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並んだマネキンがシニカルに笑う

※残酷描写注意

 ランドルフ・アリヤは、騎士団に所属している。

 彼には無名の団員だった頃から、追っている事件がある。


 薄く開いた扉から、鉄臭さが漂う。


 職務上嗅ぎ慣れたそれは、厳密に言えば生臭さや腐臭なども内容するが、大まかには異臭と分類される。

 それは通常の事故現場よりも濃密だった。


 内部からの襲撃がないことを確認し、閉め切られた扉を解放する。

 むわりと喉に絡みつく異臭に、ランドルフは思わず顔をしかめた。


「おえっ」


 彼の後ろに控えていた、部下が吐いた。


 視界の端で一瞥し、赤黒いホールへ足を踏み入れる。

 ぴちゃり、粘度の高い液体が、靴底で糸を引いた。


 ランドルフは元々のこの家の内装を、良く知っている。

 家の主人も彼の妻も、赤い絨毯を敷くような性格ではない。

 どちらかといえば質素な造りで、夫人の飾る花が際立つような内装だった。


 それがどうだろうか。

 余りの変わり果てた様相と圧迫感に、暫し言葉を失う。


 ホール入口には玄関を取り囲むように、使用人であったのだろう男女が、行儀良く並べられている。

 両腕を切り落とされたそれは、正座のような体勢で座らされていた。

 上体を崩したのだろう、何体かが床に不恰好な形で伏している。


 彼等の顔は、みな一様に眼球を抉り取られていた。


 その恐怖に引きつった表情の上から、赤錆に乾いた血液で『笑った口』が描かれている。

 子どもの落書きのようなそれは、べっとりとこびりつき、異様さに拍車をかけた。


 遺体を寝かせ、内部へ踏み込む。

 壁に飛び散った血痕はときに天井まで届き、この屋敷を襲った惨劇を雄弁に物語っていた。


 散開した部隊が屋敷内を探索し、現状を調べる。


「アリヤ団長……」


 弱々しい声で呼び止められ、ランドルフはそちらへ向かった。

 真っ青に顔色をなくした団員は、気分が悪そうに顔をしかめている。


「ここを……」


 彼の指す廊下へ出れば、倒れた使用人の腹が割かれ、中身が引き摺り出されていた。


 壁一面に突き刺さった、包丁、フォーク、ナイフで固定された臓器。

 ひとつひとつに『肝臓』、『腎臓』、『膵臓』など、親切にも名前の掲げられたそれらが、形容し難い色を晒している。


 足許には目盛りのつもりなのだろうか、伸ばされた腸に沿って掠れた血が廊下に刻まれ、適当なところで数字が振られている。


 振り返った扉には『ようこそ博覧会へ!』と、右肩上がりの血文字が躍っていた。

 悪戯に無邪気に尊厳を踏み躙る行為に対し、ランドルフは固く手のひらを握り締める。


 廊下を抜け、何処も彼処も悪趣味に飾り立てられた部屋を巡っていく。


 食堂の広いテーブルには、これまで執拗に存在しなかった被害者の眼球が集められていた。

 光彩で遊んでいるのか、血糊でべたつきながらも、色彩豊かに整列している。


 ここでも誰かが吐いたらしい、鉄錆に酸いにおいが混じっていた。


「誰がこんな惨いことを……」


 肩にハンガーを入れられ、吊るされた遺体を見上げた団員が、ひとり呟く。


「キッチンの刃物は、全てなくなっていました」

 新たな報告がその後ろから、眼鏡をかけた青年が訝しげに口を開いた。


「この残虐性、団長はどのように思われますか?」

「猟奇的だな。……『対立の子どもたち』の仕業か」

「しかし、最後の『対立戦』から、既に4年が経過しています!」

「アリヤ団長!」


 呼び声に言葉を遮られ、彼等が声の方を向く。

 二階から駆け下りてきたのはまだ年若い団員で、慌てたように「生存者が!」口にした。


 急ぎ、青年の先導により辿り着いた先は、息女の私室だった。


 少女らしいピンクとフリルの部屋が、鉄錆に沈着している。

 ベッドには不自然に盛り上がったシーツが被せられてあり、事情を察したランドルフは目を伏せた。


 彼が部下の集うクローゼットの前へ出る。


「リズリットくん……!」


 クローゼットの中で縮こまる少年。

 この屋敷の子息。


 耳を塞いだ格好の彼は、取り囲む彼等へ目もくれずに、虚ろな目で何かを呟いていた。


 少年の黒かったはずの髪色は、恐怖のためかすっかり色が抜け落ち、小さな身体も小刻みに震えている。

 ランドルフが耳をそばだてると、微かな声が聞こえてきた。


「がちがうざんねんだなあいろがちがうざんねんだなあいろがちがうざんね」

「早くこの子を病院へ! 他に生存者がいないか確認を!」

「はっ!」


 ランドルフの指示に、背筋を伸ばした部下が、瞬時に部屋を飛び出す。


 しかし屋敷中を探し回ったが、結局無残な遺体の他に、生存者はリズリット以外見つけることは叶わなかった。




 *


 10歳を迎えたお嬢さまに、招待状が届いた。


 差出人はリヒト殿下で、カレンダーを見れば近く殿下のご生誕祭がある。

 なるほど、もうそんな季節か。


 リヒト殿下とクラウス様は誕生月が近いので、コード家は毎年この時期になると、王都の別邸で過ごすことになる。


 ここでふと覚えた違和感。

 お嬢さまもお気付きなのか、仕分けされた手紙をパラパラ捲っている。


 肩から若草色の髪を零しながら、不可思議そうにお声を発した。


「クラウス様の分がないわ……」

「探してきます」


 お誕生日を迎える順は、クラウス様、リヒト殿下だ。

 毎年欠かすことなく招待状をくれるクラウス様が、今年は送ってこられない。


 配達が遅れているのだろうか? 何か事情が?

 最近かわした手紙には、特筆するようなことは記載されていなかったはずだ。


 階下へ降り、手紙の仕分けを行ったメイドさんにお話を伺う。

 慌てた彼女だったが、クラウス様からの分はなかったと話した。


 お礼を言い、首を傾げながらお嬢さまの元へ向かう。


 お嬢さまはペーパーナイフで開けたリヒト殿下からの招待状に視線を落とされているところで、神妙なお顔をされていた。


「係のものに尋ねましたが、なかったとのことです」

「……ベル、これを読んで頂戴」


 差し出された招待状は裏面で、何か小さく文字が綴られていた。

 受け取った上質な紙を指に、文字を追いかける。


 文面は簡素なもので、「クラウスの誕生会は中止」と書かれていた。

 唖然とお嬢さまのお顔を見詰める。


「お父様に伺ってみるわ」

「畏まりました」


 一礼し、退室する。

 廊下を歩きながら、今回の件について考え込んだ。


 10歳を迎えるクラウス様だが、彼には未だ婚約者がいらっしゃらない。

 アリヤ家当主は騎士団の団長を務めており、爵位は伯爵だ。

 領地は山と森に囲まれた辺境にある。

 コード家同様、古い貴族だ。


 アリヤ家を田舎者と捉えるか、リヒト殿下に近しいものと捉えるかは、それぞれの家庭の事情が絡むだろう。

 殿下に近付きたいものにとって、アリヤ家は何とも魅力的な家柄だ。


 アリヤ家としても良家と結びつきたいだろう。

 誕生会は言わば、貴族のカタログ見本市のようなものなのだから、その機会を逃すことはアリヤ卿としても痛手であるはず。


 しかし悲しいかな、ここは筋書きの立てられた物語の中。

 この先ヒロインが現れるまで、殿下を除いた主要人物に婚約者が現れることはない。

 奥様の件のように、変異があれば別だけど……。


 あれ? クラウス様にまつわる何かが、他にあった気がするんだけど……?


 ますます首を捻る。

 時間割が鍛錬の時間に差し掛かったため、慌てて用意を済ませて裏庭へ急いだ。

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