙っていたけど、そんなことはなかったか。
これはまずい。
大介はどこまで感づいてるのだろう。全部、ではないよね。
「うちの食堂の手伝い、不定期にしたのと関係あるよな」
「な、なんのことかなー? この学園ってばバイト事態禁止なんだから、バイトなんてするわけいかないでしょう?」
「そう、返しやがるか」
大介が妹分を心配する爽やか兄貴の仮面をはぎ、ドス黒いオーラをまき散らす。
「だ、大介?」
体調不良だけではなく、その機嫌の悪さに顔がさらに青ざめる。
「一香。選ばしてやる」
クラス中の注目を集めていると分かっているのに、大介は私の手首をつかみ、少しだけ自分の方へと引き寄せる。
甘い雰囲気ではないとクラスメイトも察して、無言で私たちのやり取りを見守っている。
視線を外すなんて許されない状況で、ときめきよりもその恐ろしさに震え上がる。
やばい、久しぶりに大介の逆鱗に触れてしまったか。
「俺の質問に全て素直に答えるか、黙ってこのまま早退するか。どっちを選ぶ?」
「そ、早退はちょっと」
「なら、俺に秘密にしてること洗いざらい話すんだな」
いやいやいや。
無理です。例え大事な幼馴染だとしても簡単に話せるわけがない。
お高いバイト代には口止め料が含まれてるんですから。
「それは、「こっんにちは――――っ!!」
勢いよくドアが開き、見慣れた姿が教室に飛び込んでくる。
同じ学年とはいえ、選択科目でかち合わない限り同じ教室にいることはまずないであろうGクラスの月見里桃太の突然の登場に、教室が騒然とする。
女子生徒だけでなく、男子生徒ですら、何あの可愛い生物とかいってるあたり、桃太くんすごいわ。
きょろきょろと教室を見回すも、やっぱり分かんないやと呟き桃太くんは教壇に近づく。
そして、
「船越さんって子はいるーっ?」
なぜか私の名前を呼びやがった。
ちょっ、桃太くん?
「ここにいるけど?」
固まる私を無視し、大介が手を挙げる。
「ちょっと、大介」
「あれ、関係者だよな」
おう。こやつ、どこまでの情報を得てやがりますか。
とてとてと近寄ってきて、にこりと微笑む桃太くん。
「あなたが、船越さん?」
「そう、ですけど。Gクラスの方が何のご用でしょうか?」
「カタいなー。僕たち同じ学年じゃない。敬語なんてやめてくれる?」
無理でしょう。
バイトの時なら平気だけど、今の私とあなたは初対面ですよね。
色んな意味で口元を引き攣らせている私に、ちぇっと可愛く拗ねてくる。
拗ねられても、今の状況でいつもみたく桃太くんとか呼びませんよ!?
「で、一香に何の用だ?」
「ふーん、一香ちゃんっていうんだ」
桃太くんの目になぜか剣呑な光が一瞬浮かぶ。
「仔猫の皮が剥がれかけてるぞ」
「なんのこと?」
さらりと大介のツッコみを躱し、改めて私の方に向き直る。
「えとね、学年主任の山田先生が呼んでるよ。昼休みが終わる前に職員室に来てほしいって」
「伝言を、わざわざ?」
「うん。なんか廊下歩いてたらばっちり目が合っちゃって。あの人、Gクラスとか全く関係ないじゃない?」
「そう、なんですか」
知ってます。
山田先生は生徒は生徒と、Gクラスに堂々と用事を頼める鋼の心臓を持った御仁だと。
私も雪子さんの代役を請け負っている時に、何度か用事を言いつかったことありますから。
「ついでに、こっちの教室に堂々と遊びに来れるから頼まれちゃった。用件は伝えたから僕は帰るね。昼休みもあと少しだから、急いだ方がいいよ」
忠告されて、時計を確認し慌てて立ち上がる。
なんか色々とあり過ぎて、体調悪いのも一時的だろうけど吹っ飛んだし。
「大介、ごめん。ちょっと行ってくる」
学年主任からってことは、特待生として何か連絡事項があるに違いない。
先日の学力テストでは、水準をクリアしたと思ってたのだけど、何の連絡だろう。
大介もしぶしぶと行って来いと手を振ってくれる。
廊下に出て、少し早歩きで職員室に向かう。
その横にするりと桃太くんが寄ってくる。
「いっちゃん、貸しひとつだよ」
え? どういうことと問いただす前に、桃太くんは離れていく。
職員室に入室し、山田先生のところに行くと、先生は渋い顔でメモ用紙を差し出してきた。
『今度デートしようね』
メモを持って固まる私に、山田先生がなぜか同情じみた視線をよこす。
「船越は、とんでもないのに気に入られたな」
「え、いや、ちょっと、これは」
「お前の事情はある程度は知ってる。それを踏まえて言ってる」
は?
「Gクラスの連中は優秀だが、人間としてはどうかというのが集まってる」
しみじみした声色で、山田先生もあのクラスの方々に何か思うことはあるのは分かった。
やめてください。先生。
私、まだ、Gクラスの人たちに夢を見ていたい年頃なんです。
いつかは気付いてしまうかもしれない事実を、突きつけないでください。
「今回の呼び出しは、本当にこのメモだけだ。わしも月見里に利用されたにすぎん」
「え、てことは、桃、月見里くんは本当に私を」
「何か面倒くさい事態になってるから、名前貸してくださいねって軽くいってきたぞ」
「……ありがとうございます」
いや、確かに困ってましたけど、それをどこで聞きつけて、そしてこんな感じに助けてくれた桃太くんが恐ろしいですけど!?
「見た目に騙されるなよ。あれは猛獣だ」
「いやいやいや、何のアドバイスですか、いらないですよ、その情報」
私にとって桃太くんは癒し枠。
森ノ宮先輩とのやり取りでささくれだった心を癒してくれる天使です。
猛獣ってなんだ。
身体的には回復したが、精神的にダメージを受け、ふらふらしながら職員室の扉を開ける。
と、廊下の片隅に見慣れた姿をみかける。
「……森ノ宮、先輩」
私の呟きが届いたのか、ちらりと視線を向けるも何も言わずにその身を翻す。
職員室のある管理棟と、Gクラスのある新校舎は近いとはいえ別棟だ。
どうして、と不可思議に思いながら、ちょっとした可能性に思い当たる。
まさか、私のこと心配して?
いやいや、そんなことないか。
偶然でしょと、心のざわつきに、そっと蓋をした。