「だいまおう 弍 」
身体中を、血が駆け巡る。
何も無い、枯れ果てた大地には、いつの間にか、数え切れないほどの武器が朽ちていた。死体もまた然り────
そして、大地の中心には、真紅の直剣が突き刺さっていた。
鮮血のような綺麗な色だった……
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天狗。言わずと知れた、非常に有名な妖怪である。が、僕はその実態を詳しくは知らない。だから、天狗という妖怪が、今回の突風にどう結びつくかも分からなかった。
「しかも、ただの天狗じゃない。」
黒川さんは真剣な眼差しでそういった。いつものような妖怪を語る時のきらびやかな目では無かった。明らかに、少し怯えている。実際、手も脚も、震えているじゃないか。僕はまた強敵と戦うハメになるのか。やれやれ。人気者はつら……
「みかど君、死ぬかもね。」
「いっ!?」
僕が……死ぬ……?彼女のその言葉におよそ冗談という要素は無かった。表情はいたって真剣だったし、声のトーンもいつもよりかは低かった。だから、怖かった。脊髄の中まで冷えきった感じがした。
「御門様……まだ決まったわけではありませんよ。しかしながら、今回の件の天狗は謂わば大天狗。天狗の中の天狗にございます。一筋縄ではいきませんわ。それは、実際に見ていただければ分かりますとも。」
神宮寺さんは、下を向きながらひそひそ喋った。話の大半は入ってこなかった。「死」の恐怖が拭えないのだ。今までの人生が崩れ落ちる。丁寧に並べた煉瓦が、根こそぎ壊されるような感覚。考えれば考える程、震えが止まらなくなって、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖怖怖怖怖怖。
「大丈夫よ。」
汗だくの震える僕の肩に、黒川さんの優しい掌が触れる。
「僕……は……まだ、ま、まだ……!」
僕は死んではならない。今までこの世を去った数々の僕の大切な人々の分まで、僕は生きたいと思った。小学生の頃の話だけれど、まだそれは変わらない。嫌だ。死ぬ訳には、いかない。だから落ち着け、落ち着いて落ち着いて……
「ごめんなさい。急に怖い思いをさせてしまって。私が悪かったわ。……さ、今日はこの辺にして帰りましょ!明日またゆっくり調べていけばいいから。ね?」
「はい……すみません……」
黒川さんは少し困ったように笑った。気をつかってくれたのだろう。神宮寺さんも僕の汗だくの顔を真っ白でいい匂いのするハンカチで拭いてくれた。
それから各々帰宅した。僕は、気持ちを切り替えて、筋トレに励んでいた。最近頑張った成果が出てきて、少しずつではあるけれど身体が全体的に筋肉質になった。そうだ、僕は、僕にできることを全力でやればいい。焦ることなんてない。なにせ僕は独りじゃない。黒川さんだって、今頃情報を整理してくれているはずだ。明日もまた、無理せず、自分なりに頑張ればいい。それでいいんだ……
そして翌日。僕はいつもより若干早めに起床した。早速、テレビを付けてみるとどうだろうか。最近まで「突風注意報」だったのが、一気に「暴風警報」になっているではないか。
「まじかよ……」
その一言に尽きた。カーテンを開けてみると、木々が激しく揺れている。これが天狗の力の影響なのだろうか。だとしたらやはり、相当な力を持つ妖怪なのだろう。しかも大天狗とあらば、これも若しかすると、まだまだ「こんなもんじゃない」のかもしれない。考えただけでも身震いがした。
しかし、この暴風でもどうやら学校は通常どおりらしいので、風と共に理性も飛んでいったのだろう。全く、こんな日なら、学校が家まで歩いてきてくれればいいのに。とか小学生でも今どき言わないであろう文句を心のうちで呟く。
いつもより早く起きたこともあって、遅刻はしないですんだが、風がやはり強かったので、髪型が一種のアートになっていた。というか、風で女子のスカートがヒラッってなって、チラッとすることを期待していたのに、まるでそういうサービスが無くて、少しイライラしている。ちょっとでもいいからチラチラして欲しいものである。
「みかど君。おはよう。元気?」
くっろかっわすわぁん。
「ああ、ええ。昨日はどうもすみませんでした。今日は頑張りますよお!」
「結構。でも、無理はしないでね?お願いだから。」
上目遣いでそんなこと言われたら、僕より先に、僕の股間が無理してならない。
「大丈夫っすよ!」
まあ、体調的にも問題ないし、今日は頑張れそうだぞ。と思った矢先、小さな男の子が一人、下を向きながら、しかしやけに偉そうに向かってくる。
「ん。迷子っすかね!」
いや、違う。違うと分かって言った。なるほど凄まじい殺気を感じる。これは……
「こないで。」
黒川さんが鋭い声で言い放つ。少年はぴたっと足を止めた。そして、ゆっくりと顔を上げて、こう言った。
「貴様が御門一縷か……確かに、生かしてはおけぬ。」
外見に全くそぐわない声質で驚いたことはさておき、もうどうやら名前を知られているようで、その上生かしてはおけぬとか言われちゃっているので、下手したら僕の人生はここで終了である。
それはかなり怖いことだが、相手の外見があまりにも可愛らしいので、緊張感皆無である。しかし、殺気だけは勢いが尋常ではない。殺気だけで、殺されそうな程である。この外見と殺気のギャップが激しく、こちらも複雑だが……間違いないのだろう。
「大天狗……!」
「如何にも。うむ。しかし、御門一縷。確かに生かしてはおけぬが……殺すのも味気ない。貴公等を見つけることが出来て良かった。面倒ごとは避けられたようだな。」
これはどういう状況なのか、自分が大天狗であることを認めた少年は、敵意をまるで持っていない。殺意は依然としてモリモリだが、殺しにかかってくるような気配がとにかく無い。
「御門一縷。そしてそこな麗しい……」
「黒川灯です。」
いや、最後まで言わせてあげてよ。褒める気満々だっただろうに。
「ゴフェン!黒川灯。貴公等の身は、悪いが暫く預からせてもらうぞ。」
「は?いや、何でですか?」
僕達の身柄を預かる。という事か?何故?それ以上なにも浮かばなかった。ひたすらに疑問だった。
「貴公等は、特に、御門一縷は、いつその首がはねられてもおかしくないのだよ。もうすでに“選抜”は始まっている。“目覚め”も近い。」
何事!さっきから何を言っているのか全く理解できない。
「貴公等は関わりすぎたのだ。妖怪に、それ以前に、裏を知りすぎた。神宮寺という女を連れてこい。話はそこからだ。」
その瞬間、強い風が吹いて、女子が悲鳴をあげた。




