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第10章 ヒカルとハセガワ

 その夜カズはさんざん迷ったあげく、同級生のタナカに電話した。ワイヤレス受話器の点滅がやけに長く感じる。電話に出た母親らしい女性に丁寧に対応すると、しばらくしてタナカの穏やかな声が耳に届いた。

「どうした、珍しいねぇ」

「あのさ、悪いけど、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」

「何? わざわざ電話で。ハハーン、君の大好きな小林真澄ちゃんのことだろ」

「なんで、なんでわかる?」カズはいきなりカウンターパンチをくらったボクサーのように動揺した。

「ははは、カズ君、君は以前クールというか無愛想だったけど、最近はとてもわかりやすいよ。いいよなぁ美術部は楽しそうで、可愛い真澄ちゃんもいるし。俺もテニス部なんて入るんじゃなかったよ。馬鹿な上級生は威張りくさってしごきばかりするし。あいつらホントに陰険なやり方するんだぜ!」

 カズがしばらくタナカの愚痴をおとなしく聞いていると、彼もすっきりしたのか本題に入った。

「なあ、お前を信じて訊くけど小林の兄貴、自殺したのか?」

「なんだ、今頃知ったの。お前ホントに自分の関心外のことについては無知だな。あれは去年の夏だったと思う。真澄ちゃんの兄貴、自分の部屋で手首を切ったんだ、ナイフで。このあたりじゃあ相当な騒ぎだったぜ。マスコミも押しかけてきたし、週刊誌なんかにも取り上げられたみたいだよ」

「そうか。それで自殺の原因とか知ってる?」

「それが、どうもはっきりしないらしい。真澄ちゃんの兄貴が中三で、クラスの担任がゴリで、それで自殺したんじゃないかっていう笑えない冗談みたいな話はあったけど」

「あいつが担任だと、自殺したくなる奴は結構いるんじゃない。マジで」

 カズはそう話ながら、今日の出来事を思い出し、急に頭が熱くなってきた。(それで小林がショックを受けたのか。ゴリの野郎、教師のくせになんてこと言う奴だ!)

「まあ確かにそれは言える。けど小林の兄貴は超優等生だったんだぜ。テニス部のキャプテンで男子シングル県大会優勝、勉強も学年トップ、おまけにハンサムで性格も抜群によかったらしい。マンガでもあんな主人公いないよ。でも現実には存在した」

「へぇ、そうなのか」

「女子だけでなく、先生や親までファンがたくさんいたらしいぜ。一種のアイドルだな。ゴリでさえ、自慢の生徒であの不細工な鼻が高々だったみたい。実際そうとう可愛がっていたらしい。お前想像できるか、ゴリが生徒に愛想よくしていたって! だからゴリのいびりが原因で自殺したってことはありえないよ。あの馬鹿も、小林ヒカルの自殺には人並みにショックを受けたらしい」

 カズはタナカのもたらした情報により、今日の不可解な出来事が彼の頭の中で少しずつ意味を持つようになってきた。

「それにしても、お前よく知っているな」

 カズのしみじみとした言葉にタナカは気を良くしたようだった

「俺の母さん、去年PTAの役員やっていたからいろんな情報が入るんだ。それに去年の夏は、クラスのハセガワも交通事故で死んだだろ。あれも一部じゃあ自殺じゃないかって噂もあったんだ。なんでも自分から反対車線のトラックに自転車ごと突っ込んだみたいな話もあった」

「うそぉ」

「一応、事故死ということで済ましたみたいだけど。ただハセガワも優等生で小林ヒカルも超優等生だから、あの当時は親も教師もそうとう神経質になっていた。それに二人とも同じテニスクラブに通っていたんだ。奇遇だよな。それで俺、子供でも死ぬのかって初めて思ったよ」

「うん」

「そのとき俺初めて、カズに悪いなあって感じたよ。お前も、もしかしたら自殺しちゃうんじゃないかと心配した」

 カズは受話器を持ったまま混乱していた。それは無言のメッセージとなってタナカに届いた。

「まあ、真澄ちゃんは可愛いし人気があるから、誰かにとられないようにお前も気をつけろよ」タナカは無理やり明るい声で、重い空気を切り裂いた。

「なんだよ、それ。それから今の話は」

「わかってるよ。誰にも言わないさ。俺もこんな話をするつもりはなかったし。じゃあな」

「うん、またな」

 カズは受話器を机の上に置くと、ベッドに寝転んだ。白い天井が見える。涼しげな眼差しでいつも淋しそうに微笑んでいる真澄の顔を思い浮かべた。(淋しそう? そうだ、小林の表情はいつも淋しそうだ。彼女が他の女の子と違っている点はそこだった。すごくしっかりして、いつもはきはきと喋っているからわからなかったけど)

 彼は机の引き出しから二枚の写真を取り出した。それは美術館付近のベンチで母が強引に二人を並べて撮ったものだ。硬直してうつろな表情の自分とは正反対な笑顔の真澄がいた。その光がこぼれるような笑顔の持ち主は、未来が楽しく面白いことばかりであり、そのことがすでに約束されているかのように見える。

 カズは二枚の写真を交互に見ながら、今日の出来事を思い出していた。


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