「だいまおう 壱 」
そこには、何も無かった。
枯れ果てた大地。赤い空。それ以外には、何も無かった。何も残っていなかった。
変な夢を見た────
そこに僕は立っていた。ただ独り、何が出来る訳でもなく。
ひたすら身体の中にある「何か」を、呼び起こしていた。
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「お兄ちゃん!がっこう遅刻するよ!?」
「ファッ!?」
妹が僕の腹筋にのしかかる。え?お前みたいな貧弱に腹筋なんてないって?ふふ、ふはははは、たわけぇ!僕は今となっては黒川さんをお守りするナイトなのだよ!筋トレに明け暮れる日々のお陰で僕の腹筋は六つに美しく分かれているのだ!ふははは!
「あ〜おはよう。」
紹介が遅れたが、こいつは下の妹の千春である。まぁ、うちの家族では最小の動物で、可愛いものだが、生意気なその口調から(主に僕の)怒りを買うことが多い。だがまぁ、小学四年生だけあって、それなりに純粋なので、僕は悪戯し放題な訳である。これが兄の特権であり権能。むしろ、この位のハンデがないと、弱肉強食の世界(家庭)は生き抜いていけないのである。
「だーかーらー!も う 八 時!」
「なんやて!?」
僕は急いで布団から飛び降り支度をする。妹の小学校が徒歩およそ三分に対して、僕の高校はかなり遠い。実際もう死亡確定だが、それでも足掻いてみせるしかない。天邪鬼が言っていたじゃないか。「心眼で見極めろ」みたいなこと。つまり?この状況を見極め?如何に上手い口実を作れるかが?勝負なのである!
「いっってきまぁぁ!」
気合十分で家の扉を開いた。
「え」
「あ、お兄ちゃん。今日も突風注意報でてるから、頑張ってね!」
これはもう突風というより、台風なのでは。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
僕は走った!黒川さんのために!黒川さんのおっぱいのために!
走り続けた!
……そう。ここ最近、毎日のように突風注意報が出ている。特にこれといった被害がないのでまだしも、このまま何週間も続くようならさすがに持たないだろう。もし、これが仮にもし、またもや妖怪の所為だと言うのなら、正直、嫌な予感がする。具体的に何かは分からないが、強い寒気を感じる……
言うまでもなく、遅刻した。
「御門……次遅刻したらお前の高校生活は保証できんぞ?」
まじかよ……よりにもよって、たまたま、数学の授業中だった。
田島宏、この学校で恐らく一番好感度の低い教師である。中年男性独特の体臭と、黄色く濁った歯、禿げかかった頭、二頭身……欠点をあげればキリがない。
「すみません。以後、気をつけますので。」
そう言って席に着くと、田島は何事も無かったかのようにグダグダと問題の解説を始めた。
当然、と言ってしまえばそれまでだが、僕は眠りについた。よって、今日の授業のことは、殆ど記憶にない。あると言えば、音楽の美人教師である平間先生が結婚したらしく、皆が(言うまでもなく僕も)絶望したことぐらいである。
さて、前置きが長くなってすまないが、ようやく神聖なる部活動の始まりである。オカルト研究部が、おっぱい神黒川さんを崇める宗教団体だということは言わずとしれている。んぶぅ〜!黒川さんのおっぱいにしゃぶりつきてぇ〜!あ、ちなみにいつもの教材室は、天邪鬼君によってぶっ壊されたので、暫く視聴覚室にて活動することになった。
「こんちはぁ!」
視聴覚室の扉を開ける。自分でもびっくりするぐらい野太い声が出た。
「おす。」
黒川さんもだいたい僕の扱いに慣れてきたのだろう。適当なノリで合わせてくれる。
「今日はどんなおっぱい妖怪を調査するんですか?」
「何言ってるのみかど君。一度屋上の端からでんぐり返ししてみたらどう?」
「死んじゃいますよね?」
「ええ。」
こういう会話が増えるようになってきた。要するにあれだろ?もう好きなんだよなぁ黒川さん。僕のこと。バレバレなんだよなぁ……隠せてないんだよなぁ!
「というか最近風つよいですよね。黒川さんスカートめくれたりしましたか。」
「したわね。私のヒラヒラの下着が見えてしまったわ。」
それは是非拝みたかったものである。いっそのこと、奇跡的に、突風で黒川さんの衣服全部はだけたりしないだろうか。しろよ。
「というか気づいてるのなら話は早いわ。早速色々調べたいのだけれど。というか、もうだいたい調べてあるのだけれど。」
「さっすがぁ。今回はどんな妖怪なんですかね?」
まぁ、やっぱり妖怪の仕業である。もう今更驚くことなんてない。僕が慣れた感じでそう問いかけると、黒川さんはおもむろに席を立つ。
「ついてきて。」
そう言って視聴覚室を後にする。僕も小走りで後を追う。
辿りついたのは音楽室である。心地よいピアノの音色が聴こえてくる……
「失礼します。」
「しつれいしゃす。」
ん?女子の制服が見える。なるほどこれだけ美しい音色なのだから、やはり女子が弾いているのだな?美人なのだな?
「ああ、お待ちしておりました。」
蕩けるような美声だった。黒川さんの声にも引けを取らないほどの。グランドピアノで見えなかった美少女(仮)の全貌が明らかとなった。
「ほぅあぁ!」
格闘家みたいな声が出た。僕はまたしても、女神を見てしまった。
「ふふっ。御門一縷様……でしょうか?」
「ごふぉん。如何にも。美しい貴女のお名前は?」
ガッ、と黒川さんに足を蹴られた。正直めちゃくちゃ痛い。
しかし、女神を前にして苦い顔をする訳にはいかないのだよ。
「おふた方は面白いですね……ふふ。私は神宮寺七彩と申します。どうぞよろしくお願い致します。」
りっちぎだなぁ〜うんうん。おっぱいもくびれもおしりも最高級。お顔なんて眩しすぎて直視できない程だ。
「ごっほぉん!それで、妖怪をみたんですよね?」
黒川さんが僕の下心に気づいたのか凄まじい咳払いをした。そして神宮寺さんにこう問いかけた。
「え、そうなんですか?」
なるほど、この人は妖怪の目撃者だったのか。黒川さんは何か掴んでいたみたいだし、今回の突風の件と関係ある妖怪なのだろうか。
「ええ。幼い子供の姿をしていましたが……確かにその姿の中に、禍々しい妖気を見ました。」
「なるほど。」
ファッ……?妖気?神宮寺さん、何言ってるんだ。まさか貴女も黒川さんと同じ感じなのか!?
「突風にも全く動じていなかったようですし……もしかして……」
「これはとても良くない話ですね……」
あ〜ついていけねえ〜妖怪オタクの話ついていけねえ〜
明らかに僕は孤立している。二人ともブツブツなにか言い合っている風で物凄く居心地が悪い。おうちに帰りたい。
「みかどくん。今回の突風の件の黒幕、わかったかも。」
「お……おお、ズバリ、なんでしょうか?」
僕は息を呑んだ。朝から嫌な予感がしていたのだ。名前を聞くだけで、緊張感というか、不安というか、なにか僕の腹をくすぐる感情があった。
「天狗よ」
あ〜。僕は膝から崩れ落ちた。




