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1.船越一香の二重生活

「バイトで、悪役令嬢の代打やってます」の前半パートの修正版です。

大筋は変わってません。

シャラーン♪


着信音がして、スマホにいつものようにとあるメッセージが届く。

内容を確認し、すぐ傍に控えている助っ人である右京さんと左京さんに移動の旨を伝える。

自分の中のスイッチを、一般生徒の船越一香から完全に切り替えるために、手にしている京扇子を握りしめ、深呼吸をする。



「さて、参りましょうか」



第一校舎の二階で、愛しの婚約者様が待ちわびている。






足音をたてないのが本当はいいのだろうけど、存在をアピールするためにわざと足音をさせて目的地へと急ぐ。

進行方向にいる生徒を目で制し、横によけさせる。うん、本当にごめんね?

それでもよけない生徒には、さらに目力をあげて圧をかける。本当に本当にごめんなさい。


「おどきない。邪魔よ」


掌に扇子を打ちつけて、その音でも威嚇しておく。

ひっと怯え、今度こそ横に避ける生徒を、トドメとばかりに睨み付けておく。怖いよねー、次からはちゃっちゃと避けてねー。


「……うわ、いつもより多い。空気読めなさすぎでしょ」

「雪子様」


目的地に辿り着き、とある人物を中心に形成されている輪に思わず素で引いてしまう。

よくもまあ、一人の男子生徒にここまで大人数でたかれるものだといつも不思議に思う。

格好いいから近づきたい、少しでも仲良くなりたいという気持ちは理解できるが、程度があるだろうに。

私の素の声を拾った左京さんに、ダメですよと小さく注意される。


そうでした。

今の私は、その輪にドン引く一般女子生徒でなかったですね。

気合を入れ直すために、今一度深呼吸をする。

さて、お仕事のはじまりだ。



「あらあら。将彦さん、私との約束を忘れて、こんな所で何を遊んでいるのかしら?」



今まできゃっきゃっと一方的に話しかけていた女子たちが、こちらの存在に気づきその口を一斉に閉じる。

「雪、どうしたんだ?」

輪の中心にいた男子生徒がこちらに気づき、ふわりと微笑みかけてくる。


十人中十人が間違いなく振り向く美貌の主は、微笑むことでその顔の威力をあげている。

顔面偏差値をつけるのなら百点満点であろう。

クセのない黒髪、涼しげな目元、整った眉。いつ見ても、ため息しか出てこないルックスだ。

美人は三日見たら飽きる? そんなことはない。いつ見ても、美人は美人でこちらの心を揺さぶり続けてくれる。

完璧すぎる容姿に舌打ちしたくなる衝動を抑え込み、つんと拗ねてる声色で声をかける。


「どうしたの、ではありませんわ。将彦さん、放課後の約束を覚えていて?」

「……すまない。こちらのお嬢さん方と話が弾んでしまって」


いや、弾むっていうか、彼女たちが一方的に話してましたよね?

会話のキャッチボールでなくて、ドッジボールをされてませんでしたか? そのボールを避けきれずに、応援要請を寄こしやがったんですよね?

心の中で数々のツッコミが高速で浮かぶも、我慢して呑み込み言うべき台詞をいう。


「まあ!? では、私が待ちぼうけをくらったのは、そちらのお嬢さん方のせい……ということかしら?」

わざとらしく驚くフリをしながら、彼の周りを取り囲む女子生徒ひとりひとりの顔を確認するように、視線を巡らす。


うん。

いつもの常連さんから、ご新規さんまで幅広くお揃いですね。

常連さんからはまた来やがったと冷たい視線を頂き、ご新規さんからは気まずげーな視線を頂く。

……さすが、まだご新規さんは可愛げがあるな。

この輪の中に参戦した勇気は少しだけ褒めてあげるから、次回からその勇気は別方面で活用してくださいね。

常連さんには言いたい。

楽しいかい? いっつもこんな風に私に蹴散らされるの分かってるのに、纏わりつくの楽しいのかい?

私は楽しくないんですけどね!? お互いの為に、そろそろやめませんかね?



「あなた方、分かっていて? その人は、私、多智花雪子の婚約者なの。さっさと散りなさい。不愉快だわ」



きつく睨みつけると、女子生徒らは名残惜しげに散っていく。

小さく聞こえる、舌打ちや文句のことばにも慣れてしまったせいか、容易に聞き流せるようなった。

……文句があるなら、聞こえるようにいいやがれ。

その喧嘩、勝ってやるから。


「お見事」


女子生徒から解放され、ほっと一息つきながら婚約者様が労いのことばをくださった。

諸悪の根源が何をいう。業腹なので、返事をせずに睨みつけるだけにしておく。


「機嫌を直せよ、マジで助かってる。いつもありがとな」


腰を引き寄せられ、耳元で囁かれるのは他の女子生徒に向けるような丁寧な口調ではなく、素でのお礼のことば。

「……近いんですけど」

近すぎる距離に思わず頬が赤くなる。

この役割をして、そこそこ時間はたったけど未だに慣れない。

こんな格好いい異性が。とんでもない近距離にいるんだよ?


「いいじゃないか。オレは婚約者にベタ惚れなんだから」

「そういう設定ですけど、今は見せつける人もいないですよね?」


さっさと離れろとつっぱねるが、抵抗する手を握りこんでさらに引き寄せられる。

「ここは公共の場だろう? いつ、何時、他人の目があるか分からない場所だ。仲睦まじくすることにこしたことはないさ」

不特定多数への微笑みではなく、雪子という婚約者のためだけに向けられる微笑みにますます頬に熱くなる。

私自身に向けられてるわけではいのに、無理です。これで胸が高鳴らない女子はいませんよ!?

助けてと、傍に控えている助っ人二人に視線を向けるも、うふふと笑うばかりで助けてくれない。


「仲がよろしいですわね~」

「雪子様、愛されてますわね」


色々と不慣れな私を手助けしてくれるのが、貴女方のお仕事ですよね?!

今、まさに助けるべき人物が困ってます! さあ、眺めてないで早急に助けてください!

絶対に面白がってますよね! 右京さん、あなたがこっそり本来の主人に面白おかしく報告出してるの知ってるんですからねー!!


「将彦さん?」

誰も助けてくれないのなら、自分で頑張るしかない。

囲われている腕の中で、なんとか顔を上げる。

「どうしたの、雪」

おう。さらに甘い声と顔で迎撃するのやめてください。

残り少ない私のライフポイントが本気で尽きてしまうんですが。


「…………こんな人目の付くような場所では、ゆっくり落ち着いてあなたと戯れることもできませんわ。お約束の通り、いつもの所にいきません?」


意訳。

いいからさっさと移動しろ。そろそろ私の我慢の限界だ。


私の心の声をようやく受け取ったのか、仕方ないとため息をついて少しだけ距離をとってくれる。

それでも腰にまわした手は離してくれない事にきりきりしながら、促がされるままに歩き出す。






新校舎の三階は限られた者しか入れない特殊なフロアとなっている。

フロアの一番奥にある、とある教室。

そこは琉聖学園に通う生徒全員が憧憬を抱く生徒たちが集う特別クラスである。


名前は「G」クラス。私は勝手にゴージャスクラスと呼んでますけどね。

学園でも極めて優秀な生徒が選出され、学園の貌ともいわれる面子が在籍する、本当に特殊な空間である。

一学年から三学年まで合わせて十人弱という人数のため、教室はひとつしか用意されていない。

しかし、その設備は通常の教室と違ってどこの高級ホテルですかと今でも思ってます。

隣接してサロンじみたゴージャス空間あるし、別室には仮眠室というには不適切な天蓋付ベッドや応接セットが鎮座するロイヤル空間があるし。

このフロア自体がGクラス専用となっていて、その時の面子によってカスタマイズされる仕様という。

教室がひとつとか嘘だし。特別室は多数あるじゃないかと文句をいったのが懐かしい。


我が学園の誇るGクラスには、全国模試で常にトップクラスの成績をキープしたり、スポーツや芸事の世界大会で毎年入賞したり、学生ながらに国内だけでなく海外でも活躍するような芸能関係者など、普通の生徒には手の届かない生徒ばかりが名を連ねている。


その、Gクラスへと私は入室する。


扉を締め、本当に他人の目を気にしなくてもいい状態になったのを確認し、私は未だに腰に回っている手を振り払う。

「おいおい、景気よく振り払い過ぎだろうが」

ざざっと距離をとる。

「ここに戻ったら、もう婚約者なんかじゃないんですから、当然です!」

「もう少し惜しめよ。オレって女子生徒の憧れの的だろうが。そのオレ様に公然といちゃつけるのなんて、お前だけなんだから」

「結構です! その権利を持ってるのは、雪子さんだけです」



多智花雪子。

Gクラスに所属する生徒のひとり。

誰もがきいたことのある大企業TTカンパニーのご令嬢。

お金持ちというステータスだけではなく、自身も頭脳明晰で将来を有望視されている人物でもある。

すでに起業をされていて、私でもきいたことあるアプリなぞの開発と運営も手掛けてるとか本当に同じ人類かと疑ったし。



そして、とあるご縁で、

いわゆるご令嬢といわているお方の代役を演じさせて頂いてるのが、私こと船越一香である。



幼馴染である森ノ宮将彦とは婚約者のフリをし、お互い学園にいる間は煩わしい恋愛・結婚問題の虫よけという形にしようと密約を交わしているらしい。

しかし、二年生の一学期からどうしても学園を不定期に、数日間もしくは数週間離れなければならない事情ができたらしく、どうしたものかと悩んでいたところ、私を発見したのだという。

嘘のような本当の話で、彼女とは体型……スリーサイズなど全ての数値が一緒で、声もそっくりという。

全く血筋的にも関わりのないのに、本当になんの偶然だという人物が私なのだそうだ。

ご本人と初めて対面した際に、顔以外の姿形が本当にそっくりでお互い驚いてしまったのだけど。


必要な時に、多智花雪子になってほしいとお願いされて、戸惑いながらもその報酬につられて頷いたのは、よかったのか、悪かったのか、未だに判断に困るのだけど……。


私も、とある事情から禁止されてるバイトをしてでも、お金を稼ぎたかった身の上なので、助かっているわけだ。

本当にね、時給がいいんです、このバイト。

この金額でいいのかと迷ったけども、その金額には口止め料とか危険手当とか様々なものが含まれてるからだと気付いてからは、気持ちよくもらってます。



普段は、一般生徒の一年生、船越一香。

たまに、皆の憧れ森ノ宮将彦の婚約者、多智花雪子。



入学前は想像もしてなかった、とんでもない二重生活。

これは、そんな私の物語。






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