戦闘空域
「 空は広いが、戦闘空域は狭い
あいつはまたここへやってくるよ 」
私のヘッドフォンに声が響き渡った
奴は、きっとここへ戻ってくる...
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?
-2時間前-
「おい、そろそろ時間だぞ」
写真を見ていた私の後ろから声が聞こえた
「ん? ああ、おっけー」
写真を胸のポケットにしまい
窮屈なベンチから立つと急いで彼を追いかけた
「へい、今日のミッションってラール地方の爆撃だっけ?」
「ああ、工業地帯にな」
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この戦争が始まってからすでに3年が経過していた
かつて大陸を支配した帝国は、同盟の反攻によって遥か内陸まで逃げて行った
だが、まだ戦争は続いている
今日、いまから向かう工場は、誰かを殺すために、弾を、銃を、兵器を毎日作り出している
我が軍の誇る銃も大砲も届かない
唯一届くのは、我々航空隊の爆弾だけだ
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ブリーフィングルームにはすでに戦友達が座っていた
私達が最後のようだ
席に着くと同時に今日のミッションの説明が始まった
- 十数分後 -
「今日のミッションはE中隊14機とL中隊8機による爆撃任務だ
E中隊は、通常通り爆撃機によって出撃」
彼らが乗る爆撃機はとても優秀だ
機体は銀色に光っていて、とてもスマートで魚雷に似ている
翼には力強くデカいエンジンが四つも付いていて
高度8000mまで余裕で登り、3トンもの爆弾を落とす
航空士官学校時代から仲のいい「彼」が乗っている
「L中隊は戦闘機によってE中隊の護衛任務だ
爆装ではなく、燃料を積んでいけ」
「私」がいるL中隊は戦闘機乗りだ
愛機は高高度にも対応できるよう爆撃機と同じデカいエンジンをくっつけたタフなヤローだが
そのおかげで動きが鈍くなつてしまった
まるで誰かが飼ってる丸々太った猫のような感じだ
だが爆撃機と一緒に飛べるようになって、護衛が出来ることになったのはとても嬉しい
以前は、護衛なしで爆撃に行かなくてはならず、被害が多かった
いつも「彼」が落とされないか ヒヤヒヤしながら見送っていた
「よし、あとは機体の最終チェックと
40分後の一五三〇に出撃、各員の奮闘を期待する
お互いぶつからないよう余裕を持って行ってくれ」
ハハハッ
この前あった空中衝突のことだろう
幸いぶつかった両機のパイロットは無事だったらしいが
どちらも話に夢中で気が付かなかったそうだ
皆が一斉に立ち 廊下へ歩き出した
「さて、俺達も行こうか」
「ああ」
自分たちも格納庫へ向かうため廊下に出る
廊下に出てすぐに、外へ出る扉がある
数歩外に出て、空を見上げてみると
特に何もない普通の天気だ
ん?あれ?「彼」が付いてきていない
後ろを振り向くとドア横の壁を見ている
彼「なあ、今来てる映画みたか?」
私「あれか? あのー、、、あれだろ 有名人が戦闘機に乗ってる奴だろ 名前は忘れた」
彼「ああ、それ、」
「彼」が近づき、一緒に歩き始めた
私「見たけど内容は覚えてないぞ」
彼「だろうな お前、ああいうのに興味がないだろ?」
私「そりゃあ、あんな非現実的なモノを、現役のパイロットに見せてるんだから」
彼「結構よかったぞ?」
私「ふーん」
右手をブンブン振りながら「彼」はこう言った
彼「セリフが良かったぞ~ 例えば、・・・・・・・
何気ない会話をしているうちに格納庫へついた
彼「じゃ、俺はあっちだから」
私「うん」
私の愛機に近づき、最終チェックをする
さっきまで整備兵が整備していたはずだが、こういうチェックが命取りになる
一つ一つ、自分が覚えたチェック項目に印を入れてゆく
40分後の出発まで入念に
「無線チェック」
「隊長機、了解」
「二番機、了解」
私「三番機、了解」
「四番機、了解」
隊長「L中隊、第二小隊 異常なし」
管制塔「第二小隊 異常なし 了解 爆撃機の離陸まで待機せよ」
隊長「了解」
いつもの無線チェックが終わり、外を見る
今から離陸する爆撃機14機がエンジンを吹かしている
コックピットは完全に閉めているが、外からゴゥウゴゥウとエンジン音が響いてくる
独特な音の振動は腹に響き渡り、異様な興奮が腹から上がってくる
パイロットスーツの上から腹を掻きながら「彼」を見送る
先頭の爆撃機が走り出したと思うと、あっという間に14機が飛んで行った
次は自分達だ
管制塔からの指示に従いながら滑走路へと誘導され
合図と共に、エンジンスロットルを押し倒す
目の前の小さな振動は少しずつ大きくなっていく
外を見ると、ゆっくりとそして徐々に景色が後ろに流れて始める
上下に体を揺さぶられながら、計器と外を交互に見る
少し走ると、体が浮くような感じと体の揺れが収まる
「離陸」だ
ここからは1時間近くもの空の旅だ
最初に離陸した爆撃機に追いつき、共にゆっくりと高度を上げ、敵地へ向かう
空はとても青かったが、帰るころにはきっと赤くなっているのだろう
「爆弾投下」
すぐ右にいる「彼」の爆撃機から黒い豆のようなものが何個も落ちてゆく
その落ちてゆく豆の先を見るため、体を乗り出し下を見てみると
薄い雲の更にしたに、地上が見える
多分あれが建物だろうな
高度8000mから肉眼で建物を見ても、多分あれだろう ぐらいの感想しかわかない
ずっと見ていると パッ パッ と何回も小さく光った
爆弾が爆発しているんだ
ちょうど敵の市街地に当たっているのが見えるが
工場が壊れているかどうかなんてわかるはずもない
「任務完了 全機、帰投セヨ」
編隊の隊長機から無線が聞こえた
すぐに顔を上げ、隊長機を見る
少し機体を左にずらしているので自分もついてゆく
これが自分たちの映画だ
派手な戦闘もドラマもない
だから映画やらドラマやらは嫌いなんだ
ありもしない物語を付けて派手にする
「はぁ~」
大きなため息をついた
こんな文句を言ってもしょうがない
何の意味もない
さて、味方にぶつからないように気を付けないと
そう思い右の「彼」を見ると
突如、目の前が真っ赤に染まった
何かを考える前に
爆撃機の翼が、根元から、折れるのが見えた
「敵機だ!、恐ろしく早ェぞ!」
ハッと、すぐに周りを見る
自分たちの遥か前方の下に、灰色の戦闘機が一機、逃げてゆくのが見えた
発見と同時に、操縦桿を思いっきり下に折れるぐらい強く押し倒し、急降下を始めようとした
隊長「やめろ!行っても無駄だ!編隊に戻れ!!」
またハッと我に返り、すぐに操縦桿を戻し、上昇する
「彼」が落とされた? あいつを殺さなければ!!
だが!もうそんなことしても無駄だ!敵はもう逃げた!
行け!行かないと後悔するぞ!!
思考がグルグル回る
「深追いなんてお前らしくもない」
「彼」の声が聞こえた気がした
「空は広いが、戦闘空域は狭い あいつはまたここへやってくるよ」
奴は、きっとここへ戻ってくる...
機体から降りるまで、自分が何をしているか分からなかった
初めて気が付いたのは、夕日に照らされ横に伸びた自分の影を見てからだ
「よく、何も考えず帰ってこれたもんだ」
私は小さく自分に言った
「彼」が死んだ
喪失感も殺意も何も湧かなかった
ただ、ただ何も考えて・・・ いや何かを考えていたのかもしれない
だけど、、、何も思い出せない
そこから数日間は出撃はなかった
隊長が気を使い 出撃メンバーから外していたからだ
だが、それに気づくにも時間がかかった
自分はずっと、ずっと静かに、、、、
天井が、見える 暗い・・・ 夜か?
徐々に頭が覚めるのがわかっていく
あっ!!
と同時に、目を全開に明けた
自分は何をしているんだ・・・!!
戦時中だというのに、こんなにもボケッとして!!
「彼」を落としたヤツはいまも飛んでいるのに!!
怒りを胸にしまいながら静かに起きる
時計の針は、4時を示していた
自分は決断した
あの灰色のヤツには今の機体では追いつけない
戦隊長にお願いしよう
「おはようございます!」
隊長「おう、もういいのか?」
私「はい、もう大丈夫です 目は覚めました」
隊長「そうか・・・」
私「ところでこの前の出撃の時見た敵機、新型ですよね?」
隊長「ああ、今まで見たことなかったし新型だろう 恐ろしく早かったしな」
私「どのぐらい出ていました?」
隊長「速度か? かなりの上から突っ込んできたのかめっちゃ出てたぞ」
隊長「多分、800kmぐらいだろうな」
私「そうですか」
隊長「わかっていると思うが、俺たちの飛行機じゃあ無理だ」
私「はい、速度も機体強度も負けていますね」
隊長「ああ、」
私「ところで一つ、お願いなんですが」
隊長「ん?」
私「この前、B中隊に来た 我が軍の新型機がいるじゃないですか」
隊長「ああ、あいつか あいつがどうかしたか?」
私「私に貸してください」
隊長「は?」
私「聞くところによると、900kmにも耐えるそうじゃないですか」
隊長「噂らしいがな ん?うちの中隊にまだ配備されてないぞ?」
隊長「B中隊にお願いして借りてくるのか? 無理だと思うぞ」
私「戦隊長に直にお願いしてきます」
隊長「おいおいおい、嘘だろ・・・」
私「無理なのは分かっています」
隊長「一応、止めはしないけど」
私「ありがとうございます!」
隊長「断られたら諦めろよ?」
私「はい!」
その場合は盗んで飛ぶ
コンコンッ
戦隊長「空いてるよ」
ガチャ 「失礼します!」
奥に座っている中年の男性に向かい敬礼する
カッ 「第三航空大隊 L中隊に所属している ジョン・スピナー大尉であります!」
戦隊長「うん どうしたのかね?」
黒い眼鏡をかけ、白い髪の毛をしている彼は
なにやら書類を書いているようでこちらには一切見向きもしない
私「はい!本日は一つ、お願いを申し上げにきました!」
私「先日、B中隊に配属された新鋭機を自分に貸していただきたいんです!」
戦隊長「うん、なぜだね?」
私「はい!四日前の爆撃任務中に、自分の航空士官学校時代からの友人が目の前で敵の新型機に落とされてしまいました」
私「私はその敵討ちをしたいんです!いまの乗機では到底敵わないので新鋭機をお借りしたいんです!」
戦隊長「なるほど・・・」
さあ、どっちだ?
戦隊長「よし、いいよ 一機だけなら」
私「本当ですか!? ありがとうございます!!」
マジか、本当に貸してくれるとは・・・
戦隊長「ただ、いくつか条件がある」
私「なんでありましょうか!?」
戦隊長「まずあの機体は我が軍に少数しかまだ配備されていない」
戦隊長「敵に鹵獲されたらとてもまずい」
私「はい」
戦隊長「もし、やられた場合、助かろうと思うな 自爆してね」
私「お安い御用です」
戦隊長「それと、あの航空機は君が乗っていた機体よりも燃料が少ない」
戦隊長「ラール地方までいって帰るとなるとかなりギリギリになる」
戦隊長「だから不時着とか思ったら自爆ね」
私「分かりました!」
戦隊長「最後に出来るだけあの機体について報告してほしい」
私「と、言いますと?」
戦隊長「あの機体は、さっきも言った通り、まだ全然配備されていない少数機体だ」
戦隊長「そのため、まだ前線に出していない だからデータが全然ないんだ」
私「なるほど、わかりました 出来るだけご報告いたします」
戦隊長「そのぐらいかな 後は下がって機体を乗り回すと良い」
戦隊長「もう、そこらへんの許可は取ってあるから」
私「? どういうことでありますか?」
戦隊長「君んとこの隊長さんがお願いしてきたんだよ」
私「ほんとうですか・・・」
戦隊長「彼にお礼を言ってあげないとね かなりお願いされたから」
私「・・・ わかりました 本当にありがとうございます かならず敵機を落とし帰ってきます」
戦隊長「うん 頑張ってね」
私「失礼しました」
バタン
カッカッカッ
廊下を早歩きしながら隊長を探す
とても嬉しい
顔にまで出てるぐらいニヤニヤしている
「あっ!隊長!」
隊長「ん?どした」
私「先ほど戦隊長殿に新鋭機の許可を取ってきたんですが!隊長がすでにお願いしてたと言っていました!」
私「本当にありがとうございます!!」
隊長「(アイツ言うなって言っておいたのに)お・・・おう」
私「早速、乗り回してきます!」
隊長「ああ、気をつけてな」
私「はい!!」
私は足早に格納庫へ向かった
私「失礼、新鋭機に乗りに来たんですが」
整備兵「あっ、あー、戦隊長の言ってた人?」
整備兵「それならこっちだよ」
私「ありがとうございます」
その時、初めてこの機体を見たのだが
私「とても小さいですね以前のやつとは全く違う」
私「以前のは」
整備兵「太った猫 だろ?」
整備兵「この新鋭機は全く違う エンジンは新しく戦闘機用に作られた特別なやつだ」
私「性能はいかほどで?」
整備兵「前のやつだと高度8000mで大体600kmぐらいだったろ?
私「はい」
整備兵「こいつは8000mで750kmだ
私「マジですか。急降下は?」
整備兵「まだここだと計っていないが、内地のテストパイロットの話によると930kmまでの降下と急旋回は可能らしい」
私「いけますねぇ・・・」
整備兵「今すぐ乗ってみるか?」
私「はい!お願いします」
整備兵「おk いまから外に出すから、準備しといてくれ」
私「はい!」
パイロット席の居心地はそんなに変わらないが
全体的に狭くなったようだ
まあ、自分はチビで細身なのであまり問題はなかった
私「無線チェック 管制塔聞こえるか?」
ザッ・・・
整備兵「おう 聞こえるぞ」
私「ん?さっきの整備兵ですか? 管制員は?」
整備兵「お昼らしくっていま休憩中だ それに元々俺もここにいる予定だったので問題ない」
私「ちょ、大丈夫なんですか?」
整備兵「なにが?」
私「緊急時とか誘導できないでしょう?」
整備兵「ああ、大丈夫 真横で飯食ってるから、いざとなったらすぐ変わる」
私「なら安心ですね もう離陸しても問題ありませんか?」
整備兵「ああ、今の時間、誰かが来る予定もないらしいし、いっていいぞ」
私「了解 離陸します」
この国のいいところはどんなものも同じく作ってしまうことだ
この飛行機も初めて乗るのに大体の装置の配置がわかる
以前乗っていたのとほぼ同じだ
いつものようにエンジンスロットルを前へ押し倒す
ゥゥゥンンギュュュュュウウウウウ
流石にエンジンが違うだけあって振動やら音が全く違うな
前のは腹に響く太鼓のような感じだったが、こっちは腹の中でミキサーしてるような感じだ
加速はとても速い 空気抵抗が少なくなった分と軽くなったからか?
もう離陸に十分なスピードが出てる
前の三分の二ぐらいだ
そう思うと機体が浮いた
とても早い 全てが早い
もうすでに2000mまで登った
とりあえず旋回してみよう
操縦桿を動かすと、とてもびっくりした
以前の飛行機よりもとても動きが軽かった
操縦桿の重さは変わらないのに
まるで野生の猫のような軽さだった
あっ、そうだ 急降下を試すんだった
上昇しなきゃ
機体を平行に戻し、上昇を開始する
それにしても上昇も凄い早くていいが、この機体、防弾ちゃんと積んでるんだよな?
あまりに軽すぎるぞ
本当に900kmも耐えるのか?コレ
少し不安が大きくなってしまったが
とりあえず7000mまで来た
私「管制塔へ 今から急降下を試す 速度や機体の変化など報告していく」
整備兵「了解」
それいくぞ
機体を背面飛行にして、一気に頭を地面に向ける
速度はみるみる400km...500km...600kmと上がっていく
ついに700kmだ
前の奴だとこれ以上がとても危なかったが
私「現在700kmだが機体に異常なし」
全くガタが来ていない!凄いな!
私「800kmに到達 なれども機体に異常はなし」
850km もう少しで900だが念のために早めに機体をもどす
だがここでいきなり操縦桿を戻すと、凄まじいGが体にやってくる
耐Gスーツを着ているが流石に怖い
もしかすると気絶の可能性もあるのでゆっくりと戻す
私「うおっっ!」
整備兵「どうした!?」
私「いえ、900kmのGにびっくりしただけです」
私「現在機体を水平に戻しましたが、900kmまで可能です」
整備兵「すげぇな!!」
私「ただ900km近くから急に機体にガタが来たような気がします
私「噂の930Kmが限界だと思いますが推奨はしません 念のためにも880kmが限界だということにした方がいい」
整備兵「わかった。 まだ飛ぶのか?」
私「はい、小一時間飛んでこの機体になれます」
整備兵「わかった 燃料に気をつけてな」
私「了解」
早く慣れてミッションに出なければ
--- 三日後 ---
隊長「もう大丈夫なのか?」
私「はい!機体も精神状態も大丈夫です!」
隊長「わかった 今日の午後からのミッションに入れておく」
私「ありがとうございます!」
隊長がずっと見つめてくる
私「えーと、何か?」
隊長「わかってると思うが刺し違えるなよ」
私「分かっています。 私にはそういう趣味はありませんので」
隊長「ああ」
管制塔「E中隊 9機 離陸開始」
連日、E中隊の爆撃隊はラール地方へ爆撃に行っているが、損害が目立つようになってきた
対空砲によって3機
先日の灰色の戦闘機に「彼」の他にも1機食われたらしい
いずれも高高度からの一撃離脱によってだ
管制塔「L中隊 7機 離陸開始」
隊長「了解」
離陸を開始する
ピー
「編隊、高度7000mで固定」
ピッ
「了解」
ピー
「対戦闘機哨戒の為、戦闘機が一機、上昇する 誤射に注意せよ」
ピッ
「了解」
さて、この前の速度を見ても、敵は8~9000mぐらいから一撃離脱を始めるだろう
とりあえず9000mだ
空の隅々まで目を凝らす
一面青と、所々に薄く雲が見える
この高度になれば普通であれば飛行機雲が出来るが
報告を聞く限り、敵は飛行機雲がないらしい
何かしらの方法で消せるのだろうが我が軍にはない
そのため敵から丸見えの状態だ
だが、あいつは基本的に対爆撃機だと思われるから
小さい戦闘機は狙ってこないだろう・・・・と思う
とりあえず後方も気を付けなければ
と思いブンブン顔を振り回しながら索敵した
「目標到達30秒前、爆弾投下準備」
「了解」
「爆弾投下」
下にいる爆撃隊からの通信が聞こえる
この前は、このあとすぐに来た
そう思った瞬間
数百メートル前方の右側にふっと何かが通った
あまりに近くて固まってしまったがすぐに気づいた
一万メートルから降下してたのか! そう心で叫び慌てて追いかける
私「敵発見、真上だ!」
そう報告する前に爆撃機から小さな光が無数に飛び出す
前日の事もあって上空を警戒していたらしい
だが戦闘機に充てるのは至難の業だ
それに敵機と重なると味方の銃撃に当たるので真っすぐ追いかけるのは危ない
少し左に逸れながら、敵機をじっと見た
味方爆撃機の先頭から2機目を狙ったようだが当たらなかったらしい
火も吹かず、翼も折れず飛んでいる
次は自分の出番だ!
一撃離脱を終えた敵機は
味方の編隊から約1000mほど下でやや水平に戻し
一撃離脱時の速度を保ちながら逃げるようだ
自分も同じ行動を取る
いまの速度は860km
敵はそれよりも低いらしい 少しづつだが近づくのがわかる
よし!これならいける!!
敵まで距離はあったがみるみる近づいていく
まだまだ撃って当たる距離じゃない と思った瞬間
敵機が右下に旋回を始めた
スピード負けしているので旋回戦をやるらしい
いや!ヘッドオンだ!
敵機が真っすぐこっちに向かってくる
まるで中世の騎士が槍を構え、こっちに突撃を仕掛けてくるようだ
「馬鹿野郎!そんな危ないことするか!」
右下からくる敵機の挑発を避け、左下に急降下し
すれ違う瞬間、敵の懐に潜り込む
ちょうど敵機の腹の下を通り抜け、真上に上昇する
後ろに過ぎ去った敵機を見ると奴も同じく真上に上昇していた
奴よりもほんの数m下にいる
チャンスだ! 後ろを取るぞ!
上昇しながら敵の後へ付こうとすると敵機はまた右下に旋回を始める
私は敵機の後ろに行くので精いっぱいになっていたため、その旋回に付いていけなかった
数秒の間のうちに下へ向かうと、敵機はまだ急降下していた
この距離で逃げられると思ってるのか!!
そう思うと、次は急に上昇を始める
それに食い付いた瞬間、体が固まるのがわかった
敵機が失速し自分がオーバーシュート つまり敵を追い越してしまった
だが失速したら落ちるしかない!
後ろに行った敵機を見ると、もうすでに失速から立て直していた
「ヤバい」そう思った
すぐに機体を回転させながら急降下を初めた瞬間
左の翼に何かがぶつかった
敵が撃ってきたんだ
幸い、ダメージは少ない
火は噴いていないし、折れてもいない
奴は・・・ なんて奴だ!
今起こったことを思い出す
急に凄い速さで敵機が回転した
すぐにその方法がわかった
操縦桿とラダーを思いっきり引っ張たのだ!
そうすると機体は無理な動きをしようとして失速する
だが、それと同時に反対の方向へ思いっきり戻すとすぐに機体は元通りになる
一歩間違えれば墜落するあり得る危険な技だ!
そんな技をこんな土壇場でやり通すとは・・・!
しかし、今はどうやって後ろから剥がすかを考えないと
機体を不規則に揺らし、敵の射線を避ける
黄緑の弾が前方にいくつも流れていくのが見える
どうする?
自分も同じ技をやるか?
いや!駄目だ!危険すぎる
とりあえず安全な方法で、敵を前に出そう
エンジン出力を少なくし、フラップを少しだけ出す
だが、敵も気づいているらしい 一向に敵は前に出てこない
これだといずれやられる
すぐに出力を戻す
その時
「おい!大丈夫か!」
と声が聞こえた
後ろを振り向くと隊長ともう一機がこちらに向かってくるのが見えた
助かった!
隊長が一撃を浴びせると、たちまち急降下していった
逃がすか! 敵機についていこうとすると
隊長「やめろ!燃料が出てるぞ!」
さっきの銃撃で燃料が噴出してしまっているらしい
だが、ここでやめてもしょうがない
どうせ 帰れないんだ!
急降下して敵機に食い付く
まだ距離は少しあるがさっきみたいなのは御免だ!
バリバリバリと機関銃をぶっ放す
あたりはしないが敵機がビビって旋回する
今だ! 敵のパイロット席にありたっけの弾をぶち込む
いくつかの火花が敵機から見えたと思うとヒラリと回り、急降下を開始した
まだ生きてるのか!!
まだ追いかける
高度が4000、3000と落ちてゆく
速度も850を超えた
だが敵機は一向に頭を上げない
これ以上は危ない 自分が死んでは元も子もない
そう思い機体を水平に戻し、すぐに敵機の行方を見た
奴はまだ急降下を続けていた
すると急に
バキッと右の翼が折れるのが見えた
空中分解だ
急降下の速度に耐えきれず機体がぶっ壊れ
奴の機体はグルグルと回りながら地面に衝突した
パラシュートは見えなかった
さっきの銃撃で死んだようだった
敵討ちを果たしたんだ・・・!
だが、喜びなんてまったくなかった
ただ、またその光景を眺めていただけだった
なぜ、何も感情がわかないんだ
なぜ「彼」が死んだときと同じような感じになっているんだ
私は何の為に戦っているのか
数十分だろうか 数分だろうか
目の前に黒い煙が現れるまでボーーーとしていた
「対空砲だ」
高度計を見ると2000m そこら辺の歩兵部隊が持ってる対空砲でも届く距離だ
「やばい」そう思い 下を見るともっとゾッとする光景が広がってる
どんな創作物よりも怖い
数十の砲身が、数百人が自分を狙っているんだ
青いや黄緑の光が自分に向かって飛んでくるのが見える
前や後ろ、下や上では黒い煙が、何個もポンッ ポンッ とできてる
どれか一つにでも当たったら終わりだ
すぐに機体を斜めに逸らしながらそこから離脱する
みんな帰ってしまったのだろうか・・・
これは自業自得だ
ボケッとしていた自分が悪いんだ
あいつは報われたのだろうか・・・
また考えていると
ガンッッッ
と大きな音を立て、機体が揺れた
どこかに被弾したようだ
急いでエンジンを見る
「よかった・・・ ちゃんと動いているし火も煙も出ていない」
次に、さっきの戦闘でやられた左の翼を見るが、こちらも相変わらず燃料を噴いているだけで燃えてはいない
右の翼を見ると、またゾッとした
10cmぐらいの穴が開いていた
幸い、そんなに威力がなかったのか翼は折れずにくっ付いていた
「運がいい・・・」
10分程度だろうか
飛び続けると、いつの間にか周りは静かになっていた
敵の対空砲から逃げれたようだ
だが、
「燃料が噴いているし、これ帰れるかな?」
幸い火は付いていないが、これでは味方飛行場まで持たない
前線までギリギリ辿り着けるかも怪しい
「自爆・・・か」
戦隊長の言葉を思い出す
「いや、出来るだけ頑張ろう まだ死にたくない」
私は、そう自分に言い聞かせると飛び続けた