「とおせんぼ 参 」
塗壁とは、日本の福岡県に伝えられる妖怪の一種である。その姿は透明であるため目視できず、夜な夜な人の前に現れては、道を塞いでしまう厄介な妖怪である。だが撃退法は非常に簡単で、ざっくり言えば、下の方をひょいっとやるだけで消える。らしい。
「つきましたよ。」
今日もかなり暑い。道の向こうにはあの日と同じように陽炎が揺らいでいる。
「うん。案内ありがと。」
黒川さんの制服は、汗で透けているので、美しい下着が見えかけているのは言うまでもない。美しい女性は美しい下着を付けるらしい。
「ここかあ。確かに出てきそうな感じではあるわね。御門くん、御門くんが被害にあった時の様子、再現してくれないかしら。」
「え、あ、はい。」
再現しろって言われてもなあ……
「こう、普通に道を歩いていたんですよ。」
僕は黒川さんの下着をがっつり目で捉えながら説明する。
「うん。うん。」
頷く黒川さんだ。かわいい。
「で、自分では進んでるつもりだったんですけど、いつもより道が長く感じて、周りを見回すと、景色が全く進んでなかったんですよ。」
怪奇現象を上手く説明するのは難しいな。一応身体で表現しているけれど、果たして伝わっているのだろうか。
「なるほどねえ。」
黒川さんが腕をくみ出したので、より胸が強調されて、思わず僕の股間も強調される。僕は確信した。黒川さんは誘っているのだ。この暑さの中、妖怪おっぱい黒川さんは、僕を胸で襲いたくてしょうがないのだ。やれやれ。困ったものだぜまったく。
「気づいた後は全力で走ったんですけど、やっぱり進みませんでしたね。そしたら友達が来て助けてくれたって感じです。」
「どうやって助けたのかしら。」
今、確かに黒川さんの胸が弾んだ。焦らないでくれ黒川さん。後でじっくりと。
「手を引っ張っただけです。そしたらあっという間にその場から進めるようになったって感じでしょうか。」
「ふーん!説明ありがとう!」
黒川さんは何故か少し笑っている。さては、僕の股間に気づいたな?
「ところで御門くん。私に説明してる時から、一歩も動けてないようだけれど?」
「え」
なんだと!?そういえば、僕は歩いたり走ったり、いろいろなジェスチャーを加えて説明していたが、僕からみた黒川さんの位置は、まるで変わっていない。そう、最初の普通に歩いていたジェスチャーの頃から、動けていないということは、この場に到着した時点で、僕は既に二度目の怪奇現象にあっている事になる。
「さぁ!御門くん!どうする!」
黒川さんは元気いっぱいだ!
塗壁なら撃退法は知っているが、詰まり壁なんて聞いたことないならな。塗壁が下なら……詰まり壁は上か?
「おらぁ!」
格好つけて乱暴な口調で自分より上の辺りに思いっきり拳を振るったが、声は裏返ったし、いかにも暴力に慣れていないようなアクションだったので、黒川さんが鼻で笑ったのがはっきりと聞こえた。
「御門くーん。大丈夫ー?」
黒川さんは僕を間違いなく煽っている。さっきまでその巨大な胸で誘っていた癖に。
「あえ!……大丈夫です!」
僕は息を切らしている。
詰まり壁は撃退出来たのか?
「ちょっと全力で走ってみてー。」
美人はどうやら、無茶振りが好きらしい。僕は余力を振り絞って全力で走る。流れる景色。汗をかいた身体に心地よくあたる風。僕は進めている!僕は妖怪詰まり壁を本当にあっさり撃退してしまった!
「追い払えたみたいね。お疲れ様御門くん。」
黒川さんが小走りでこっちに向かってくる。黒川さんの巨乳が踊っている。
「いやぁ。怪我はないですか黒川さん。」
「何言ってるの御門くん。詰まり壁ぐらいじゃ、怪我をする要素なんてないわよ。」
そうなのか……どおりで僕でも撃退できたはずだ。
「詰まり壁っていうのは、詰まるっていうとおり、心に余裕が無い人の前に立ち塞がる妖怪なの。だから御門くんは何か悩みを抱えていたんじゃないかと思うのだけれど、どう?」
なるほど確かに、僕は悩んでいたことがある。勉強のこと、家族のこと、自分はこのままで本当に良いのか、という心の焦りが、結果的に詰まり壁を呼び寄せた原因になったのかもしれない。
「確かに、僕は心に余裕がありませんでした……」
「うん。実際見ればわかるわ。御門くん、少し顔が窶れてる。疲れていたのねきっと。」
僕は疲れている。その事実を他人から突きつけられ、それを認めただけで、なんだが気分が軽くなった。というよりかは、気が抜けた。今まで何かに追われ続けていたような感覚が、急に無くなった。黒川さんが僕を心の焦りから救ってくれた。
「ありがとうございます。黒川さん。お陰で助かりました。」
「あら。私は別に何もしてないわよ。御門くんが、御門くん自身の力で助かったの。もっと自分を褒めてあげて。」
黒川さんはまるで子供を育てる母親の様な、優しく、穏やかな微笑を見せた。僕はそれをみて、頬を赤らめた。
「ところで御門くん。オカルト研究部に入ってみない?」
「え?」
黒川さんは汗だくの僕の手を握ってそう言った。
「実は、部員は私一人だけなの。部活というか、私が教材室を借りて落ち着くための手段みたいなものだったから。家は色々あるし、先生も許可してくれたし。」
そうだったのか。確かに、薄々勘づいてはいた。「家は色々ある」ということは、やはり、色々あるのだろう。他人の家庭事情に踏み込むつもりはないが、少し気になった。黒川さんはここに来る途中にも、ふと僕が黒川さんの表情を見てみると、どこか寂しげに、下を向いて歩いていた。ただ下を向いていた訳ではない。確かに黒川さんの目は、涙目では無かったが、涙がこぼれ落ちてしまいそうな風だった。
「いいですよ。僕、オカルト研究部に入ります。」
僕が入ることで、黒川さんの内に秘めた孤独を消し去りたいと思った。きっと黒川さんは、心の隅で泣いているはずだ。泣いて、泣いて、ただ誰かを待っている。とんだ臆測だけど、そんな感じがしてならない。
「ほんとに?……ありがとう。歓迎します。御門一縷くん。」
そういって彼女は笑った。さっきのような母性あるれる微笑では無く、子供のような笑顔だった。綺麗だった。
「はい!これからよろしくお願いします!黒川さん!」
「ふふ……先輩は付けないのね?」
あ。そういえば黒川さんは先輩だった。すっかり忘れていた。
「あ、あの、すみません……」
「いいよ。よろしくね!みきゃどくん!」
ん?黒川さん、噛んだよな?彼女はハッとして、恥ずかしげに目をそらした。




