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「うそつき 参 」

人を傷つけることなんてあれば、貴方はもう人間じゃない。人を傷つけることに慣れた者を───獣というのよ。

誰かが何処かで、こんな台詞を言っていたような気がする。それはアニメやゲームでの話だったかもしれないし、現実で誰かが僕に向けて言ったのかもしれない。その辺の記憶は曖昧で、思い出すことは、到底できそうに無かった。何故か今になって思い出したのはきっと、僕が本能的に、本格的な死を感じ取ったからだろう。夕日が差し込む窓ガラスのすぐ側に立つ男は、見ているだけで足が竦むような、恐怖と似て異なる、何か凄まじい気配を纏っていた。僕は、怖かった。しかしこの女の子二人にはおよそ恐怖という感情はないようだった。

──────────────────────

「……そんなに怖いかのう。」

男は見た目に似合わない古臭い言葉遣いで僕に、囁くように言った。『天邪鬼』が人の心を察する能力を持っている妖怪なら、僕の本心なんて丸わかりだろう。どこまで読まれているのか考えると、余計また怖くなってしまった。

「すっげぇ!ほんとに妖怪ですかあなた!」

清水がいつもよりもうんと明るい声で金髪男に問いかける。このバカ、自分が置かれている状況を分かっていない。だって、何故かは解せないが、後ろに確かにあったはずのエレベーターが、無くなっているのだ。つまり、ここは密室。僕らは知らない間に閉じ込められていたのだ。

「ふん。見ればわかるであろう?あまりナメた口を叩くようならば……」

その先の言葉は容易に想像できる!

「すみません!いやあ、こいつちょっとバカなんですよ。後でしっかり教育しておきますので……」

「ちょっとみかどくんやめてよお!」

うるせぇ!少しは状況を理解しやがれバカ女!くっそ……!どうする?どうすればいい?いっそのことこいつを殴り飛ばしてどうにかするか?いや、僕にそんな力があるわけが無い─!どうするどうするどうするどうする!考えろ……このままじゃ殺される……!分かる。あいつの目には紛れもない「殺意」を感じる!「敵意」ではなく、完全に殺戮の対象として捉えている目だ!

「うるさいぞ……童。」

「くっ……」

天邪鬼は人を心を察する、考えれば考えるほどこちらの立場は悪化する!くそ!くそくそくそくそ!

「落ち着いて御門くん。」

黒川……さん?

「……大丈夫だから。」

建物に入ったばかりの彼女とはまるで態度が違った。いや、いつもの黒川さんである。僕は少しだけ落ち着いた。だが、この状況が変わることは無い。いまだ興奮絶頂の清水からすれば、妖怪と人間が会話出来ていることに高揚感なり何なり覚えているんだろうが、多分黒川さんと僕が考えていることは同じで、少しでも下手な行動をすれば、間違いなく……!だから黒川さんはいつもの冷静さを取り戻した。自分を含める三人もの命がかかっているのだから、寧ろ当然である。それなのにこのバカ女ッ───!

「おい、童。」

「は、はい、なんでしょう……?」

もう最初に考え込んだ時点でこちらの考えは読まれているので、今更意味はないかもだけれど……ここからはなるべく、何も考えずに、本能に任せて動く他ない。悪化するよりかはマシなはずだ。

「お主らの言いたいことはわかる。……全てはたまたまじゃ。そこな小娘の母親を騙そうとして失敗に終わったのも、お主ら基地を掴んだのも、儂がたまたま童とすれ違い、そこから発展させただけのこと……童、お主の心の中はさぞ茨のように絡み合っておったのう。それ故に、心を察するのに時間はかかったものの、それだけ凡百情報が眠っておった。そして馬鹿な小娘で小賢しい小娘を釣った……あとはその二人で童を釣り上げ、少し演出を加えれば、童。お主と会えると思うてのう……会いたかったぞ童。この日を待ち望んでいた……」

「馬鹿な小娘は餌じゃ。童をおびき寄せるためのな。だから失敗も計画のうち。悪くないじゃろう?」

そういう事だったのか……つまり、天邪鬼はどこかで僕とすれ違い、「たまたま」僕の心を読み取り、そこから清水の家に詐欺を掛けて黒川さんが詐欺を調査するために駆けつけ、僕に報告し、三人に明白な「敵がいる」という意識を持たせてから、部室を荒らし、ここまで誘い込んだという訳だろう。

しかし、分からないのは、なぜ僕とそこまで会いたがっていたのか。僕は優れた何かを沢山有する人物でもないし、なにか特殊な能力を持っているわけでももちろん無いし、僕が興味を持たれる理由が、全く、これっぽっちも理解出来なかった。

「なぜ童に興味を持ったか、か……」

しまった。また考え込んでっ……!

「それは童、貴様が……」

「うぇえ!?エレベーター無くなってるじゃん!」

こぉんぬぉバカおんなぁぁああぁあ!

今展開的に物凄く凄まじくいい所だったんだよ!「エレベーター無くなってるじゃん!」だぁ?おせぇよ!気づくのがァ!

「ふむ……この話はもういい。」

見やがれバカ女ァ!天邪鬼先輩飽きちゃったよ!なんか大事なこと言おうとしたのにお前の素晴らしい阿呆発言でかき消されて話す気無くしちゃったよ!

「まぁ、どの道長くはあるまい、いまここで、一思いに殺してやる。童。」

「……は?」

気がつくと僕は地面にひれ伏していた。腹には強く抉られたような感覚がのこり、気が狂いそうなほど痛かった。涎を垂らしながら、拳を握り気分を押さえつける……!

「ほう……耐えるか」

「みかどくん!」

二人が僕の名前を叫ぶ。いや、意識はまだあるのだけれど、立ち上がったら吐きそうだ。

「こちらには仕事もある。招き入れた身だが、やはりお主が『異質』だとわかった以上、『将軍』のためにも生かしておけぬ。」

異質?将軍?なんの話をしているんだ?

「……っ!てぇえりゃぁぁあ!」

清水か陸上部エースの肩書きに恥じない速さで男の方へと走っていった。瞬間、彼女は右足から強烈な一蹴りを浴びせた!蹴りは、男の脇腹に命中し、かなりめり込んだ様子だったので、流石にこれは応える、かに思われた。

「悪くは無い……」

蹴りを喰らった直後、男は清水の脚を掴んでいた。全くきいていなかったのだ。

「清水さん!」

黒川さんの脚も震えている。動かなくてはならないのは、頭でわかっていても、体が言うことを聞かないのだろう。

それは、僕も同じだった。

「どうした、お主らの目の前におるのは紛いもない悪じゃ。悪を討つ力もなく、手段もなく、ここまでノコノコ来たわけではあるまい?」

僕らに何も無いのを知った上での発言だ。三人分の心の内をすべて察したのだろう。

「しかし、人間もつくづく愚かよのう……」

そう言って男は清水を壁に投げつける。……当たりどころが悪かったのか、清水は微動だにしない。恐らく気絶してしまったのだろう。

「声が同じなら、思考が同じなら、それが本人であると決めつけ、あっさり騙される。なぜ分からないのかのう……!」

男の眉間に、鬼の形相の皺がよる。

「お主ら人間の心の目は廃れておるのか!常に相手とは、心で対話せよ!それが人間であろうと動物であろうと虫であろうと魚であろうと、ましてや妖怪であろうと!お主らの心は、その心の目は!真偽を見極めるものである!同時に、相手の感情を理解するものである!心を察するなど、儂の能力に限ったことではない、この『心眼』は、誰もが持つものである!ならば、相手の気持ちを労り、真実の道を歩んで見せよ!」

まて、まてまてまて、それじゃあまるで、自分が嫌々詐欺を『やらされている』風じゃないか。だとしたら誰に?何のために?兎に角、男が吐いたその台詞は、今までの行為と見違えるような、素晴らしい台詞だった。

「……たて、童。」

「お主は確かに異質である。何のことかは言えぬ。お主はこの世に居てはならないのかも知れぬ。……じゃがのう、この世に居てはならぬ命など無い!生きよ、この先何があろうと、その心眼で己が道を切り開け。」

不思議だった。相手は凶悪な詐欺師で、僕の腹に豪快な一撃を入れ、清水を気絶させたというのに、まるで悪人とは思えなかった。その顔は笑っていた。優しい優しい微笑だった。そして、微かに目が潤んでいた。……彼が伝えたいことは、だいたいわかった。

「さて、童。お主がやるべき事、今こそ成し遂げよ……」

「ああ。行くぜ……」

僕は男の腹に、みぞおちに、至高の一撃を加えた。

「……悪くない。最期まで手駒として悪事を余儀なくされたのは悔やまれるが……お主のような、真っ直ぐな瞳の少年は久しぶりにみた。さらばじゃ。この件は内密にのう……また、あえ、る……と……」

彼は消えた。天邪鬼という妖怪は、たった今消滅したが、彼の言葉は、僕の心に深い傷を残すように留まった。『昨日の敵は今日の友』なんて言われるが、この言葉は、明日からの僕にとって、『友』のように僕を支えてくれることだろう。────


そして、消えたエレベーターが再び現れた。僕は清水をおぶって、エレベーターに乗った。また黒川さんはあの言葉によほど感動したらしく、少し涙していた。

「まさか、詐欺師からあんな言葉が出てくるだなんて。」

振り返るように黒川さんが言う。

「そうですね。アイツのためにも、早く黒幕を暴かなきゃ、ですね。」

黒幕。彼は最期にはっきりと、「悪事を余儀なくされた。」と言った。いったい誰にやらされたのか、彼が呟いた、『将軍』という言葉に、答えがあるのかもしれない。黒川さんは分かるのだろうか。

「……ん、はっ!覚悟しろ天邪鬼!」

「うおお!?」

清水が突然目を覚ました。そうか、彼女は気を失っていたから、彼の本心が、天邪鬼の最期が分からないままなのか。

「え?なんでかえってんのよ!天邪鬼退治は!?」

「もう終わったよ。お疲れ様。清水。」

「ええ?ああ……うん……」

やはり疲れたのか、それともまだ目覚めたばかりだからか、清水はまた眠ってしまった。というかさっきから、こいつの胸が背中に当たって気まずい。黒川さんも気づいてる風である。

「よかったわね!御門くん!」

彼女は嫌味のようにそう言うと、ぷいっと顔を逸らした。


以下、後日談

あれ以来、「連続詐欺」の話は全く聞かなくなった。今回は前回に比べて、かなり働いた方だろう。僕のオカルト研究部としての初仕事はかなりキツかった。だがその分、分かったことも多かった。天邪鬼、ああいう妖怪もいるということが、少し、面白かった。

「結局集団犯罪じゃなかったのかなあ。」

予想が外れたと思っている黒川さんがこう口にした。

「さぁ、どうですかね。アイツもきっと、物凄く忙しかったと思いますよ。────」

今日は雲一つない快晴で、もう九月の中旬だが、まだ夏の暑さが感じられる程である。

さて、次はどんな妖怪と出会うだろう。きっと黒川さんも、同じことを考えているだろう。

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